フタを開ければ小池百合子氏の圧勝に終わった東京都知事選。東京に住む外国人記者の目に“小池劇場”はどう映ったのか?
「週プレ外国人記者クラブ」第43回は、『フォーブス』誌などに寄稿するアメリカ人ジャーナリスト、ジェームズ・シムズ氏に米大統領選と比較しながら語ってもらった。
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─7月31日に行なわれた東京都知事選挙は、自民党に反旗を翻(ひるがえ)して立候補した小池百合子氏の勝利という結果に終わりました。率直な感想をお聞かせください。
シムズ 私は5週間ほど米大統領選挙の取材でアメリカに行っていて、日本に戻ってきたのは都知事選の直前でしたので、選挙キャンペーンを注意深く見る時間はありませんでしたが、新知事になった小池氏については正直なところ、あまりいい印象を持っていません。
まず、彼女は1992年の参院選で初当選して以来、政治家として25年近く活動してきましたが、コレといった政策を実現していない。世間の印象に残っているのは「クール・ビズ」ぐらいでしょう。今回の選挙戦でも、彼女は有権者に対してアピールできる実績は持っていなかった。「私はクール・ビズを実行し、定着させました!」と演説しましたか? もし演説の中で訴えていても、それが票につながったとは思えません。
数年前、外国特派員協会に彼女をゲスト・スピーカーとして招いたことがあります。私は彼女の隣に座っていたのですが、彼女の全身から溢(あふ)れ出る強烈な自意識を感じていました。政治家は日本でもアメリカでも、程度の差こそあれエゴイズムやナルシシズムを一般人以上に強く持っているものですが、彼女ほどの剥(む)き出しの自意識は長い取材経験を通じても初めて接するものでした。個人的な感想ですが、正直に言って、隣に座っていて違和感を持ちました。
彼女は、ヒラリー・クリントンと似ているかもしれませんね。クリントンは女性初の米大統領を目指しているし、小池氏は女性初の都知事になった。小池氏は日本新党から始まり様々な政党を渡り歩いている。それと似たようにクリントンも都合のいい行動をとっています。例えば、「何が有権者に受けるか」に基づいてクリントンは政策の態度を決めているところが多いです。
─小池新知事も、“政界渡り鳥”と揶揄(やゆ)されることがありますね。
シムズ 細川護熙→小沢一郎と自分のボスを替えながら権力者のもとを渡り歩いてきた彼女が、その次に選んだのは小泉純一郎元首相です。小泉氏には私も何度も取材していますが、彼はいい意味で“政治家らしくない”政治家でした。何度会っても態度が変わらない。「自分がどう見られるか」という自意識だけではない、理念や哲学も持ち合わせていたと思います。
2005年の、いわゆる郵政選挙では、小池氏は当時の小泉首相の意向を受けて“刺客”として選挙区を兵庫から東京に移して立候補しましたが、当時のボスから何を学んでいたのか疑問に思います。
在特会・桜井氏と比較するのはトランプに失礼
─今回の都知事選では、在特会(在日特権を許さない市民の会)の元会長・桜井誠氏が約11万4000票を集め、5位に入っています。彼は「トランプに負けないナショナリズムを掲げる」と訴えていましたが、マイノリティへの蔑視や攻撃という点で、アメリカの“トランプ現象”と重なる部分はありますか?
シムズ 桜井氏の得票数に関しては、特に驚きはありません。前回2014年の都知事選では、同じように極右的な思想を持つ田母神俊雄氏が、後に公職選挙法違反で逮捕されましたが、約61万票を集めて4位に入っていますからね。
トランプ氏の支持層には、いわゆるブルーカラーの男性が多く、その点では在特会や桜井氏の支持層と重なる部分もあるかもしれません。しかし、今回の都知事選で桜井氏が掲げた公約には、例えば「外国人への生活保護費支給の停止」がありましたが、それは今の東京や日本が抱える問題の中でどれほど優先順位が高いのか。
トランプのほうがはるかに巧妙に、より多くの有権者に訴えています。在特会や桜井氏を“トランプ現象”と比較するのは、私はトランプ支持者ではありませんが、トランプに対して失礼でしょう。
また、在特会が京都で朝鮮初級学校に対して行なった差別的発言を含んだデモに対しては、すでに1200万円を超える賠償命令が出されていますが、小学生に対して抗議デモをするというのは卑劣というほかありません。子供は親を選べないのですから。
─今回の都知事選では、複数の候補者が「東京を世界でナンバーワンの都市に!」と訴えていました。これもトランプの掲げる「America First」や「Make America Great Again」を意識したものかもしれませんが、実際に東京に住むひとりとして、東京に求めるものは?
