マックニール氏の母国アイルランドでは、労働人口全体の8人にひとりは移民だという マックニール氏の母国アイルランドでは、労働人口全体の8人にひとりは移民だという

将来的な労働力不足の問題が指摘される中、自民党は今年3月、「労働力確保に関する特命委員会」を立ち上げ、移民を含めた労働力としての外国人の受け入れに関する議論を開始した。

しかし、外国人受け入れに対し、強いアレルギーを示す人が多いことも事実。「週プレ外国人記者クラブ」第48回は、英紙「エコノミスト」などに寄稿するアイルランド人ジャーナリスト、デイビッド・マックニール氏に話を聞いた――。

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―マックニールさんは、かなり前から日本の「移民受け入れ問題」に強い関心を持たれているようですね?

マックニール 何しろ私自身が日本で暮らす「外国人労働者」のひとりですから。急激に少子高齢化の進む日本が将来、労働力不足の問題に直面することは、もう15年以上前から明らかでした。ところが、この国は長い間、「大量の移民を受け入れるか否か」という本格的な議論から逃げ続けてきた…と感じています

─日本の移民受け入れに対する姿勢は、国際的に見ても独特なのでしょうか?

マックニール 日本が置かれている状況のユニークさを考える上で、まず考慮すべきなのは、急激な「少子高齢化」と、それがもたらす「人口減少」の問題です。お隣の韓国も同様の問題を抱えていますが、経済全体の規模でいえば日本よりも小さいし、中国も将来的には深刻な高齢化問題に直面する。しかし、日本ほどの経済大国でこれほど急激なペースで少子高齢化が進んでいる国は他に例がありません。それにもかかわらず、「移民受け入れ」という選択肢に関する議論すら、まともに進めてこなかったように見えます。

私の母国であるアイルランドは伝統的に多くの移民を海外に送り出してきた国で、反対に1990年代に入るまで「アイルランドへの移民」はゼロに近い状態でしたが、その後、労働力不足の問題からアフリカやポーランドなど東欧からの移民が少しずつ増え始め、2015年の調査によると、移民が労働人口全体の8人にひとりを占めるまでになっています。

ところが、日本では現在、80%近い企業が「人手不足」だと感じているにもかかわらず、外国人労働者は全労働人口のわずか2%程度でしかありません。これはかなり特殊な状況だと言わざるを得ない。

─日本で移民、あるいは外国人労働者が増えないのはなぜなのでしょう?

マックニール まず、日本政府が受け入れに対して積極的ではないことが挙げられます。外国人が日本で働くためには法的に厳しい制限があり、ブラジルやペルーなど日系移民の2世、3世を除けば、基本的に「単純労働者」の移民は受けて入れていません。つまり、初めから門は固く閉ざされているのです。

そのため、海外からの労働者は3年、あるいは5年などの期限がついた「技術研修生」などの名目で来日し、それが終われば母国に帰らなければならない。しかも、「研修」とは名ばかりで、現実には一時的な労働力不足を補うための、都合のいい労働力の「調整弁」として使われているに過ぎないことが多い。

また現状、単純労働も含めた移民受け入れが「日系人」だけに許されているというのも、日本社会が「日本人の血」を重視し、そこに強い意味を見出している点で独特だと思います。おそらく日系人のほうがよりスムーズに日本の社会や文化、生活に「同化」できるのだという考え方なのでしょうが、果たして本当にそうでしょうか? 現実には「日系人」と呼ばれるブラジル人たちの文化や生活様式は日本のそれとは大きく異なっています。

労働力不足を補うための「やむを得ない手段」?

─マックニールさんは日本語がペラペラですが、多くの外国人にとって「日本語」は習得するのが難しい…。そうした言葉の問題も、日本に移民が少ない原因だったりはしませんか?

マックニール これは多くの人が誤解していると思うのですが、日本語って「話したり聞いたり」に限れば、日本人が思っているほど難しくないですよ! もちろん、漢字を含めた「読み書き」はそれなりに難しいけれど、多くの外国人たちはそれも克服していますし、「日本語は難しいから面白い!」と、魅力に感じている外国人も多い。言葉の問題は明らかに「乗り越えられる問題」なんです。

逆の言い方をすれば、日本が労働力不足を解消するという「国益」のために移民を受け入れるのなら、移民には日本語能力を含めて、日本で生きていくための術を学ぶ十分な場所と時間を準備してあげる必要があると思います。

