中東で、そして朝鮮半島で、かつてないほどに緊張が高まっている。
化学兵器を市民に向けて使用した(とされる)シリアに巡航ミサイル59発を放ち、核弾頭を搭載したICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発を進める北朝鮮に対しては「あらゆる選択肢を排除しない」と強硬姿勢をアピールした、アメリカのトランプ政権。
北朝鮮側も「アメリカが攻撃するなら、核戦争も辞さない」と徹底抗戦の態度を示すなど、「挑発合戦」は日増しにエスカレートするばかりだ。
この先、シリアや朝鮮半島でアメリカがさらなる軍事行動に出る可能性はあるのか? そして北朝鮮とシリアが、核兵器や化学兵器を用いて「暴発」する危険性は本当にないのか? 前編では、シリア問題を同志社大学大学院の内藤正典教授に分析してもらったが、今回は北朝鮮情勢について紛争解決請負人・伊勢崎賢治氏が解説する!
■軍部の誰かが勝手に「忖度」
一方、緊迫する北朝鮮情勢はどうだろう。2ヵ月に及ぶ米韓合同軍事演習では北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)殺害を目的とした訓練が行なわれ、急遽、米原子力空母「カールビンソン」を西太平洋に展開するなど、トランプ大統領をはじめアメリカの政府首脳は連日のように「有事の可能性」をアピールしている。
平和構築学が専門で“紛争解決請負人”の異名を取る、東京外国語大学の伊勢崎賢治教授は次のように分析する。
「一連の動きは、北朝鮮を仮想敵国としたアメリカ軍による壮大なデモンストレーションにすぎません。北朝鮮に対しての本格的な空爆や地上軍による先制攻撃など、現実的には起こりえません」
それはどうしてか?
「今回のシリアに対するアメリカのミサイル攻撃は、事前にロシア側に通告した上で行なっていて、軍事的には大した意味のない作戦であり、シリアや北朝鮮への単なる警告でしかありません。
今、北朝鮮に関してアメリカがやっていることも本質的にはそれと同じことです。アメリカが本気で先制攻撃を行なえば、米韓軍はもちろん、韓国の一般市民にも少なからぬ犠牲者が出るのは間違いない。もちろん、日本に被害が及ぶ可能性だってあります。
しかし、アメリカが本当に北朝鮮に対して先制攻撃を仕掛ける気があるのなら、韓国内に住む米国人の退避をとっくに始めているはず。
最近、毎日のように有事の危機がメディアで報じられていますが、この『大仕掛けのショー』の目的は、従来の『中国脅威論』に代わる『北朝鮮脅威論』を、アメリカだけでなく同盟国の日本や韓国の国民にも強く印象づけ、日米韓の関係を強めるための『セキュリタイゼーション』だと、私には映ります」
大国の手に余る「モンスター」に成長
また、別の思惑も考えられるという。
「北朝鮮に関しては事実上の後ろ盾となっている中国の動きがカギになる。その中国がより強い影響力を北朝鮮に行使するよう、圧力をかけることもアメリカの狙いでしょう。
アメリカ軍は4月13日、非核兵器としては最大の威力を持つ爆弾『MOAB(通称“すべての爆弾の母”)』をアフガニスタンでISとの戦いに使用しました。この行動が『北朝鮮へのメッセージ』かどうかについてトランプ大統領は明言を避けましたが、『(北朝鮮問題について)中国もとても頑張ってくれている』などと話していることからも明らかです。こうしたトランプ政権の動きに対応する形で、中国も少しずつ『北朝鮮への圧力』を強めています。
ただし、ここまで米朝の『挑発合戦』がエスカレートし、そこに中国からの圧力も強まれば、金正恩がそれをどう受け止め、どう反応するのかはわかりません。これはアサド政権にも言えることですが、北朝鮮の内部も決して一枚岩とは限らないからです。
僕はアメリカが証拠を示せていない以上、『シリア政府軍が化学兵器を使った』と断言できないと思いますが、仮に政府軍が使ったのだとしても、それをアサドが直接指示したのではなく、軍部の誰かが勝手に『忖度(そんたく)』したという可能性だってある。それは北朝鮮も同じで、どれほど金正恩の支配が強くても、内部の誰かが思いもよらない動きを起こすリスクを考えておく必要がある」
アサドのシリアと金正恩の北朝鮮。これまでふたりの独裁者が権力の座に座り続けられたのも、彼らがアメリカやロシア、あるいはアメリカと中国といった大国間の対立や緊張を「栄養」にしてきたからだ。しかし今、その独裁者たちは化学兵器や核兵器で武装し、大国の手に余る「モンスター」へと育ってしまった。
もちろん大国にとって、そのモンスターたちのハシゴを外し、力ずくで倒すことは不可能ではないだろう。だがその結果、巻き添えを食うのは罪のない人々だ。
「シリア内戦のように、戦争が常に『大国のエゴ』だけで語られ、実際にその被害に苦しむ一般の人たちの視点で物事を考えない人が多すぎる」(中東情勢に詳しい同志社大学大学院・内藤正典教授)
「戦争で国を壊すのは簡単です。しかし、その後に国を造るのは本当に難しい。国を壊した結果、以前よりヒドい状態になるという例を、僕はこれまで何度も見てきました」(伊勢崎氏)
大国の身勝手な理屈で、危ういバランスを保ってきた独裁国家の後ろ盾が、今まさに崩れ落ちそうになっている。「暴発」という事態が招く、最悪のシナリオが現実にならないことを願うばかりだ。
(取材・文/川喜田 研 撮影/岡倉禎志)
●伊勢崎賢治(いせざき・けんじ) 東京外国語大学教授。1957年生まれ。国連PKO幹部として東ティモール暫定行政府の県知事を務め、シエラレオネやアフガニスタンでは武装解除を指揮した経験もある自称“紛争屋”
●内藤正典(ないとう・まさのり) 同志社大学大学院教授。1956年生まれ。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。近著に『となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代』(ミシマ社)などがある