北方2島の返還は「100%あり得ない」と断言するロシア・イタル‐タス通信のワシリー・ゴロヴニン東京支局長 北方2島の返還は「100%あり得ない」と断言するロシア・イタル‐タス通信のワシリー・ゴロヴニン東京支局長

12月15日、安倍晋三首相は地元山口県でロシア・プーチン大統領との首脳会談を予定している。

日本は経済協力の見返りとして、歯舞・色丹の北方2島の“先行返還”を求めると見られているが、ロシア国内で高い支持率を保つプーチン大統領が首を縦に振る可能性はあるのか?

「週プレ外国人記者クラブ」第57回は、ロシア「イタル‐タス通信」東京支局長、ワシリー・ゴロヴニン氏に話を聞いた――。

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─今回のプーチン大統領の訪日は「日本が駐留費用を全額負担しなければ米軍を撤退させる」と語るトランプ氏がアメリカの次期大統領に決まり、東アジアにおける軍事的パワーバランスが大きく変わる可能性が浮上しているタイミングでもあります。まず、トランプ氏の米大統領選勝利がロシアでどのように報じられたかを教えてください。

ゴロヴニン 米大統領選を通じて、ロシア側の見方はヒラリー・クリントン候補に対して批判的でした。その理由は、選挙期間中の演説などで「ウクライナ問題」をたびたび取り上げ、ロシアへの批判を自分のポイント稼ぎの材料として利用したことにあります。

孤立主義的な政策を掲げたトランプ氏が勝利したことでわかるように、米国の有権者の関心は“内向き”で、国際情勢・外交面でのテーマは大統領選における大きな争点にはならなかった。そもそも、アメリカ人の大多数はクリミア半島の歴史的背景どころか、地図上でどこに位置するかも理解していないでしょうし、ロシアとウクライナの区別がつかない人も多いことでしょう。もっとも、ロシア人も「ミズーリ州はどこにあるか?」答えられる人は少ないのですが(笑)。

とにかく、クリントン候補はロシアを批判し続けました。そのことに対してロシアのメディアや世論は懐疑の姿勢を示し、時には怒りを隠さなかったのです。

─そういったクリントン候補の姿勢は、同じ民主党のオバマ現大統領の外交政策を継承したものでしたね。

ゴロヴニン オバマ現大統領はウクライナ問題に対しても、IS(イスラム国)を標的としたシリアへの空爆に対しても、口先では厳しい言葉を使ってロシアを非難しながら、実際に行動で力を示すことは何もできなかった。結果的にその姿勢が米国の国力の低下を世界に示すことになったのです。

一方のトランプ氏は、プーチン大統領のリーダーシップを高く評価する姿勢を示してきましたから、彼の勝利は「親ロシア政権の誕生」としてロシアではお祭り気分になるほど、好意的に報道されました。ただし、大統領選の勝利から約1ヵ月が経過し、就任後の組閣人事が漏れ伝わってくるようになり、ロシアでも「トランプ政権の誕生を歓迎してばかりはいられない」という空気が広がり始めています。

─強烈なキャラクターを持つトランプ氏個人に注目が集まりがちですが、彼もネオコンの意見に後押しされイラク戦争に踏み切ったブッシュ前大統領と同じ共和党の人間です。

ゴロヴニン その通り。まず、共和党の重鎮であるミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事に国務長官就任を打診しているという情報があります。ロムニー氏は大統領選の期間中に同じ共和党でありながら「トランプ不支持」を表明した人物ですから、もし実現すれば“サプライズ人事”ですが、次期大統領として上下両院で過半数を占める共和党との関係は重視せざるを得ない。現実的には十分にあり得る人事だと思います。そして、このロムニー氏は共和党内でもタカ派として知られる人物です。

また、国防長官にはジェームズ・マティス元中央軍司令官が就任するとも言われています。このマティス氏、いや、マティス将軍も非常に攻撃的な人物。アフガニスタンやイラクでの戦闘を指揮し、2005年には「敵を撃つのは楽しくてしょうがない」と発言したこともあります。

