米ニュースサイトがトランプ氏の「秘密文書」をそのまま公開したことについて、「メディアが判断できないものを、どうして一般人が判断できるのか」と苦言を呈すシムズ氏

自身にとって不都合な報道を「嘘」と言い放ち、メディアとの対立を深めるドナルド・トランプ米大統領。

今問われる報道の姿勢、そしてこの対立の先にある危機とは? 「週プレ外国人記者クラブ」第63回は、日本在住の米『フォーブス』誌ジャーナリスト、ジェームズ・シムズ氏に話を聞いた――。

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─“自分の気に入らないメディア”に対するトランプ大統領の攻撃が露骨です。なんとなく場当たり的、感情に走っているようにも映るのですが、トランプ政権に明確なメディア戦略はあるのでしょうか?

シムズ あるか・ないかで言えば、ハッキリとあります。感情に走っているように見えても、トランプ大統領が「マーケティングの天才」であることを忘れてはいけません。

まずひとつは、昨年の大統領選挙中から言われていたように、彼はツイッターというツールを非常に巧みに使って自分のメッセージを発信しています。先日の就任演説を含め、彼のスピーチを聞くと、まさに直球。オバマ前大統領のようなレトリックの巧みさはないので万人に広く受け入れられるものではありませんが、彼を支持する特定の層に対しては熱く訴えかける力強さがあります。

そもそもトランプ支持層の約4割が、情報源は「FOXニュースだけ」という世論調査の結果もあります。インターネット時代の大きな特徴は「自分の趣味・趣向に合った情報だけをチョイスして満足する」という傾向ですが、彼は自分を支持する特定の層にメッセージを伝える手段としてツイッターが有効であることを知っているのです。

もうひとつは「既存の大手メディアとの対立軸」を明確にするという戦略。日本では三権分立と言われますが、米国ではマスメディアも加えて「四権分立」と言われています。つまり、大手メディアは既存の政治経済支配層、いわゆるエスタブリッシュメントであり、トランプ大統領はヒラリー・クリントン氏との選挙戦で打ち出した対決構図をそのままメディア戦略にも使っています。自身の支持層に対して、このメディアとの対立軸を明確にすることで、彼がエスタブリッシュメントと闘っている姿勢を強く印象づけることになるのです。

─ということは、1月12日に行なわれた当選後初の記者会見でCNNの記者に質問させなかったような状況で、まんまとメディアはトランプの戦略に乗せられてしまっている?

シムズ そう思います。ただ、このように対立軸を明確にするという政治家の戦略は、トランプ大統領だけがやっていることではありません。日本を見ても、現在の小池都知事は自民党都連という既存の勢力との対決姿勢を打ち出すことで支持を集めています。また、小泉元首相もこういった「劇場型政治」を戦略としていたひとりでしょう。

もちろん、米国の大手メディアの中にも、トランプ大統領の戦略に気づいている人たちはいるはずです。しかし現状では、自分たちに対する大統領らしくない、理不尽な態度の些末な部分を攻撃し、大統領就任後はビジネスから手を引くと言いながらも疑問が残る「利益相反」の問題など、本当に批判すべき課題に焦点を絞り込めずにいる。

その理由は、マスコミはどこまで報道すればいいのかを見極めていないからです。その上、トランプ大統領を取り上げると、新聞なら部数が伸び、TVなら視聴率が上がるからです。トランプ大統領に反対の立場を取る層もまた、自分たちの趣味・趣向に合った情報を求めているのですから。

“放尿プレー”情報も全く信憑性がない

─“大きなネタ”ということでいえば「ロシアがトランプの重要秘密を握っている」という情報もありました。

シムズ MI6(英国の諜報機関)の元エージェントがトランプ大統領の経済活動と私生活に関するロシアの秘密文書を入手した、というものですね。ただ、この元エージェントは昨年の大統領選挙中から各メディアにこのネタを売り込んでいて、ほとんど相手にされていませんでした。この調査は反トランプの共和党、民主党の支持者が依頼したものと言われています。真偽が非常に疑わしい情報と見なされていたわけです。

