未だ収束の糸口が見えてこない「森友学園」問題。
前回の本コラムでは英紙「ガーディアン」の東京特派員が「海外メディアはこの問題を『日本会議と安倍政権の関係』と同じ文脈で注目している」と指摘したが、中国ではどうなのか?
「週プレ外国人記者クラブ」第71回は、香港を拠点にする「フェニックステレビ」東京支局長の李淼(リ・ミャオ)氏に話を聞いた――。
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─日本人にとっても食傷気味の感がある「森友学園」問題、中国ではどのように報道されていますか?
李 中国でも連日のように報道されていて、高い関心を集めています。日本では次々と新たな角度からの話題が浮上して、問題の本質がどこにあるのか見えづらくなっている印象があります。
例えば、自民党の議員が国会の証人喚問での籠池氏の証言に対して「偽証の疑いがある」と発言し、これに対して籠池氏の代理人弁護士が抗議文を送りつけたり、あるいは、例の100万円を学園の口座に振り込む際に用紙に記入された筆跡への疑惑であったり、話がどんどん脇道に逸れていっているように思います。
中国での関心の焦点は明確で「この問題が安倍政権を揺るがすような本格的なスキャンダルに発展する可能性があるか?」というところに絞られています。ただ、この問題が日本のメディアを騒がせるようになってからすでに約2ヵ月が経過していますが、当初における中国メディアの関心は森友学園が運営する塚本幼稚園での教育内容にありました。
つまり、戦前の教育現場で用いられ、戦後の1948年に衆参両院で学校教育から排除・失効することが決議された「教育勅語」が、塚本幼稚園では園児に暗唱させるといった形で現在も教育の一環として用いられていることを驚きとともに報じていたのです。
日本国内での報道を見ると、この「教育内容」についてほとんど関心が寄せられていないことを不思議に感じています。
─その点は、日本人の中にも同じ違和感を覚えている人は少なくないと思います。
李 国会での野党からの追及を聞いていても、ほとんど触れられていない印象があります。塚本幼稚園の教育内容に関して、私は大阪府の教育委員会に電話をかけて「教育基本法に抵触しないのか?」と取材しましたが、応対した職員の答えは「国および自治体は私立学校の自主性を尊重しつつ…」といった、基本法を棒読みするような杓子定規なものでした。
「日本が再び軍国主義化か!?」といった懸念も
─4月3日には菅官房長官が記者会見で、教育勅語を現在の道徳教育で使うことについて「否定できない」と語っています。森友学園問題をメディアが取り上げるようになってから、文化人のような人たちの中にも「教育勅語は悪くない」といった意見も出てきています。
李 菅官房長官の発言は3月31日の閣議決定を受けてのものですから、現在の安倍政権は教育勅語を否定していないということです。しかし、これは先ほど述べた1948年の衆参両院での決議と明らかに矛盾するものです。
確かに教育勅語の内容を見ると「親孝行」や「家族愛」といった、孔子も説いているようなものが含まれています。こういった内容が時代や国境を越えて価値を持つものであることはわかります。しかし一方で「国に事変が起これば一身を捧げて君国のために尽くせ」といった内容も含まれています。
これは単純化して言ってしまえば、「天皇陛下のために命を捧げよ」ということでしょう。このような教育勅語を過去の国会での決議との矛盾さえも無視して現代に復活させようというのは、どう考えても疑問です。特に、日本との間に歴史問題を抱える中国では「日本が戦前に逆戻りして、再び軍国主義化か!?」といった懸念もネット上で飛び交っています。
─文科省が3月31日付の官報で告示した「新学習指導要領」では、戦前の軍事教練で行なわれていた「銃剣道」が中学の保健体育で教える武道に加えられました。確かに「戦前回帰」の兆候が最近の日本には感じられます。
しかし不思議なのは、戦前の国家主義と現在の大きく右に傾いた政治には共通点が見出せるかもしれませんが、現在の風潮には戦前にはなかった大きな特徴がある。それは、反中あるいは嫌韓といった“ヘイトなテイスト”です。戦前の日本は、実質はともかく表面的には「大東亜共栄圏」というスローガンを掲げていて、現在のような露骨なそれはなかったと思います。
