『週刊プレイボーイ』本誌で「モーリー・ロバートソンの挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが今回の米大統領選でヒラリー・クリントンは、なぜ敗戦するに至ったのかを語る。
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最後の最後まで「どちらに転ぶかわからない」と報じられた米大統領選。
“不人気対決”などと揶揄(やゆ)されましたが、政治家としての経験も実力もドナルド・トランプとは比べものにならない百戦錬磨(ひゃくせんれんま)のヒラリー・クリントンは、なぜまさかの敗戦を喫するに至ったのでしょうか。
もちろん、原因はひとつではありません。「単純に彼女の物言いや振る舞いが好きじゃない」という人もいたでしょうし、国務長官時代のメール問題に対する不信感もあったでしょう。一部に根強く残る女性蔑視(べっし)もあるでしょう。ただ、最も強く影響を及ぼしたことは何かといえば、僕は「アンチ・エスタブリッシュメント」のひと言に尽きると思います。
今回の選挙戦報道では、この言葉が実によく使われました。といっても、ベトナム反戦運動のような先進的な“反体制”ではなく、とにかく既存の権威・既存の秩序の側にいる人間や組織を単純に敵対視するというのが現代におけるアンチ・エスタブリッシュメントです。
政治のプロであればあるほど、何を言っても忌み嫌われてしまう―元ファーストレディで、オバマ政権時代には国務長官も務めたヒラリーは、初の女性大統領候補であっても“エスタブリッシュメントのど真ん中”と見られてしまったのです。
日本にいるとあまり実感できませんが、米社会における格差問題は深刻です。多くの人が未来への希望も持てずに取り残され、「もう少し再分配をきちんとしてくれ」という建設的な議論を飛び越えて、「今の社会構造は自分を排除していて、一部の人間がその分を横取りしている」という強烈な被害者意識を持っている。もはや失うものがない(と感じている)人々が、“破壊的な変化”を求めてアンチ・エスタブリッシュメント化しているという構図です。
米社会における深刻な格差問題
ドラスティックな変化を求める人たちは、右側ではトランプを、左側では民主党予備選でヒラリーに敗れたバーニー・サンダースを強く支持しました。トランプはとにかく“既存の秩序”を壊すことを約束し続けた。サンダースも敗色濃厚になった予備選の後半、「国際金融」や「ウォール街」を批判するあまり、陰謀論めいた主張をかなり強硬にブチかました。事実に基づかない話であっても、多くの人々はそこに望みを託したのです。
こうしたムーブメントがここまで拡大したのも、一般市民がソーシャルメディアというツールを得て、デマや偏りすぎた主張を検証もなしに拡散できるようになったからです。
キャッチコピーや見出しの強烈さとは裏腹に、その多くはよく読めば論理破綻(はたん)しているのですが、個人個人の中で事実よりも“気持ちよさ”が勝ってしまうと、その「事実ではないもの」がいつの間にか既成事実化していく。こうした潮流は“ポスト・ファクトの時代”ともいわれ、アメリカのみならず欧州各国でも極右政党が躍進するためのエンジンとなっていますが、ある意味、ヒラリー陣営はそれにうまく対応しきれなかったという側面もあります。
トランプに一票を投じた人々の肥大化したパラノイアは、政権運営に有形無形のプレッシャーをかけ続けるはずです。トランプ大統領はこの“魔物”に耐えられるのか。僕にはあまり明るい未来は見えません。
●Morley Robertson(モーリー・ロバートソン) 1963年生まれ、米ニューヨーク出身。国際ジャーナリスト、ミュージシャン、ラジオDJなど多方面で活躍。父はアメリカ人、母は日本人。ハーバード大学時代にディベート(議論)をイヤというほどやらされた。レギュラーは『NEWSザップ!』(BSスカパー!)、『モーリー・ロバートソン チャンネル』(ニコ生)、『Morley Robertson Show』(Block.FM)、『所さん!大変ですよ』(NHK)など