「イギリスの王室と比べると、日本の皇室は多くの制約に縛られていて、少し窮屈そうに感じる」と語るマッカリー氏

7月13日、「天皇陛下が天皇の位を生前に皇太子に譲る『生前退位』の意向を宮内庁の関係者に示されている」というニュースがNHKによって報じられた。

突然降ってわいた「生前退位」報道を、海外メディアはどう見たのか?

「週プレ外国人記者クラブ」第42回は、イギリス「ガーディアン」東京特派員ジャスティン・マッカリー氏と、日本の皇室と英国王室の違いも比較しながらこの問題を考えた―。

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―突然報じられた「天皇陛下、生前退位のご意向」というニュースに日本国内は少なからず揺れています。このニュースを聞いた第一印象は?

マッカリー 私も全く予想していなかったニュースでしたが、天皇陛下が生前退位を望まれていること自体は、それほど驚くべきことではないでしょう。陛下はすでに82歳とご高齢ですし、今回の報道でも触れられていましたが、「天皇の公務」というのは多くの人たちが思っているよりずっと忙しい。天皇陛下が様々な公式行事に参加されているのは私も元々知っていましたが、それ以外にも公式な文書に署名するなど、毎日、非常に多くのペーパーワークがあることを知りました。

陛下は昨年の誕生日前に行なわれた記者会見でも自らの年齢について触れられ、「行事の時に間違えることもありました」と話されておられましたし、大変に真面目で責任感の強い方ですから、そろそろ公務の負担を減らし、天皇の地位を皇太子に譲りたいと思われても決して不思議ではないと思います。

―ちなみに、参院選の3日後というタイミングで、生前退位の意向が報道されたことについてはどう思いますか?

マッカリー 参院選で与党が勝利し、衆参両院で改憲派が3分の2以上の議席を占めた直後の報道だったため、一部で「陛下は安倍政権の改憲の動きに対して抵抗を示すために、この時期に退位の意向を示されたのでは…」という憶測もあるようですが、私はそうは思いません。

そもそも天皇陛下の生前退位と憲法改正が本当に関係あるのか、よくわからないのですが、生前退位を実現するためには「皇室典範」の改正だけで十分なのでしょうか? それとも、やはり憲法の改正が必要なのですか?

90歳のエリザベス女王に生前退位の意向は?

―実はその点からして誰もハッキリとはわからないので、対応に苦慮しているというのもあるのではないでしょうか。もし皇室典範の改正で十分だとしても、明治以降、天皇の生前退位は認められてこなかっただけに様々な議論を呼ぶでしょうし、憲法改正などということになれば、これは大ごとです。

天皇陛下のご意向なのだから、まずは「9条改正」とか「緊急事態条項」よりも優先してやるべきだという声だって出るかもしれない。そもそも、今の憲法や皇室典範に規定がない生前退位の意向を非公式な形とはいえ天皇陛下が示すということ自体が、ある意味、天皇は政治に関与しないという前提に照らすと想定外の事態で、デリケートな問題をはらんでいるとも言えます。

マッカリー なるほど。そういえば以前、皇位継承権に関して女系天皇を認めるべきだという議論や、女性宮家の創設について皇室典範の改正が検討された時にも、なかなか議論はまとまらず、結局、女系天皇については秋篠宮家に長男・悠仁さまが生まれた途端に、そうした議論が立ち消えになってしまいましたよね。

ただ、天皇陛下は今回「数年以内の退位」を望まれているのですから、このまま何もしないわけにはいかないでしょう。

―そうですよね。ちなみに今回、天皇陛下が生前退位を考えられたきっかけのひとつとして、3年前、日本の皇室とも親交の深いオランダのベアトリックス女王が皇太子に譲位したこともあると言われています。英国王室にも国王や女王の生前退位という制度はあるのでしょうか?

マッカリー ありますよ。ただし、今年90歳になったエリザベス女王に今のところ生前退位のお気持ちはないようです。口の悪いイギリス人の中には「女王は息子のチャールズが王様になるのを必死に邪魔しているんだ!」なんて言う人もいますけどね。とはいえ、エリザベス女王も高齢なので、最近は公務をチャールズやウィリアム王子らに代わってもらうことも多いようですし、負担を減らすようにしているのだと思います。

―イギリス王室の場合、そうやって市民が王室のネタを冗談にしたりできるのも日本とは随分違いますよね。一方、日本では戦後、「人間宣言」がされたとはいえ、未だに天皇は「神」の子孫だと主張し続ける人たちもいます。

マッカリー 確かに、日本の皇室とイギリスの王室と比べると、日本の皇室のほうが遥かに多くの制約に縛られていて、少し窮屈そうに感じます。また、今でもそうした神話に関わる議論が存在するのは、日本の皇室とイギリスなどの王室の大きな違いです。やはり、そのことが今回の問題でも重要なポイントになるのでしょうか?

イギリス王室は社会との接点が多い

―例えば、皇位継承問題などに関する議論にしても、皇室は一貫して男系による家系で皇位継承を行なっていて、その家系を辿(たど)っていくと神話上の人物である神武天皇に行き着くという「万世一系」の伝統へのこだわりがあるため、現実と神話の世界の区別がつかなくなってしまいます。

自民党の三原じゅん子参議院議員のように「神武天皇は実在していた」と言及する政治家までいるわけですから…。

マッカリー なるほど…。もちろんイギリスの王室も我々普通の国民とは全然違う世界に暮らしているわけですが、それでも日本の皇族よりも自由な生活を許されていて、国民に対してもより開かれている部分はあると思います。

ロンドンオリンピックの開会式の時にエリザベス女王がジェームズ・ボンドと一緒に登場したでしょう? さすがにボンドと一緒にスカイダイビングをしたのは女王本人ではありませんでしたが、ああいったことは日本の皇室では考えられないですよね。

ただし、その代償として王室のゴシップ記事が毎日のようにタブロイド紙を賑(にぎ)わし、ロイヤルファミリーがパパラッチたちの標的になるという「別の苦労」もありますけど…。

また、イギリスの王室も日本の皇室と同様に「政治への関与はしない」のが原則ですが、亡くなったダイアナ妃殿下が地雷除去の活動に積極的に参加したり、ウィリアム王子やアンドリュー王子がヘリコプターのパイロットとして軍務に就くなど、社会との接点もより多いような気がします。

いずれにせよ、こうして天皇陛下が生前退位の意向を示されたわけですから、そのお気持ちがよい形で叶うことを祈っています。今の天皇陛下はある意味、戦後日本の「平和主義」の象徴のような方で、日本の戦争責任や平和への強い願いなど、政治的な発言には多くの制限がある中で、これまでもしばしばそのお気持ちを間接的に表されてきました。

おそらく、将来、皇位を継承する皇太子もそうした天皇の考えを引き継いでいかれるのではないでしょうか。今回の件は、日本人が改めて「皇室のありかた」について考えるよい機会だと思います。そうした議論を経て、より開かれた皇室のありかたが実現できればよいのではないでしょうか。

●ジャスティン・マッカリーロンドン大学東洋アフリカ研究学院で修士号を取得し、1992年に来日。英紙「ガーディアン」「オブザーバー」の日本・韓国特派員を務めるほかTVやラジオでも活躍

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)