李 3月23日、森友学園の籠池泰典前理事長が外国特派員協会で記者会見を開きました。私もその場にいたのですが、驚いたのは籠池氏が複数の弁護士を引き連れて同席させていたことです。外国特派員協会における会見では、私はこのような光景を見たことはありませんでした。
この会見でも、私は塚本幼稚園の教育内容について質問しました。2015年の運動会で幼児たちに「日本を悪者として扱う中国や韓国が心を改め、歴史教育でウソを教えないようにお願い致します」という宣誓をさせたことについて「教育上、正しかったとお考えですか?」と訊(き)きました。
すると、他の質問にはいつも報道番組で見ているように独演会の調子で自説を並べ立てていた籠池氏が、弁護士と長々と打ち合わせしてから答えました。しかも、その内容は「運動会で言ったことは、尖閣諸島の問題を指している」というもので、私の質問に対する答えにはなっていませんでした。
そこで「中国人や韓国人のことについて具体的にどのようなことを教えたか、お聞かせください」と再度質問すると、また弁護士と相談して次のように述べました。
「中国の公船が尖閣に入ってきた。泥棒と同じだ。日本人は優しい民族だから仲良くしようと言うが、イケナイことはイケナイと子供たちに教えないと判断基準が狂う」
この答えも、尖閣諸島の領有問題という国全体が関心を寄せる案件を持ち出すことで、自分が運営する幼稚園での教育内容という個別の問題から話を別の方向に逸らそうという意図がうかがえます。
いかに私学とはいえ、判断能力のない幼い子供たちにこのような教育が行なわれてきたことについて、なぜもっと議論が起こらないのか、私はその点が不思議でなりません。
ドイツとの「戦前の過ちに対する対処の違い」
─「戦前回帰」ということでいうと、日本のメディアではほとんど取り上げられませんが、ドイツでは戦前に慣習となっていたナチ式の敬礼や「ハイル・ヒットラー」という発言をすれば刑事罰の対象になります。
李 戦後のドイツと日本における「戦前の過ちに対する対処の違い」は中国メディアもよく取り上げるテーマです。ナチ式の敬礼などに対して厳しい罰則まで設けているというのは、民主主義の生命線ともいえる言論・表現の自由に対しても、戦前の過ちを繰り返すことに繋がるようなものについては制限を加えるということですよね。ドイツはそこまで厳しくやっている、というのが中国人の見方です。そして「それに比べて日本は…」というのも、中国でいつも言われることです。
─もうひとつ、今回の森友学園問題をはじめ最近の日本の右傾化を見ていて不思議に思うのは「右寄り=反中・嫌韓」という図式ができ上がってしまっている点です。本来、愛国心とヘイト表現はイコールでは結ばれないはずなのに。
李 その点については日本のメディアの報道の仕方にも責任があると思います。反中・嫌韓を煽(あお)ったほうがメディアにとっても経営的なメリットがあるのでしょう。もっとも、中国にも同様の状況はありますが。
今回の森友学園問題に関しては、こんなこともありました。塚本幼稚園のホームページを見ると「イギリスのタイムズより取材を受けました。」として記事の日本語訳が公開されています。また、塚本幼稚園の教育内容について最初に報じたのはロイターでした。
そこで、私もインタビューを申し込もうと電話をかけたのですが、応対した職員は「取材は受け付けておりません!」と言って話の途中で電話を切ってしまいました。タイムズの記事も明らかに同幼稚園の教育内容を奇異に見る眼差しでレポートしたものだったのに、中国メディアからの取材はお断りということでしょうか。
─「戦前回帰」というより、アジア蔑視・欧米礼讃の姿勢は「戦前そのまま」なのでしょうか。
李 籠池氏は、本質的にはメディアに出ることが好きな人だと思います。外国特派員協会で会見を開いた時も、各国の特派員がたくさん集まっているのを見て嬉しそうな表情を浮かべていましたから。
(取材・文/田中茂朗)
●李淼(リ・ミャオ) 中国吉林省出身。1997年に来日し、慶應大学大学院に入学。故小島朋之教授のもとで国際関係論を学ぶ。2007年にフェニックステレビの東京支局を立ち上げ支局長に就任。日本の情報、特に外交・安全保障の問題を中心に精力的な報道を続ける