「戦後のドイツのように、何度も謝罪を繰り返すことでしか誠意が理解されない場合もある」と語るマッカリー氏

2015年12月に歴史的合意を果たした日韓の「慰安婦問題」。

しかし、釜山では新たな「慰安婦像」が設置され、日本政府が対抗措置として駐韓大使を一時帰国させるなど、ますます両国の関係は悪化の一途を辿っている。

「週プレ外国人記者クラブ」第64回は、英「ガーディアン」紙の日本・韓国特派員、ジャスティン・マッカリー氏がこの問題を「第三者の目」で考察する――。

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─「慰安婦問題」を巡る日韓の対立を「第三者」として、イギリス人のマッカリーさんはどのように見ていますか?

マッカリー 私のように日韓どちらにも属さない第三者の視点から見ると、双方が自分たちの立場に閉じこもったまま、話し合いで問題の解決に乗り出そうとしない、日韓両国の対応にそれぞれ問題点があるように感じます。

もちろん、この問題には複雑な要素もありますが、確かなのは戦争中に慰安婦として働かされた人たちがすでに80歳を超える高齢で、もう亡くなっている方も多いという現実です。そうした「被害者」の人たちが生きている間にこの問題を解決しなければ意味がない。そのことを忘れて、双方がいたずらに対立をエスカレートさせているように見えます。

そこで、改めて振り返りたいのが、2015年末に日韓外相の記者発表という形で表明された「慰安婦問題日韓合意」です。その中で日本の岸田外務大臣はこのように言っています。

「慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している。安倍内閣総理大臣は日本国の内閣総理大臣として、改めて慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からお詫びと反省の気持ちを表明する」

この時、韓国側は日本政府が求める慰安婦像の撤去について「関連団体と協議して適切に解決されるよう努力する」と約束しました。しかし、慰安婦像を設置しているのは韓国政府ではなく、民間の市民団体ですから、行政の権限が及ばない「合法的」な像の設置については「表現の自由」の範囲内で、韓国政府や自治体が強制的に排除したり、設置を止めたりする権限はないわけです。

例えて言うなら、日本政府がアパホテルに対して「日本の戦争責任を否定する本をホテルに置くな」とは言えないのと同じことです。

加害に対する「責任」や「謝罪の気持ち」は消えてなくなるものではない

─とはいえ、今回、新たに釜山の日本総領事館前に置かれた慰安婦像は釜山市が管理する公道の歩道上に設置されているので、本来ならば「行政の許可」が必要なはずです。2015年の合意があるにも関わらず、行政が像の設置を許可した、あるいは非合法な像の設置を黙認しているとすれば、それはやはり「約束違反」なのでは?

マッカリー その通りです。確かに、韓国政府はこれまで慰安婦像問題の「解決に向けた努力」を本気で行なってきたとは言い難い。韓国の国内には未だに日韓合意について否定的な見方をする人たちがいて、韓国政府はそうした人たちからの批判を強く恐れている。

しかも、今は朴大統領のスキャンダルで韓国の内政が非常に不安定化しているので、政治家の多くがこうした国内からの批判の声に、より敏感になっていたり、あるいはその声を政治的に利用しようとする人たちもいる。

もうひとつの問題は日韓合意について多くの韓国人が「安倍首相の誠意」に疑念を持っていることでしょう。もちろん、あの時、岸田外務大臣のコメントではハッキリと旧日本軍の関与や当時の日本政府の責任に触れていますし、安倍首相も「反省の気持ち」を表明している。

しかし、それと同時に「これでもう謝ったし、日本は10億円も拠出するんだから、これ以上蒸し返さないでね…」という安倍首相の本音が透けて見えたと感じている人が少なくないのではないでしょうか。だから、韓国側の合意履行に問題があったとしても「日本はすでに10億円も払ったのに韓国は約束を守らないのか!」と言っているようにも見えてしまう。

釜山の慰安婦像設置に対して、日本政府は今年1月、駐韓大使や釜山総領事の一時帰国などの措置を講じました。こういった対応によって、日本側の「誠意」に対する疑念が更に高まってしまったという面もあるように思います。

─しかし「誠意」がある、ない…というのはある意味、水掛け論ですし、日韓合意に関しては合意文書という形ではないものの、外交的には「約束」があるわけですから韓国政府がそれを守るのは当然では?

マッカリー そうですね。ただ、韓国政府の対応に問題があるとしても、そもそもこの慰安婦問題は「戦争中に旧日本軍が関与したことへの謝罪」と「日本政府としての責任」に関するものです。つまり自分たちが「謝罪した側」という前提を忘れて、あまり強硬な態度を取れば、解決に向けたすべての出発点である「謝罪」の意味が薄らぐことになりかねない。

日本が10億円を支払い、外交上、戦後賠償に関する日韓間の請求権に関する問題は全て解決済みだとしても、加害に対する「責任」や「謝罪の気持ち」は消えてなくなるものではないはずです。戦後のドイツも、今に至るまで戦争中にナチスドイツが行なった行為について、国としての責任や謝罪の気持ちを繰り返し被害者たちに示し続けることで、自分たちの誠意を国際社会に示してきた。

これは私の個人的な考えですが、例えば安倍首相が日韓合意の「岸田外務大臣のコメントの範囲内」でもいいので「今も当時の慰安婦問題に関する認識に変わりはなく、国としての責任や謝罪の気持ちを持っている」ということを改めて示すことで状況は改善するのではないかと思います。

もちろん「一体、何度謝ればいいんだ!」と不満を感じる人も多いかもしれませんが、戦後のドイツがやってきたように何度も繰り返すことでしか誠意が理解されない場合もある。もちろん、安倍さんがそんなことをしたがるとは思えませんが…。

慰安婦像を立てる市民団体の考え方は、一般の韓国人の感情を反映しているわけではない

─この先、日韓関係を改善するためには、何が必要だと思いますか?

マッカリー 忘れてはならないのは、日本で嫌韓運動を繰り広げている「在特会」のような人たちが現実には多くの日本人の気持ちを象徴しているのではないのと同じように、韓国で各地に慰安婦像を立て続けている市民団体のような考え方が、必ずしも一般の韓国人の日本に対する感情を反映しているわけではないということです。

日本でも韓国でも、こうした民族主義的な、あるいはポピュリスト的な人たちが政治に強く働きかけようとしているけれど、それはどちらの国にとっても「ごく一部の人たち」の声であって、彼らの主張する極端な対日観、対韓観を鵜呑みにして日韓関係を考えることは非常に危険なことだと思います。それは日韓双方とも「普通の人たち」の相手国に対する印象や考え方とは大きく異なるものだからです。

そして、慰安婦像を巡る問題が膠着状態に陥っているのも、こうした日韓の「極端な人たち」の影響が大きいように感じます。日韓両国がそうした「極端な声」に引きずられることなく、もっとお互いを信頼し、尊重する姿勢で取り組まなければ、この問題の解決は難しいのではないでしょうか。

●ジャスティン・マッカリーロンドン大学東洋アフリカ研究学院で修士号を取得し、1992年に来日。英紙「ガーディアン」「オブザーバー」の日本・韓国特派員を務めるほかTVやラジオでも活躍

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)