シムズ 「東京を世界のナンバーワンに!」という主張は、一体何をもってナンバーワンを目指すのかが明確になっていません。治安なのか、経済的豊かさなのか、本来ならば目指すナンバーワンの内容や質を示すことが候補者の政策ポリシーの指標になったはずです。
私は東京に20年近く住んでいますが、世界のどの都市と比べても東京が劣っているとは思いません。例えばニューヨークと比べても、あちらの道路はデコボコ。東京の道路は逆に補修工事のやり過ぎと思えるぐらいです。
東京に住むひとりとして、この公共工事のやり過ぎはどうにかすべきだと思います。公共工事には財政出動という経済政策の側面もありますが、例えば道路を掘り返して行なう水道やガス管の工事は、別々にやるのではなく一緒に行なって無駄を省くべきでしょう。それに代わり、温暖化効果がもたらす問題、例えば海水位の上昇の対策を速やかに実行してほしい。
東京で見る違法駐車の取り締まりも不思議に思います。幹線道路の違法駐車のほうが社会的な悪影響は大きいはずなのに、幹線道路よりも裏道で熱心に取り締まっている印象があります。
日本の政治の問題はカワイイもの?
そして、2020年の東京五輪に向けて、地下鉄の24時間営業は是非とも実現してほしい。このことは以前、当時の石原慎太郎都知事にも言ったことがあるのですが「ニューヨークの地下鉄は1路線に4本の線路があるから」などと言い訳ばかりしていました。現在の営業時間を単に延長して24時間営業にするだけなのですから、線路の本数は関係ありません。
実際には、地下鉄の24時間営業化の障壁となっているのは、たとえば労働組合の反対でしょう。それならば深夜の運賃は割り増しにして、職員の給料も上げればいい。深夜の運賃が昼間の2倍になったとしても需要は見込めるはずです。あるいは、タクシー業界からの反対もあるのかもしれません。しかし、労働組合やタクシー業界の要求に対して利害を調整するのが政治家の役割のはずです。
先日もロサンゼルスに行ってきましたが、相変わらずのスモッグでした。晴れた日の東京の空は、世界の大都市でも最も美しいかもしれません。
─5週間にわたり米大統領選を取材してきたとのことですが、アメリカの政治の現状と日本のそれを比較すると、どのようなことが言えますか?
シムズ 大統領選を取材して強く感じたことは「“トランプ現象”は、これまで共和党が続けてきた政治の合理的な帰結だ」ということです。格差の拡大を生んだ金融業界との癒着、極右や福音主義など極端な主張を持つ政治家を生みやすい選挙制度を作るなど、これまで共和党が実行してきた政策のひとつひとつが“トランプ現象”へとつながったのです。
緻密に、巧妙にデザインされた政治の結果が“トランプ現象”です。そういったアメリカが抱える閉塞感に比べれば、日本の政治の問題はカワイイものと言えるかもしれません。アメリカほど大がかりな背景があるわけではなく、どちらかと言えば“行き当たりばったり”で進んできた政治の結果が今の日本ではないでしょうか。
そういった分析を踏まえて、日本の有権者たちには「アメリカと同じ轍(てつ)を踏んでほしくない」と強く願っています。
●ジェームズ・シムズ 1992年に来日し、20年以上にわたり日本の政治・経済を取材している。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の東京特派員を務めた後、現在はフリーランスのジャーナリストとして『フォーブス』誌への寄稿をはじめ、様々なメディアで活動
(取材・文/田中茂朗)