有権者の多くが目先の経済にしか関心がない以上、今後の安倍政権にとっての不安もやはり経済だと語るメスメール氏 有権者の多くが目先の経済にしか関心がない以上、今後の安倍政権にとっての不安もやはり経済だと語るメスメール氏

自民党が単独過半数を握り、自公、おおさか維新、日本のこころを大切にする党などの、いわゆる「改憲勢力」が憲法改正の発議に必要な3分の2の議席を確保し、与党側の圧勝に終わった今回の参院選。

日本の将来を大きく左右しかねない今回の選挙をフランス人記者はどのように見たのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第40回は、仏「ル・モンド」紙の東京特派員、フィリップ・メスメール氏に話を聞いた――。

-まずは今回の選挙結果に対する感想を聞かせてください。

メスメール 率直に言って、与党の圧勝に終わった結果には驚いていません。なぜなら、安倍政権に対抗する野党側が選挙戦を通じて、十分に国民にアピールすることができていないと感じていたからです。民進党などの野党は今回の主な争点として「アベノミクスの失敗」を訴える戦略を取り、経済を争点にしようとしたにもかかわらず、彼ら自身も有権者に受け入れられるような現実的な「対案」を示すことができなかった。

確かにアベノミクスには多くの問題点がありますが、有効な対案が示されなければ、保守的な人々はとりあえず「現状維持」を選択するものです。その意味で野党の戦略は的確だったとは思えません。

-争点という意味では、去年の夏、日本各地であれほど大規模な反対デモがあった「安保法制」や、安倍政権が意欲を見せる「憲法改正」も今回の選挙では結果的に大きな争点にはならなかったように感じます。

メスメール 安倍首相も自民党も選挙戦が始まると憲法改正を口にしなくなりましたが、これは「いつものこと」です。彼らはいつも選挙に向けては議論すべき重要テーマを隠して、経済成長政策のような「甘いテーマ」や、中国の脅威などを煽(あお)る安全保障問題の「危機感」を国民にアピールする戦略を取ります。そして選挙に勝った後は、憲法改正への意欲を前面に出してくる…。これまでの選挙も常にそうでした。

ただ、有権者側も憲法改正のような「大きなテーマ」よりも、目先の経済問題など短期的な日々の暮らしに影響するテーマを重要視する傾向があります。都市部に住む人や一部のインテリ層が憲法改正や安保法制に興味を持っても、それ以外の人たちにとってはあまり関心が持てなかった…というのが現実なのかもしれません。

-今回の選挙では民進党と共産党を中心とした「野党共闘」も話題になりました。その成否についてはいろいろな評価があるようですが…。

メスメール 私は、野党共闘には一定の成果があったと考えています。一人区での統一候補擁立がなければ、結果的に与党側の優位はさらに強まっていたはずです。

特に興味深いのは米軍基地問題を抱える沖縄や、大震災からの復興の遅れやTPPによる農業への打撃が懸念される東北地方など、身近に切実な問題を抱える地域で野党共闘が成果を挙げ、議席の獲得に繋がったことです。こうした成果を踏まえて、今後も野党共闘の可能性を真剣に考えていく必要があると思います。

「メディア側の自主規制」が進んでいる?

-選挙期間中の日本のメディアの報道についてはどう感じましたか? 大手メディア、特にNHKなどいくつかのTV局は、参院選の具体的な争点についてあまり言及していないように感じました。参院選の公示後も、都知事選候補のニュースのほうに時間を割いていた印象があります。

メスメール 確かに、都知事選に関する報道に比べて、参院選に関する報道は少なかったように感じますね。それが意図的なものかどうかは断言できませんが、特にTVは「中立」を意識しすぎているのか、この選挙の具体的な争点に関する報道から距離を置いていたようにも思いました。

その結果、選挙の争点に関する議論が有権者の間に浸透せず、54.7%という戦後4番目に低い投票率が示すように、選挙そのものへの関心の低さに影響したという面もあるでしょう。

-ちなみにフランスのメディアは選挙前、もっと争点を具体的に報じたり、有権者の間で様々な議論を喚起するような報道をするのでしょうか?

メスメール もちろんです。一般的にフランス人は選挙の前に具体的な争点についてもっと徹底的に議論しますし、それは報道する側も同じです。本来、報道・メディアの中立性というのは、多様な立場の人たちがメディアを通じて自由に主張を展開できることであって、選挙の争点に関する具体的な言及を避けたり、口を閉じたりすることではありません。

その意味でいえば、今回の参院選前のメディア、特にTVの報道には違和感を感じました。ここ数年言われている「メディア側の自主規制」が進んでいるということなのかもしれませんね。

-憲法改正など、国の将来を左右しかねない重要なテーマを含んだ選挙だったにもかかわらず、争点は定まらなければ議論も深まらず、そもそも選挙への関心も投票率も低い…。フランス人の目からみると、こうした日本の状況は異様なものに見えますか?

メスメール いえいえ、その点はフランス人だってそれほど変わらないですよ。 フランスでも有権者の多くは目先の問題ばかりに捉(とら)われている場合が多いですし、特に地方ではその傾向が強い。

また、これは日本も含めて多くの先進国に共通する問題だと思いますが、有権者の高齢化による影響が非常に大きい。どこの国でも高齢者は一般的に「保守的」で「内向き」ですから、当然、選挙結果はそうした高齢者層の考え方を強く反映したものになります。

先日行なわれたイギリスの「EU離脱」を巡る国民投票などはまさにその好例ですし、フランスでも高齢者層はEUやグローバル化よりも、「国家」や「安全保障」への関心が強く、そうした高齢の有権者によって保守化が進んでいます。大きく捉えれば「高齢化先進国」である日本もまた、そうした流れの中にあると言うことができるでしょう。

アベノミクスの負の側面が露わになる日がやってくる

-今回の選挙で、安倍政権は長期安定政権に向けて足場を固めましたが、そんな安倍政権にとっても今後の「不安要素」はあるのでしょうか?

メスメール 日本の有権者の多くが目先の経済にしか関心がない以上、今後の安倍政権にとっての不安も、やはり「経済」だと考えるべきでしょう。安倍首相は今回の選挙を経て、今後も「アベノミクスをさらに加速させる」と語り、つい先日も新たな追加経済対策を打ち出したばかりです。

しかし、現実にはアベノミクスは数々の大きな問題を抱えていて、今は様々な手段を使ってそうした綻(ほころ)びが露呈しないように問題を将来に先送りしているに過ぎません。日銀の追加緩和などによって当面はなんとか表面を取り繕(つくろ)うことができるかもしれませんが、この先、どこかの段階でアベノミクスの負の側面が露(あら)わになる日がやってくるでしょう。

そして、アベノミクスの破綻が誰の目にも明らかになった時、安倍首相は一気に求心力を失うことになると思います。

●フィリップ・メスメール 1972年生まれ、フランス・パリ出身。2002年に来日し、夕刊紙「ル・モンド」や雑誌「レクスプレス」の東京特派員として活動している

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)