日本は看護や介護での人材不足を補うためにインドネシアやフィリピンからの研修生を受け入れる制度を導入しました。研修生たちは助手として働きながら、3年間の研修期間内に日本語で受験する国家資格に合格しなければいけません。合格できなければ、「帰国」という大変厳しいものです。日本語で国家試験に合格することは、外国人にとって非常に難しいことです。幅広い知識と高度な専門用語を身に着ける必要があり、それらの専門用語は日本人にとってすら簡単ではありません。

例えば、2012年には計415人の外国人が看護師の国家試験を受験しましたが、合格者はそのわずか11%に過ぎませんでした。日本は将来的に4万3千人を超える看護師が不足すると言われているのに、これではなんの助けにもならない。日本人自身が「日本語は難しいから」と言いながら、なぜ、もっと時間をかけて学ばせてあげないのか…と思いますね。

─そもそも、日本人自身が移民や外国人労働者を望んでいるのか? 日本社会には移民受け入れに対する強いアレルギーがあるようにも思うのですが…。

マックニール 「日本語は難しい」という話にも繋がるのですが、日本人自身が自国の文化や社会の「単一性」や「特殊性」というものを、過剰に意識しているのではないかと感じています。日本人は単一民族で、文化的にもユニークで、他の国とは違う…という思い込みがあまりにも強いために、「それ以外」に対する抵抗感や警戒心も強い。

でも、日本は本当に単一民族、単一文化の国でしょうか? 人種的にも長い時間をかけて、アジアを中心に様々な血が混ざりあった結果、今の「日本人」を形成していることは紛れもない事実です。

もうひとつ指摘したいのは、政治家も含めた多くの日本人が、大規模な移民の受け入れを労働力不足を補うための「やむを得ない手段」としてしか見ていないという点です。彼らひとりひとりは「人間」であって、日本の国益のための「道具」ではない。自分の国に、自分と同じ「人間」を受け入れるということは、移民たちを自分の社会の一員として受け入れ、共に生きてゆくということでもあるのです。

女性登用は「移民の大量受け入れよりマシ」?

この50年余り、旧植民地を中心とした海外から大量の移民を受け入れたイギリスも、人種差別など多くの摩擦や問題を経験していますが、それと同時にオープンな移民政策は社会に多くの「ポジティブな変化」をもたらしてきました。文化、スポーツ、音楽などのエンターテインメント、もちろん政治の分野でも、移民やその子孫たちが第一線で活躍するようになり、それが社会の移民に対する意識を変えていった。

イギリスを代表する文学賞、ブッカ―賞の受賞作家であるサルマン・ラシュディ(『真夜中の子供たち』などで知られるインド出身の小説家)やカズオ・イシグロ(『日の名残り』などで知られる日系イギリス人の小説家)は移民や移民の子供ですし、スポーツの世界でも優れたアスリートの多くが黒人系やアジア系、あるいはその混血です。また、TVや映画などで活躍する人気スターが、オーストラリア系やアイルランド系の移民であることも今や珍しくありません。

今年、新しいロンドン市長にパキスタン系のサディク・カーンが選ばれたのはそうしたイギリス社会の変化の好例ですが、そうやって社会や文化が移民たちの存在のおかげで多様化し、以前よりも拡大された「英国らしさ」が生み出されている。移民にはこうしたポジティブな可能性があるということを、もっと多くの人たちが理解する必要があります。

ちなみに、今年のミス・ワールドで日本代表に選ばれたのは吉川プリアンカさんという、インド人ハーフの女性だそうですよ!

─しかし、日本文化の「単一性」を重視する人たちにとっては、そうした日本社会の「多様化」をポジティブな変化としてではなく、むしろネガティブな意味で「日本らしさの破壊」と捉(とら)える人たちも多そうですが…。

マックニール ただ、将来的な労働力不足という現実が目の前にある以上、日本が採れる選択肢は限られています。なんらかの方法で出生率を急激に上げるか、あるいは安倍首相の言うところの「男女共同参画社会」を実現して女性の社会進出を強化するか、それとも海外からの移民を受け入れるか…。

今の状況で出生率を急激に上げることは現実的に考えて難しい。そうなるとあとは「女性」か「移民」かしかありません。以前は決して「女性の権利保護」に熱心には見えなかった安倍首相が、ここにきて盛んに「男女共同参画社会」をアピールし、女性の側に立つ発言が目立っているのも、もしかすると「移民の大量受け入れよりはマシ…」という気持ちがあるのかもしれませんね。

●デイビッド・マックニール アイルランド出身。東京大学大学院に留学した後、2000年に再来日し、英紙「エコノミスト」や「インデペンデント」に寄稿している

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)