2月13日にマレーシアのクアラルンプール国際空港で「毒殺」された金正男氏(写真/ゲッティ)

2011年に死亡した父・金正日(キム・ジョンイル)の生誕記念日の3日前。腹違いの弟にして、現指導者の金正恩(キム・ジョンウン)が放ったとみられる女スパイの毒に、金正男(キム・ジョンナム)は倒れた。すでに権力闘争の舞台を降りた“過去の人”にもかかわらず、だ。

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北朝鮮の3代目指導者・金正恩朝鮮労働党委員長(33歳)の腹違いの兄、金正男氏(45歳)が2月13日、マレーシアのクアラルンプール国際空港で、北朝鮮の工作員らしきふたり組の女、シティ・アイシャ容疑者(25歳)とドアン・ティ・フオン容疑者(29歳)にVXガスにより「毒殺」された可能性がある―。

元防衛庁情報工作官で作家の柳内伸作(やない・しんさく)氏はこう語る。

「北朝鮮はもともと旧ソ連の独裁者スターリンの指導で建国されたこともあり、暗殺を含む諜報(ちょうほう)破壊工作の手法はKGB(ソ連国家保安委員会)の直伝です。数百人が所属しているとされる対外工作機関『朝鮮人民軍偵察総局』の工作員などが行なう暗殺方法、特に『毒殺』はその影響を強く受けています」

旧共産圏では、権力に背いた人間の毒殺事件が珍しくない。例えば、2006年にイギリスで放射性物質ポロニウムを使って暗殺された元FSB(ロシア連邦保安庁、旧KGB)職員のアレクサンドル・リトビネンコ中佐。また、1978年には同じくイギリスでブルガリアからの亡命者ゲオルギー・マルコフがコウモリ傘で刺され、猛毒のリシンを注入されて殺害された事件もあった。

「これらの毒物は遅効性で、暗殺の実態を隠蔽(いんぺい)するのに都合がいい。一方、今回の正男暗殺のケースでは、襲撃を受けてからわずか数十分で死亡しているとみられ、即効性の毒物だったと推定されます。

即効性の毒物は、その効果を直接確認できる利点がある一方、暗殺の事実がすぐに露見するため、実行犯が身柄を確保されるなどの危険性も非常に大きい。今回の正男毒殺事件からは、『失敗は許されない』という強い意思を感じます」(柳内氏)

◆北朝鮮は何を焦って正男を暗殺したのか? 詳しくは本日発売の『週刊プレイボーイ』10号「金正男 毒殺3つの謎」をお読みいただきたい。

(取材・文/本誌ニュース班&世良光弘 写真/ゲッティ)