「ケンブリッジ飛鳥のように多様な背景を持つ選手の活躍が、日本人に自然に受け入れられたのはポジティブな変化」と語るマッカリー氏 「ケンブリッジ飛鳥のように多様な背景を持つ選手の活躍が、日本人に自然に受け入れられたのはポジティブな変化」と語るマッカリー氏

リオ・オリンピック閉会式の「安倍マリオ」パフォーマンスで、世界に強烈なインパクトを与えた2020年の東京大会。しかし、膨れ上がった開催費用など問題は山積みだ。

「週プレ外国人記者クラブ」第47回は、英紙「ガーディアン」東京特派員のジャスティン・マッカリー氏に「東京に学んでほしい、2012年ロンドン・オリンピックの教訓」を語ってもらった――。

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─マッカリーさんは、夏休みでイギリスに里帰りされていたんですよね。オリンピックのTV中継は見ていましたか?

マッカリー 見ていましたよ! 僕はスポーツ観戦も大好きですから。オリンピックって、普段はあまりTVで見られないスポーツに触れるチャンスでもあるじゃないですか。重量挙げとかカヤック、射撃とか水泳の飛び込みとか。飛び込みにふたりの選手が同時に演技する「シンクロ」というのがあるのですが、女子シンクロの中国ペアは凄かった! 数十分の一秒のズレもないほど、ピッタリと息のあった演技で感動しました。

─特に注目していた競技や印象的だったシーンは?

マッカリー やっぱり僕はイギリス人ですから、イギリスの選手が活躍している競技は気になりますよね。例えば自転車トラック競技の「ケイリン」の男子決勝で、イギリスのジェイソン・ケニーが最終ラップで鮮やかな逆転勝利を飾ったシーンは個人的なベストかな。体操個人男子のあん馬と床で金メダルを獲得したマックス・ウィットロックの活躍も凄かったですね!

もちろん、日本の選手が活躍する競技にも注目していました。初戦でいきなりニュージーランド代表を破った7人制ラグビーの日本代表は、昨年のワールドカップで日本が南アフリカを破った「ジャイアント・キリング」の記憶も鮮やかなだけにイギリスでも大きな注目を集めていました。あとは、やはり陸上の400mリレーかな。ちなみに日本チームの「ケンブリッジ飛鳥」を見て、僕の父が「なんで日本人なのにケンブリッジ?」って驚いていました(笑)。

今回のリオでは、ケンブリッジ飛鳥のように国際結婚の両親を持つ選手や日本に帰化した選手など様々な人種、文化的な背景を持つ新しい「日本人選手」の活躍が目立ち、それが多くの日本人たちに自然に受け入れられているように思いました。

─ところで、閉会式ではスーパーマリオに扮した安倍首相が土管の中から飛び出すという「サプライズ」な演出があり、大きな話題を集めました。あの「安倍マリオ」については賛否両論あるようですが、海外での反応はどうなんでしょう?

マッカリー あの演出は海外でも大きな話題になっていました。日本では「恥ずかしい」など一部で批判的な声もあると聞きますが、海外でのツイッターの反応などを見ると、「おお、日本の首相はクールだね!」とか「今から2020年の東京オリンピックが待ち遠しくなった!」などポジティブな反応が多いようです。

ロンドン・オリンピックの開会式でもエリザベス女王とジェームズ・ボンドを使った演出がありましたが、あれと同じ感じで「お堅い政治家がこんなことを…」というサプライズは好感に繋がるものだと思います。個人的な感想ですが、あのパフォーマンスは北京オリンピック閉会式のロンドンのものよりも良かった気がします。

開催都市は常に「ルーザー(敗者)」

─北京の閉会式ってどんな演出でしたっけ? イギリスの首相は登場しました?

マッカリー 2階建てバスやロンドンタクシーを使って、バスの上でジミー・ペイジ(レッド・ツェッペリン)がギターを弾いたり、デイビッド・ベッカムが登場してサッカーボールを蹴ったりしました。その後、前ロンドン市長のボリス・ジョンソンが北京からオリンピック旗を引き継いでスピーチをしたはずです。当時の首相はゴードン・ブラウンでしたが、閉会式には出席していませんでした。

─前・東京都知事の舛添さんは、五輪誘致のための視察やプロモーションを目的とした「海外出張」にファーストクラスを利用して激しく批判されましたが、リオ五輪の閉会式で「マリオになる」ためだけに政府専用機でブラジルまで行く安倍首相は批判されないっていうのは、どうなんでしょう? ジャンボジェットを地球の裏側まで飛ばす費用はファーストクラスの比じゃないと思うのですが…。