最近になって米国のニュースサイト「BuzzFeed」がこの文書をPDFの形で公開しましたが、この姿勢もどうかと思います。「真偽のほどは自分で判断してくれ」ということなのでしょうが、メディアが判断できないものをどうして一般人が判断できるでしょうか。

トランプ大統領がロシアの娼婦を相手に“放尿プレー”をしたビデオも存在すると言われていますが、もしこれらの情報の真偽を本気で確かめる気があれば、たとえば「ニューヨーク・タイムズ」あたりならロシアに行って問題の娼婦を探し出してウラを撮ることは不可能ではないはず。しかし、それをしないのは、この情報に全く信憑性がないからです。

─日本ではかつて、佐藤栄作元首相が退陣会見の場から新聞メディアを追い出した事例がありますが、今後、トランプ大統領が会見場に“自分の気に入らないメディア”を入れないという事態もありえるのでしょうか? 

シムズ それが現実になる可能性は高くないと思いますが、トランプ大統領が特定のメディアを会見場から締め出すことは不可能ではないと思います。日本では「記者クラブ制度」の弊害が以前から問題になっていますが、実は現在の米国も似たような状況にあるのです。

「メディアへの圧力」が顕著になったのは今に始まったことではなく、前オバマ政権の時代からです。日本の一般的認識では「強権的なトランプに対してリベラルなオバマ」という図式が成り立っていると思いますが、実はオバマ前大統領は過去になかったようなメディア弾圧を行なってきた。

日本でも問題になった国家機密漏洩罪に該当する法律は米国にもあって、オバマ前大統領はこれを盾(たて)に、自分に不都合な情報を得て報道したジャーナリストに対して情報源を明かすように圧力をかけ、結果的に元CIA職員が逮捕され有罪判決を受けるということもありました。「情報源の秘匿」はジャーナリストにとって義務であると同時に権利のはずです。それが認められなければ、まともな報道活動はできないと言ってもいいでしょう。

退陣したニクソン元大統領の二の舞?

とはいえ、仮にメディアがトランプの大きなスクープ――特に彼のメンツに関わるものを暴いたとして、彼がそれにどう反応するかで、大統領としての資質及び適性がより鮮明になると思います。「ウォーターゲート事件」で執念深くメディアと争い、結果的に退陣したニクソン元大統領の二の舞にならなければいいと思いますが…。

今後、メディアがやるべきこととしては、例えば昨年の大統領選挙へのロシアのハッキングによる関与の有無など、さらに大きく扱わなければいけないテーマがあります。個人的には関与はあったと思いますが、オバマ前政権が示した根拠の乏しい結論には全く納得がいきません。いずれにせよ、米国の大統領選挙にロシアが違法に介入したのであれば、極めて大きな問題。なのに、現在のメディアの多くはあまりにも関心が薄すぎるように思えてなりません。

メディアだけではない。本来なら共和党のトランプ大統領の正当性に関わる問題ですから、クリントン候補で選挙に敗れた民主党がもっと大きな声を上げていいはずです。しかし、こういった動きも起こらない。

共和党は折角、大統領職及び議会を握っているので、それを傷つけたくない。簡単な調査でお茶を濁して済ませたいようです。民主党は追及していましたが、その理由は選挙運営の大失敗の犯人探しという香りが強い。この問題は、超党派の独立した調査委員会を設けて取り組むべきです。

─「トランプ対メディア」の闘いの先にあるのは?

シムズ 最も警戒しなければならない事態は「何が本当のことか?」がわからなくなってしまうことでしょう。「あった」といわれる事実に対して本格的な調査をしない、一方で疑わしい情報の真偽の判断を一般人に委ねる形で公開してしまう…こういった状況が続けば、何か本当に重大な事態が生じた時に報道しても、社会の反応が「またか…。それって本当なの?」となってしまいかねません。

―イソップ寓話にある「狼少年」の話のようです。

シムズ トランプ大統領の場合は“狼老人”ですけどね。

●ジェームズ・シムズ1992年に来日し、20年以上にわたり日本の政治・経済を取材している。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の東京特派員を務めた後、現在はフリーランスのジャーナリストとして『フォーブス』誌への寄稿をはじめ、様々なメディアで活動

(取材・文/田中茂朗)