11月10日に衆院を通過したTPP承認案と関連法案。
アメリカが批准しなければTPPは漂流状態だが、『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明は、安倍政権がTPP批准を急ぐ理由を看破する!
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安倍政権がTPPの批准を急いでいる。このコラムの掲載号『週刊プレイボーイ』47号が発売される頃には、TPPの承認案と関連法案が衆院で採決されているはずだ。
衆院で可決されれば、審議の舞台は参院に移るが、TPPは条約なので、参院が採決しなくても憲法の規定により、30日以内に「自然承認」される。
TPP発効には、協定署名から2年以内なら参加12ヵ国の議会承認、以後は参加国のGDPの85%を占める6ヵ国以上の国内法上の手続きが必要となる。
そのなかで見逃せないのが、やはりアメリカの動向だ。大統領選に勝利した共和党・トランプはTPP反対を主張しており、国内手続きのメドは立っていない。アメリカが批准しなければ、いくら日本が動いても、TPPは事実上、漂流状態となる。
そのため、多くのTPP参加国は、アメリカの政治状況を見極めてから国内手続きに入ろうと様子見をしている。そんななか、日本だけが前のめりにTPP批准へとひた走っているわけで、その姿は異様だ。
なぜ、安倍政権はこんなにもTPP批准を急ぐのか?
安倍首相は「日本が早期に批准し、アメリカに承認を促すことで、TPP発効を後押しできる」と説明するが、大ウソだ。
TPPを12ヵ国に先駆けて批准する安倍首相の魂胆とは
TPP早期批准の狙いは「ある目標」を達成するため、これまでTPP発効に尽力してきたオバマ大統領に恩を売ることにある。「ある目標」とは12月に予定されているロシア・プーチン大統領との首脳会談を成功させ、懸案の北方領土問題解決に一定のメドをつけることだ。
もともと、アメリカはこの安倍首相の動きを快く思っていない。特にアメリカが問題視しているのが、日露の経済協力だ。安倍内閣は大規模な対露経済支援をエサに、北方四島の返還を実現しようと動いている。そのなかには「東シベリア―太平洋パイプライン」建設やサハリン島沖海底油田開発など、エネルギー分野での経済協力も含まれる。
アメリカはEUとともに、クリミアを武力で併合したロシアに厳しい経済制裁を実施している。そんな時期に日本が大規模な対ロシア経済支援に動けば、欧米の制裁の効果を著しく損なう。へたをすればアメリカの逆鱗(げきりん)に触れることになるだろう。
そこでTPPを12ヵ国に先駆けて批准することでオバマ大統領に恩を売り、日露交渉に目をつぶってもらおうというのが、安倍首相の魂胆だ。政府が米大統領選のある11月8日より前に、TPP法案の衆院通過にこだわっているのはそのためなのだ。
だが、そうした首相の思惑は空振りに終わる危険性が高い。したたかなプーチン大統領は領土問題の解決をにおわせるリップサービスはしても、四島返還につながるような明確な言質を日本側に与えないだろう。
TPPは広範な分野にまたがり、国民はその内容に疑念を抱いている。拙速に今国会での批准を目指すより、来年の通常国会までかけて国会で丁寧に審議して、国民の不安を取り除く努力をするべきだ。その上で選挙で民意を問う。採決はその後にすれば、結論がどちらでも国民は納得する。安倍首相は、米露に媚こびる前に国民のほうを向いた政治を行なわなければならない。
●古賀茂明(こが・しげあき) 1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元幹部官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して2011年退官。著書『日本中枢の崩壊』(講談社)がベストセラーに。近著に『国家の暴走』(角川oneテーマ21)