「駆け付け警護やいろんなテーマを感じ取ってくれる読者がいるなら、それはテーマの提示に成功した証拠。書き手としては、うれしいかぎりです」と語る月村了衛氏 「駆け付け警護やいろんなテーマを感じ取ってくれる読者がいるなら、それはテーマの提示に成功した証拠。書き手としては、うれしいかぎりです」と語る月村了衛氏

安倍政権が南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に参加する自衛隊に「駆け付け警護」の新任務を付与したことで、隊員が戦闘に巻き込まれる危険性が指摘されている。「駆け付け警護」とは、自衛隊が武装勢力に襲われた国連やNGO、他国軍兵士を救助することを指す。つまり、こちらから「出向く」行為だ。

しかし、そのリスクは実は小さい。南スーダンに派遣されている自衛隊は道路や橋を造る施設部隊で、PKO司令官が実際に命令を下す可能性はほぼゼロといわれているからだ。

実は、海外の紛争地で活動するNGO関係者の間ではこうささやかれている。「本当に怖いのは駆け付け警護ではなく、“駆け付けられ警護だ」と。「駆け付けられ警護」とは、紛争に巻き込まれ、助けを求める住民を保護しようと、追尾してきた武装勢力と戦闘になることを指す。自衛隊からはなんのアクションも起こしていないのに、突発的に交戦に突入してしまうのだ。死傷者を出すリスクはこちらのほうがはるかに大きい。

その事実に、いち早く警鐘を鳴らしていた冒険小説がある。月村了衛氏の『土漠の花』だ。

* * *

―東アフリカのソマリアで墜落ヘリを捜索中の陸上自衛隊が、敵対する氏族から逃れてきたスルタン(氏族長)の娘を助けたことで、壮絶な戦闘に巻き込まれる。これはまさに「駆け付けられ警護」です。執筆時期は2013年ということですが、集団的自衛権の行使容認を認めた安保法制が成立するのは、その2年も後のことです。先見の明がすごい!

月村 先見の明だなんて、とんでもない。執筆当時はまだ、「駆け付け警護」という言葉がニュースで取り上げられていなかった時期です。まして、「駆け付けられ警護」なんて言葉は思いつきもしませんでした。

―ではなぜ、海外派遣中の自衛隊が戦闘に巻き込まれる設定を思いついたのですか?

月村 想像力を働かせただけです。当初から周りには「直球の戦争冒険小説」を書くと宣言して、執筆に着手しました。日本で日常的に戦闘訓練を行なっているのは自衛隊だ。でも、国内で戦争は無理がある。ならば海外ではどうだろう? とはいえ、交戦を禁じられている自衛隊が自ら発砲することはありえません。

だったら、現地の住民に助けを求められ、やむなく戦闘になるというのはどうだろうか? そんなことを考えているうちに、海賊対処行動でソマリアに派遣された12人の自衛隊員がスルタンの娘を助けようとして、命を賭してソマリアの土漠で戦いを繰り広げるというストーリーが浮かんだんです。

―「駆け付けられ警護」の危険性を多くの人々に知ってもらうために、この作品を書いたわけではないんですね。

月村 小説とはテーマを訴えるためのものではありません。テーマはストーリーを書いているうちに、自然に浮かび上がってくるものではないでしょうか。この本を読んで、駆け付け警護やいろんなテーマを感じ取ってくれる読者がいるなら、それはテーマの提示に成功した証拠。書き手としては、うれしいかぎりです。

後ろから現実に肩を叩かれながら小説を書いている

―「想像力で組み立てた」という割には、ソマリアの氏族対立の構図、自衛官の装備など、圧倒的なリアリティを感じます。

月村 ディテールには自信を持っています。冒険小説という物語の世界に読者を誘うには、作品の背景がリアルでないといけません。背景がリアルであればあるほど、活劇は燃えますから。そのため、無数の小氏族が対立するソマリアの状況はもちろん、自衛隊についてもかなり調べました。

例えば、自衛隊はソマリアにどのような装備を携行しているのか、その際、班編成はどのようになるのかとか、とにかく思いつく限りの疑問を自衛隊関係者に取材しました。取材源? それは明かさないことが取材の条件でした。なかには公開されていない情報もあるので。ほかにも情報を少しだけアレンジするとか、いろいろ配慮しています。

―取材やデータ収集は大変だったのでは?

月村 現代は人類史上かつてないほど世界の動きが早い時代です。将来的に描こうと温めていたアイデアや設定があっという間に現実に追いつかれ、古びてしまうんです。つらいのはコツコツと集めてきた資料が使いモノにならなくなってしまったことです。大ざっぱに言って、9・11同時多発テロが起きた2001年9月以前の資料はもう使えませんね。あのテロを機に、世界は一変してしまった。

極端な場合、国際情勢に関する資料は1、2年でもう使えなくなってしまう。怖いですよ。私の作品はあくまで現実に即して描いていますので、本になった瞬間から、現実にどんどん追いつかれてしまう。後ろから現実に肩を叩かれながら小説を書いているようで、恐怖すら感じます。

―それは本作でも?

月村 はい。作家の想像力という言葉で安穏としていられる時代はとっくに過ぎました。南スーダンの状況についても、政府は大丈夫と強弁していますが、理解できないですね。紛争地に武器を持っていって何もないなんて、ありえませんよ。『土漠の花』で書いたシチュエーションは、いつ起きてもおかしくない。自衛隊が海外で戦闘に巻き込まれる可能性がないと言い切れるほうが不思議です。

紛争地に武器を持っていって何もないなんて、ありえない

―確かに、昨年7月に南スーダンの首都ジュバであった政府軍と反政府軍の戦闘では(270人が死亡)、自衛隊宿営地そばのホテル内でも銃撃戦があったことがわかっています。つい先日公表された「南スーダン派遣施設隊の日々報告」でも、「宿営地周辺の流れ弾や、市内での突発的戦闘への巻き込まれに注意が必要」と書き記されています。

月村 もうすでに現実化していますよね、恐ろしいことに。人間は過去から学び、戦争を避けようと智恵を絞ってきたはずなのに、気がつくと同じことを繰り返そうとしている。日本に限らず、世界がです。

―今後、どのような冒険小説を書きたいですか?

月村 世界はすごい速さで変化している。その大きな流れに翻弄され、もがき続ける個人の姿を描きたい。安保法制が成立したこともあって、今後、自衛隊が海外に派遣されるケースはさらに増えるでしょう。自衛官であろうと民間人であろうと、時代のなかで己の尊厳をかけて戦い続ける人間の姿を描いていく覚悟です。

(インタビュー・文/姜誠 撮影/有高唯之)

●月村了衛(つきむら・りょうえ) 1963年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。2010年に『機龍警察』で小説家デビュー。12年に『機龍警察 自爆条項』で第33回日本SF大賞、13年に『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞、15年に『コルトM1851残月』で第17回大藪春彦賞、本作で第68回日本推理作家協会賞受賞。他の著書に『黒涙』『水戸黄門 天下の副編集長』『ガンルージュ』『影の中の影』『槐(エンジュ)』など

■『土漠(どばく)の花』(幻冬舎文庫 650円+税) ソマリアに派遣中の陸上自衛隊第1空挺団の隊員たちに与えられた墜落ヘリの捜索救助任務。そこに命を狙われている女性が駆け込んできて、隊員たちは戦闘に巻き込まれていく―。極限下で、次々と試練が降りかかるなか、隊員たちは生きて活動拠点に戻れるのか? 第68回日本推理作家協会賞受賞作