マッカリー ハハハ、確かにそうですよね。もちろん、ああいうパフォーマンスは絶対に必要というものじゃないし、お金もかかりますが、先ほど言ったように海外での反応は概(おおむ)ねポジティブですから注目度や期待度を高めるという意味では狙い通りの効果を発揮していると言えます。

「マリオ」のパフォーマンスの後、首相の支持率もやや上がっていると聞きました。そう考えると、東京オリンピックにとっても、首相自身にとっても「政治的にプラス」という判断があったのだと思います。

─リオ五輪を純粋にひとりのスポーツファンとして楽しみましたが、その一方、心のどこかで「こうしてオリンピックを開催することは、本当に地元リオの人たちやブラジルにとって良いことなのだろうか? 歓声の陰で何かが犠牲になってはいないだろうか」と考えてしまうこともありました。4年後に開催される東京で今、前回開催地のロンドンから学べる教訓はありますか?

マッカリー 少し前の「ガーディアン」紙で、オリンピックが開催地にもたらす「遺産」や「波及効果」を検証する記事があったのですが、経済的に見て開催都市は常に「ルーザー(敗者)」で「ウィナー(勝者)」はIOCとごく一部のアスリートというのが結論でした。もちろん、開催中は世界中から多くの旅行者が押し寄せますから一時的な経済波及効果は期待できますし、それはその都市や国のプロモーションにもなるでしょう。しかし、開催期間はたかだか2週間程度です。

また、オリンピックのために建設された競技場など、新たなインフラの一部は開催都市の「遺産」として活用することもできますが、それでも長期的、全体的に見れば経済的には「損失」のほうが大きいというのです。また、経済以外の面、例えばオリンピックをきっかけに国内のスポーツが活性化する、実施競技の人口が増えるといった効果も、やはりごく一時的、短期的なものでしかなく、長い目で見るとほとんど影響を与えていないという分析もあります。

国立競技場の活用方法はあるのか?

─ただ、ロンドン五輪のために再開発された東ロンドン地区などは、それ以前のやや廃れた地域が今や新興の商業、住宅エリアに姿を変えて賑(にぎ)わっていると聞きますが。

マッカリー 確かに、ロンドンのイーストエンド地区はオリンピックをきっかけにして再開発で生まれ変わりましたが、あの辺りは今や普通の人たちが住める場所ではなくて、若い富裕層が集まるエリアになってしまいました。それが本当に良かったのかどうかは議論の分かれるところだと思います。

インフラに関するオリンピックの「遺産」という意味では、ロンドンのオリンピックスタジアムは比較的うまく活用されていると言えるでしょう。最大8万人のキャパシティで造られたスタジアムですが、現在は6万人規模に改修され、今年からプレミアリーグのサッカーチーム、ウエストハムがホームグラウンドとして使用しています。ウエストハムぐらいのチームなら毎週、3万人前後の観客は期待できますからね。

一方で心配なのが、東京オリンピックの国立競技場です。8万人収容のスタジアムをオリンピック後にどうやって活用するのでしょう? どう考えてもJリーグの試合には大きすぎるし、毎週、大物ミュージシャンのコンサートをやるわけにもいかないでしょう。本当に活用方法があるのか? 維持費はどうするのか? スタジアムに限らず、オリンピックのために建設されたインフラの活用に関しては課題が多いと思います。

もうひとつ、ロンドンの教訓として、日本に同じ轍(てつ)を踏んでほしくないのは、「強化費」の使い方です。ロンドン・オリンピックの際には、国営の宝くじ(ナショナル・ロトリー)などで集まった巨額の資金がイギリス代表選手の強化費に注ぎ込まれましたが、その対象がメダル獲得の可能性がありそうな競技に偏(かたよ)っていて、それ以外の競技の選手たちには広く行き届いていなかったことです。

─日本でもついつい「日本人選手のメダル獲得数」ばかりに注目が集まってしまいますが、それは「オリンピック憲章」に謳(うた)われた本来の理念とは違いますもんね。まぁ、NHKが朝のニュースで「オリンピック開催、5つのメリット」として、一番目に「国威発揚」と、なんの臆面もなく言い切ってしまう国ですからねぇ(汗)。

マッカリー とはいえ、先ほど名前を挙げたケンブリッジ飛鳥のように多様な背景を持つ選手もどんどん現れていますし、これはとてもポジティブな変化だと思います。そうした傾向は次の東京オリンピックでさらに広まっていくんじゃないでしょうか。

●ジャスティン・マッカリー ロンドン大学東洋アフリカ研究学院で修士号を取得し、1992年に来日。英紙「ガーディアン」「オブザーバー」の日本・韓国特派員を務めるほかTVやラジオでも活躍

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)