昨年秋以来、IS(イスラム国)からの領土奪還作戦が続くイラクで、新たなテロの恐怖が広がっている。
上空から爆弾を落とすのは、遠隔地でISが操作するドローン。標的とされた日本人ジャーナリストによる迫真のレポート!
■あまりの爆音に耳がジンジン鳴った
「ドン!」と大きな音が耳の奥まで響く。その直後、車が大きく前後に揺れ、リアガラスと左ハンドルの運転席側のサイドガラスが高い音を立てて内側に割れ落ちた。私が助手席からふり返ると、後部座席に座っていたラエド氏は、身を隠すように姿勢を低くしている。
私も思わず身構えつつ、自分の体が無事であることをまず確認した。心臓は高鳴り、両手がぶるぶると震える。いったい何が起きたのか、混乱と恐怖のあまり考えることすらできなかった。
ここはイラク第2の都市・モスル東部の道路に設置されている検問所だ。今年1月にイラク政府軍がIS(イスラム国)から奪還した地域で、私はIS支配下で生き抜いた市民や、奪還戦で被害を受けた建物などを取材するつもりだった。同行してくれたのは、普段は米軍の通訳として働くヒワ氏と、イラク軍にコネを持つアルビル警察のラエド氏(ともにクルド人男性)だ。
最初の一撃以降、爆発音はなかったが、検問所にいたイラク軍兵士らが空に向かってバンバンと銃を撃つ音が聞こえた。「大丈夫か!?」「ケガはない?」とお互いの無事を確認する。左耳の奥は、あまりの爆音にジンジンと鳴り続けていた。
運転席のヒワ氏は、自分の腹や太ももに落ちた窓ガラスの破片を払いのけながらアクセルを強く踏み、検問所から少しでも遠くに離れようと車を前に進めた。
3人の無事が確認できたところで、私は右手に持っていたビデオカメラの電源を入れた。攻撃された瞬間を撮れなかったのが何より悔しかったが、検問所ではカメラによる撮影が禁じられていた。せめて今からでも、と助手席から後ろを振り向き、割れたリアガラスを撮り始めた。
詳細は後述するが、私たちの車が受けたのはISのドローン(無人機)攻撃だった。
はるか上空からドローンが放った爆弾は、車のすぐ後ろか、左横付近に落ちたと思われる。爆発の衝撃で割れたリアガラスの破片はラエド氏の背中や後頭部に降りかかったが、幸いケガはなかった。
運転席のヒワ氏は半分くらい窓を開けていたため、サイドガラスの破片が横顔を直撃せずに済んだ。私の座る助手席にも破片は飛び散ったが、肌を傷つけるほどではなかった。
爆弾の落下位置を考えると、車のすぐ横に立っていたイラク兵は重傷を負ったか、もしくは命を落とした可能性もある。しかし、まだ上空にドローンが飛んでいる可能性が高かったため、われわれは現場を確認することなく走り去るしかなかった。
目視できない高度から爆撃するドローン
■目視できない高度から爆撃するドローン
私がモスルを訪れたのは2月10日のことだが、この時期は日本と同じくらい冷える。2ヵ所のガラスが割れたまま時速100キロものスピードで走ると、息が苦しくなるほど冷たい風が強く吹き込み、ガラスの破片が車内を舞った。左サイドのタイヤは爆発の影響で前後ともにパンクし、高速で走ると車体はガタガタと揺れたが、ヒワ氏は構わず無言で車を走らせた。
10kmほど離れた場所で車を降りて確認すると、硬いパネルやドアに複数の小さな穴が開いていた。爆発物の破片が突き抜けたようだ。落ちた場所が数cmずれていたら、と考えると身の毛がよだつ。ヒワ氏は真っ青な顔で傷だらけのBMWを見つめていた。
昨年10月以来、イラク軍によるISからの領土奪還作戦が続くモスル市は、現在チグリス川を境に東西に分断されている。東部は今年1月24日にイラク軍が奪還したが、川の西側には今もISの支配地域が残り、イラク軍率いる有志連合軍らとの戦闘が続く。
また、奪還後の東部でもISの自爆テロは絶えず、私たちが攻撃を受けた日も市内では2度のテロで30人以上の死者が出た。なかには、まだ10歳ほどの子供に自爆ベルトを着せるケースすらあり、決して油断はできない。
