過労自殺とは仕事による過労・ストレスが原因になって自殺に至ること。ちなみに、このデータは労災の申請件数。実際に労災と認定されるのは半数以下だ。厚生労働省「過労死等に係る統計資料」より

昨年よりスタートした、アベノミクスの成長戦略「働き方改革」。その目玉として今月、決定したのが「残業時間に上限を設ける」だった。

しかし、その内容を検証してみると…経営者がいくらでも規制をスルーできる“抜け道”が次々と見つかった! これで「改革」を名乗れるのか!?

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3月13日、政府は残業時間に上限を設ける方針を決定した。その内容は、

(1)月45時間を超えるのは年6ヵ月まで。(2)1ヵ月の上限は100時間未満。(3)2~6ヵ月の平均は80時間以内。(4)1年の総時間は720時間以内。

というもの。これを破ると企業に罰則が科される。政府は3月末にも実行計画を取りまとめて、労働基準法改正案を国会に提出する予定だ。

これは、安倍首相肝煎(きもい)りの「働き方改革」で、初の成果といってもいいだろう。しかし、企業などで労働者の健康管理を担う産業医の大室(おおむろ)正志氏は、今回の上限規制について、こう話す。

「(2)と(3)の上限は、もう20時間ぐらい下げるべきだったと思います。経営側からは『理想論だ』と言われてしまうかもしれませんが」

大室氏がそう言うのも無理はない。なぜなら、過労死の労災認定基準(過労死ライン)は、「発症前1ヵ月に約100時間」「2~6ヵ月前に1ヵ月当たり約80時間」の残業となっているからだ。

では「100時間残業」のつらさとは? 労働問題に取り組む弁護士・佐々木亮氏はこう実例を示す。

「月に20日働くとして、1日5時間の残業。つまり、9時から18時勤務の人なら毎日夜11時まで働く。肉体、精神ともに大きな支障をきたす可能性が高いでしょう。

個人差はありますが、残業のしすぎで精神疾患になった人に聞くと、『細かいことを考えられなくなる』とよく言います。家に帰っても掃除する気力も起きない。休みの日はただ寝ていたい。当然ながら消費活動もしない。『それなら仕事を辞めればいい』と言われても、その発想自体がなくなってしまう。

さらにストレスがひどくなると、『逃げたい』『死にたい』『電車に飛び込もう』といった考えが頭をよぎり始める…100時間残業によって、人はそこまで追い込まれる可能性があるのです」

過労死ラインギリギリならOKと政府がお墨付き

残業時間の上限は原則として月45時間、年360時間と定められているが、労使で「36協定」の特別条項を結べば年6ヵ月まで上限を超えた残業をさせることができる。今回の規制では特別条項で認められる残業にも時間の上限を設けた

とはいえ今回、「100時間未満」がOKとなったのはあくまで1ヵ月のみだ。しかし…。

「今回の上限規制で『これ以上はダメ』と明確にしたことは評価できます。しかし一方で、過労死ラインギリギリならOKと、政府がお墨付きを与えてしまったのは、いかがなものか。

先ほど『経営側からすれば理想論』と言いましたが、2005年に国の主導で始まった『クールビズ』も、最初は『ネクタイを締めないなんて失礼だ』といった反発がありました。しかし一斉にスタートしたことで、すぐ浸透した。

それと同じように一見、“理想論”であっても、一斉にトップダウンで『長時間労働はやめよう』とやれば、企業はこれまでの仕事のあり方を見直し、時間当たりの生産性を向上させようとするはず。そこまで踏み込むのが今後の課題かと思います」(大室氏)

◆本日発売の『週刊プレイボーイ』15号「これのどこが働き方改革だ!!」では、過労自殺のケースや法規制の抜け道などを紹介。そちらもお読みください。

(取材・文/畠山理仁)