日本が観光立国を目指すのであれば、外国人観光客を受け入れるための“心の準備”がもっと必要だと語る李ミャオ氏

訪日外国人の急増に伴い、日本人と外国人の間のトラブルも増えているようだ。寿司店が韓国人観光客に大量のワサビを入れた寿司を提供したり、電車の車掌が「多数の外国人が乗車でご不便を…」とアナウンスしたり…。

“外国人差別”とも解釈できるこれらの騒動を、外国人ジャーナリトはどう見ているのか?

「週プレ外国人記者クラブ」第52回は、香港に拠点を置くフェニックステレビの東京支局長、李淼(リ・ミャオ)氏に話を聞いた。

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─日本政府観光局の統計によれば、2015年に海外から日本を訪れた観光客は1970万人を超え、前年比47.1%の増加率となりました。

 約1970万人の内、約500万人が中国人です。さらに今年、中国人旅行客は9月の時点で500万人を超えていて、すでに昨年1年間の訪日者数を上回っています。

急速な経済発展で海外旅行を楽しめるようになった中国人が大挙して訪日しているのですから、各所で様々なトラブルが発生するのは当然ともいえるでしょう。私のブログにも毎日のように多くの中国人から報告が入ってきます。経済発展で“急に”海外旅行を楽しめるようになった国民が、行った先々でどのように行動するか…。

確かに、一部の中国人観光客の中にはマナーの悪い人がいるのは事実です。それを正当化するつもりはありません。しかし一方で、私は長年、東京で生活していますが、中国人ということで不快な思いをすることがあるのも事実です。先日は、ある飲食店に予約の電話を入れた際、「李」という名前を述べるとお店の人の態度が変わり、「本当にお越しになるんですよね?」と確認されました。行くから電話をしているというのに…(苦笑)。

日本人も40年ほど前には現在の中国人観光客のように海外で振る舞っていたのですから、もう少し寛容な態度で接してほしいと思うのですが、やはり日本では「単一文化」「単一民族」という意識が強くて、異文化に対する耐性が低いように感じることがあります。

―大阪の寿司店で起こった、韓国人観光客への「ワサビてんこ盛り事件」はどう見ましたか?

 これは、イジメあるいは意地悪なのでしょうか? 私の知人や友人には寿司店でワサビを「たくさん入れて」とリクエストする外国人が少なくないのですが…。

「東京の大停電に乗じて中国人がバーバリーのバッグを盗んだ」デマ

─店側としては、外国人だということでワサビの風味にビックリさせてあげようというサービス精神だった可能性もありますよね。

 そうですね。ただし、サービス精神の発露であっても、相手が不快に感じたのであればサービスとしては失敗と言えるでしょう。韓国人の観光客が「ワサビテロに遭った」とSNSで発信して――「ワサビテロ」というのは言い過ぎだと思いますが――最終的に店側が謝罪しています。

そして、ここが異文化交流の難しさなのだと思いますが、では問題となった寿司店は外国人の客を日本人客と同じように扱えばよかったのでしょうか。あるいは、日本人の子供に対するのと同じように“サビ抜き”の寿司を提供すればよかったのでしょうか。ここは難しい問題でしょう。旅行客の中にも、現地の一般人と同じように過ごしたいという人と、特別な思い出を残したいと考えている人の両方がいると思います。

私が最近、ワサビ事件以上に気になったのは、10月12日に東京で大停電が発生した際のデマです。現在はすでに削除されていますが、Twitterに「停電で生じた闇に乗じて、中国人が新宿のバーバリーショップからバッグを盗んで逃げた」といった内容の投稿がアップされたのです。

この投稿が拡散されているのを知って、すぐにバーバリーの広報に取材したのですが、「そのような事実はございません」という回答でした。また、ツイートの投稿者が某有名私立大学の学生だという情報もあったので、当該大学にも問い合わせしましたが「確認できていない」とのことでした。

こういった事件に接して感じるのは、外国人観光客を受け入れる「ソフト面の準備」はできているのか?ということです。

宿泊施設などのハード面の整備については盛んに議論されていますが、ソフト面、つまり外国人観光客を受け入れるための“心の準備”は十分にできているのか? 「オモテナシ」という言葉が流行りましたが、疑問に感じます。

─10月10日には、南海電鉄の難波発・関西空港行き急行の車内で、「日本人のお客様にご不便をおかけします。多数の外国人のお客様がご乗車されているので、しばらくご辛抱願います」といったアナウンスがあり、問題になりました。

 日本人の乗客からの情報発信で発覚した事件ですね。これも「ソフト面での準備」に関わる問題だと思います。そのアナウンスをした車掌は「差別の意図はなかった」と説明しているようですが、心の中には「外国人観光客はうるさくて困る」という本音が存在していたのかもしれないし、周囲にもそれを言わせるような雰囲気があったのかもしれません。

2千万人近くまで増加している外国人観光客を、日本政府は2020年には4千万人に増やそうとしています。しかし、その一方で日本には依然として排外的なメンタリティが根強く残っていると言えます。そして、その“排外的なメンタリティ”は、単に外国人観光客の周辺だけでなく、マスメディアの報道姿勢にも散見することができます。

中国人観光客の増加で、南京虫が増殖!?

─具体的に言うと?

 たとえば、今年3月11日の産経新聞の記事で「中国人観光客の急増で、日本国内で南京虫が大増殖している?」といった内容のものがありました。この記事には、南京虫の増殖という日本の国内問題をなにがなんでも中国人の責任にしようという作為的な意図すら感じてしまいます。

この問題は気になったので、私は日本で「南京虫の権威」といわれる学者に取材したのですが、この方は「南京虫の増殖と中国人観光客の増加は結びつかない。むしろ、世界的に見れば、南京虫はアメリカ大陸で大量発生しているのが最近の傾向です」と言って、記事の内容に首を傾げていました。

─そもそも「南京虫」という言葉も問題ですよね。人々に嫌われる昆虫に「東京虫」なんていう名前がつけられていたら、日本人だって気分を害しますよ。

 産経新聞の記事にも「南京虫=トコジラミ」という正式名称が付記されていますが、南京原産の昆虫というわけではありません。もちろん、中国にもいますが、世界中に生息しています。

この記事は、日本における中国人観光客の急増と南京虫の増殖を無理矢理にこじつけようとしているだけで、具体的な因果関係を証明する事実は何ひとつ挙げられていません。唯一の事実というか体験的コメントは「南京虫にかまれたら、悲鳴をあげるほど全身がかゆくなり、一睡もできなくなる」という「かつて中国・広州を旅行中に南京虫の被害に遭ったという大阪府内在住の30代の男性の証言」だけです。

中国ではなく、世界の他の国を旅行中に南京虫にかまれた日本人も数えきれないほどいるでしょう。この記事中の“証言”を「ブラジルを旅行中に」に置き換えるだけで、日本国内の南京虫大増殖をブラジルの責任のように思わせることも可能な記事の構成になっています。同じジャーナリストとして、このような記事が無責任に垂れ流され、現在もネット上で閲覧可能な状態にあることは本当に嘆かわしいことだと思います。

異文化交流の難しさは言った通りですが、外国人観光客にどのようなサービスを提供するのであれ、日本が観光立国を目指すというのなら、まずは日本人の心の準備が必要だと思います。

●李淼(リ・ミャオ)中国吉林省出身。1997年に来日し、慶應大学大学院に入学。故小島朋之教授のもとで国際関係論を学ぶ。2007年にフェニックステレビの東京支局を立ち上げ支局長に就任。日本の情報、特に外交・安全保障の問題を中心に精力的な報道を続ける

(取材・文/田中茂朗)