ただ、威力の大きい自動車爆弾や自爆ベルトを使ったテロは通常、大勢の一般市民やイラク軍の装甲車などが狙われ、爆撃地には巨大な煙が立つ。一方、私たちが攻撃を受けた検問所には数人のイラク軍兵士しかおらず、ほかに通行する車は前後を見渡してもいなかった。
直撃を免れたとはいえ、被害も車の窓ガラスが割れる程度で済んだ。つまり、大規模な爆発テロではなく、むしろピンポイントを狙った攻撃だったのだ。
当時のモスル東部でピンポイント爆撃を受けたなら、その正体はチグリス川の西岸から飛んできたドローンの攻撃しかありえない。
ISのドローン攻撃が増え始めたのは、モスル東部の奪還作戦が終盤に差しかかった1月中旬頃からだという。私が攻撃を受ける2日前にも、モスル東部では市民を含む20人がドローン攻撃に遭い、命を落としている。
ISが飛ばすドローンには、両翼のついた飛行機型や、四つ足のクワッドコプター型などさまざまな形状がある。ドローンの先端には高精度カメラが取りつけられ、ターゲットの上空に到達すると40mmの手榴弾(しゅりゅうだん)やライフル弾、あるいは小型爆弾を落下させる。
地上からは肉眼で見えないほど上空を飛ぶため、ドローンの影が道路上に映ったり、飛行音が地上に届いたりすることもなく、攻撃を未然に防ぐのは非常に難しい。
ISはこの新たなテロの一部始終を、ドローン搭載のカメラで撮影し、毎日のようにネット上に公開している。
カメラに写る人の影に照準を定める
■カメラに写る人の影に照準を定める
では、なぜ私たちの車が標的になったのか?
モスル市内の道路上には、ISの残党が他地域へ移動するのを防ぐ目的で、至る所にイラク軍の検問所が設置されている。そのため市内を車で移動する際は、数百mごとに検問所で停車し、そのたびに簡単な質問を受けたり、場合によっては車内の荷物もチェックされることになる。少なくとも数十秒間の停車を余儀なくされるこのタイミングは、ドローン攻撃の格好のターゲットなのだ。
また、攻撃の対象も当初より広がっている。ISがドローン攻撃を始めた頃は、検問所や警察署などイラク当局の施設が主なターゲットだったのだが、2月に入ると路上で立ち話をする市民らも狙われ始めた。
ISは昨年10月から続く戦闘で多くの戦闘員を失っており、爆弾テロやドローン攻撃で兵士や市民をランダムに攻撃することで、より効果的に脅威を与えようとしているように見える。
攻撃を受ける前、私はかつてISが拠点としていた病院や大学、ISの武器倉庫と化していた自然史博物館を訪れていた。ヒワ氏は、「ISのスパイがわれわれを見ていて、西側のドローン操縦者らに指令を送っていた可能性もある」と真剣な様子で語っていた。
ちなみに、ISがネット上に公開している映像などを見ると、晴れの日の午後1時から3時頃にドローン攻撃が多い傾向にある。ドローンに搭載されたカメラで人の影を見て照準を定めているらしく、日差しが強い上に太陽が傾き始めて人の影がはっきりと長く伸びるこの時間帯は、攻撃に最適なのだろう。
モスルに入る前日、私はアルビル市内のコーディネーターや各国のジャーナリストらと共にISのドローン攻撃の動画を見ていた。屋外で取材や撮影をするときはなるべく日陰に入ること、日なたで長時間同じ場所にとどまらないこと、などに注意する必要があると皆、口をそろえており、実際に私もモスル市内では細心の注意を払っていた。しかし、さすがに検問所で停車する間は何もできない。
「正直、ドローン攻撃を懸念する君は神経質すぎると思っていたけど、まさか自分たちが攻撃に遭うなんて。あんな経験は僕も初めてだ」
ヒワ氏はそう語る。
ヒワ氏もラエド氏も、攻撃を受けた日からまだ一度もモスルに足を運んでいない。
2年半続いたISの支配から解放されたモスル東部では、市民たちが破壊された建物の復旧作業を行なっているが、今もドローン攻撃がやむ気配はない。恐怖から完全に解放される日までは程遠い。
(取材・文・撮影/鈴木美優)