ロシアは、トランプ次期大統領が言う「強い米国を取り戻す」という政策ポリシーの“強さ”がどのような形で表現されるか注視しています。国家が“強さ”をアピールするとすれば、経済力か軍事力ということになりますが、米国が今後、経済面で強さを示すことは難しいでしょう。実際にトランプ氏はすでに「米陸軍の増強」「核兵器のリニューアル」を表明しています。

ロシアにとっては日本よりもアメリカとの関係が最重要事項ですが、現時点ではトランプ氏の大統領就任によって露米関係がどうなるかは「不透明」としか言えませんね。

「南クリル(北方領土)の領有は“強いロシア”の象徴」

─そんなタイミングで安倍首相はプーチン大統領と首脳会談を行ない、北方2島の返還を要求すると見られていますが、真意はどこにあると思いますか?

ゴロヴニン まず、はじめにハッキリ言っておきましょう。「北方2島の返還」という日本側の要求が実現する可能性については100%あり得ません。それと、細かなことですが、この問題に関してロシア側では「返還」という言葉は使いません。「引き渡し」です(笑)。

先ほど、ロシア人の大多数はミズーリ州の位置を知らないと言いましたが、南クリル(日本側が言う「北方領土」)に対する日本側の要求については全員が知っていると言ってもいい。それほどロシアでは関心が高く、南クリルの領有は“強いロシア”の象徴と考えられているのです。その領土を、たとえ日本側からの経済協力がどれほどオイシイものであったとしても、“強いロシア”を体現するプーチン大統領が手放すことは、どう考えてもあり得ません。

─安倍政権が「ほとんどムリ」「ハッキリ言ってムダ」なことに大きな政治的パワーを傾けているという点では、TPP批准に向けた強行採決と共通点を感じます。TPPに関しては、トランプ氏が「大統領就任と同時に離脱する」と明言しています。それなのに、米国が主導してきた批准を日本が急ぐ理由は、「ムダでもいいから米国に尻尾を振っておきたい」というところにあるのではないでしょうか? ロシアへの経済協力に関しては米国の反発が生じると言われていますが、北方2島の返還が万が一にも実現すれば、米国にとっては対ロシアの安全保障面で大きなメリットとなるでしょう。

ゴロヴニン なるほど。実際にロシアでも、南クリルの“引き渡し”に最も強硬に反対しているのは軍部です。ロシア人はオホーツク海を「自分たちの湖」と考えています。そして、あの海域には有事の際には米国を攻撃できる核ミサイルを積んだ原子力潜水艦が展開している。ロシアにとってオホーツク海は、巨大な核ミサイル発射台でもあるのです。しかし、もし南クリルを日本に引き渡してしまえば、その状況に亀裂が入ることになります。

─こういった対米追従の姿勢は、米国の国力低下が明白になった現在、日本の外交面で大きな危険を孕(はら)むものではないでしょうか。

ゴロヴニン いや、私はむしろ、日本の対米追従姿勢は「現実的な選択」だと思います。なぜならば、東アジアを見渡して「日本のトモダチ」と呼べる国はどこにも存在しないからです。日本のトモダチは米国だけ。そこを生命線とするのは、少なくとも現時点では現実的な外交姿勢でしょう。

ただし、今後は日本も大きな選択を迫られるはずです。トランプ次期大統領は米軍の日本からの撤退だけでなく、NATO(北大西洋条約機構)からの脱退もチラつかせています。また、単なる自由貿易経済圏の構想を超えて米国を軸とした安全保障体制の側面を備えるTPPから米国が離脱するという事態も世界のパワーバランスに大きな変化をもたらします。

そういった未来において日本に迫られる「大きな選択」とは、米国の核の傘に留まるか、あるいはそこから外れ、核兵器の保持も含めた本当の意味での再軍備でしょう。

―最後にもう一度尋ねますが、北方2島の返還はあり得ない?

ゴロヴニン 経済協力程度では、2島返還への見返りとしてまったく妥当ではありません。ロシアにとって、それに釣り合うものを挙げるとすれば、「日米安保条約の破棄」くらいしか考えられませんね。

●ワシリー・ゴロヴニン イタル―タス通信東京支局長。着任は旧ソ連時代末期の1991年。以来、約四半世紀にわたって日本の政治・経済・文化をウォッチし続けている

(取材・文/田中茂朗)