安倍首相とトランプ大統領の日米首脳会談は、日本国内の主要メディアがその成果を絶賛する一方、米タイムズ誌が「日本の首相はトランプの心をつかむ方法を教えてくれた。へつらうことだ」と酷評するなど、国内外の反応の違いが浮き彫りになった。
日本に長く滞在する外国人記者の目にはどう見えているのだろうか。「週プレ外国人記者クラブ」第66回は、英紙「エコノミスト」などに寄稿するデイビッド・マックニール氏に話を聞いた――。
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─日米首脳会談は、両首脳の良好な関係がアピールされた印象でした。トランプ政権下でスタートした日米外交の第一歩を、マックニールさんはどのように見ていますか?
マックニール 表面的に見れば、安倍首相にとって今回の訪米は大成功だったと言えるでしょう。実際、日本のメディアによる世論調査でも好意的に受け止められているようです。
トランプ氏は大統領就任以来、選挙中の公約を次々と実行に移していますが、今回の首脳会談では当初、心配された日米の自動車輸出の不均衡是正や、在日米軍の駐留経費に関する日本側の負担増などは議論されなかったことになっているし、逆に安全保障問題ではトランプ氏が改めて尖閣諸島の防衛を「日米安保の適用範囲内」であると明言しました。
それに加えて、両首脳がゴルフをしたり、首相夫人と大統領夫人が日本庭園を散策する様子をメディアが報じたりすることで、日米の「緊密で良好な関係」が訪米の成果としてポジティブに受け止められているのだと思います。
─確かに、訪米前には「トランプ大統領に何を要求されるかわからない」と、心配する声も多かったですからね…。
マックニール しかし、今回の会談でそうした心配がなくなったというわけではないと思います。トランプ氏は大統領に就任してから、「いろいろなことを基礎から勉強中」ですから(笑)。例えば、彼が不満を示してきた日米の自動車輸出の不均衡についても、「なぜ日本ではアメリカのクルマが売れないのか?」「日本のメーカーがどれほど米国内で自動車を生産していて、それが米国内にどれだけの雇用を生み出しているのか」などについても、これまで正しく理解できていない部分があったのは事実でしょう。
ただし、彼が日米全体の貿易赤字を問題視しているという事実は変わらない。日米経済に関する今回の共同声明では、「双方について利益のある関係を構築していくことができるのか、率直かつ建設的な議論を行なった」とか「対話と協力をさらに深めていくことで一致した」というだけで、安倍首相が米国への投資について具体的にどんなプランを語ったのかはわかりません。
今後、日米二国間の自由貿易協定(FTA)の協議を始めれば、そこでは当然、日本に対して厳しい要求が突きつけられるはずです。また、今回は在日米軍の駐留費の負担増を要求されなかった一方で、日本側は「防衛力の拡大」や「日本の役割の拡大」を約束しています。ここでいう「防衛力の拡大」を、新たなミサイル防衛システムの導入など「アメリカからの武器・兵器の購入」という「Buy American」の視点で見れば、アメリカは今回の会談ですでに大きな収穫を得ているとも言えます。
孤立を防ぐため、「忠実な子分」として安倍首相が必要
─もうひとつ気になるのは、日米首脳会談で強くアピールされた「両首脳の親密な関係」が日米以外の国からはどう見えるのか、という点です。世界中で「反民主的」だと批判され、今や国際社会にとって、ドラえもんの「ジャイアン」的な存在になっているトランプ大統領と「個人的な親密さ」を強調することは、日本にとって本当に良いことなのか?
マックニール 日本にとって対米関係が死活的に重要であるという点には議論の余地はありません。日本の安全保障や経済に対してアメリカが非常に大きな影響力を持っているという現実がある以上、安倍首相がトランプ政権との良好な関係を維持することを最優先せざるを得ないのも事実で、これは外交戦略的にも理解できます。
ただし、それは同時に安倍首相にとって「外交上のリスク」でもあり得るということを忘れてはいけないでしょう。トランプ大統領が発した「イスラム7ヵ国からの入国禁止令」についても、イギリス、フランス、ドイツなど主要国の首脳が「反対」の意思を示しているのに対して、安倍首相は「アメリカの内政問題」だと批判を避けています。
この問題に限らず、トランプ大統領と彼の政権チームは「貿易」「金融」「環境問題」「人権」「報道の自由」「中東問題」など、これまで多くの国が共有してきた様々な価値観や秩序を真っ向から否定し、破壊するような動きを見せている。
そんなトランプ政権をいかにして「正常化」できるのか…というのが今、世界各国が共有する大きな課題だと考えられている中で、そのトランプ氏と「親密な関係」をアピールし、結果的に彼の「破壊」に加担していると思われることが日本にとって本当にプラスになるのか…? もちろん、安倍首相はこれが正しい道だと信じているのだと思いますが、その答えは時間を経てから「歴史」が教えてくれることになるのではないでしょうか。
─安倍首相はトランプ大統領に「アメリカは民主主義のチャンピオンだ」とまで言ったそうですから、ふたりの考える「民主主義」の定義は同じなのかもしれません…。
マックニール 忘れてはいけないのは、安倍首相がトランプ大統領を必要としているのと同じように、トランプ大統領もまた安倍首相を必要としているという点です。イギリスはアメリカにとって歴史的に最も近い同盟国ですが、テリーザ・メイ首相は訪米時にトランプ氏と「手を繋いで歩いた映像」が流れただけで、帰国後に強い批判を受けました。
また、英米首脳会談の際にメイ首相がトランプ氏に要請した「国賓としての訪英」について今、イギリスでは「トランプ大統領を招待すべきではない」という声が高まっています。そのメイ首相でさえトランプ大統領の入国禁止令については厳しい批判をしていますから、フランスやドイツなど他のヨーロッパ主要国の首脳はトランプ氏のことを信用もしていないし、むしろ「嫌っている」ことは間違いないでしょう。
この先、トランプ氏がG7などの首脳会議に出席すれば、文字通り「まわりは敵だらけ」になるはず。そんな中で、アジアの主要国である日本の首相が自分の「仲間」あるいは「忠実な子分」として振舞ってくれることは、トランプ氏にとって政治的な孤立を防ぐという大きな意味があるのです。
トランプ大統領と安倍首相には民主主義に対する考え方や政治的なスタンスなど様々な点で共通点が多く、単純に相性がいいとも言えるでしょう。そこで浮き彫りになってくるのは、トランプ政権が成立して以降の日本とアメリカにおける司法やメディアの「姿勢の違い」だと思います。
アメリカの主要メディアは連日、トランプ政権の政策や政権運営に対して厳しい批判を繰り返し、司法は「イスラム7ヵ国からの入国禁止」を命じた大統領令に対してキッパリと「NO」を突きつけました。一方、日本のメディアや司法は安倍政権に対して、きちんと「権力の監視役」としての機能を果たせているでしょうか?
今回の日米首脳会談についても、表面的な「成果」や「親密な関係」だけを報じるのではなく、その中身に対するしっかりとした検証をすべきだと思います。
●デイビッド・マックニール アイルランド出身。東京大学大学院に留学した後、2000年に再来日し、英紙「エコノミスト」や「インデペンデント」に寄稿している
(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)