「転換期だからこそ、面白いし、可能性に満ちている。『先が読めない人生』だからこそ、生きている手応えも大きいはずです」と語る水野和夫氏

経済の歴史を「金利」に注目して読み解くことで資本主義の終わりを鮮やかに描き出し、ベストセラーとなった水野和夫氏の前著『資本主義の終焉と歴史の危機』から3年。

投資しても「利益」が期待できないゼロ金利時代が延々と続き、経済成長という大前提が失われた世界はこれからどこへ向かうのか? その姿を「閉じてゆく帝国」というキーワードで示すのが『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』だ。水野氏に聞いた。

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―日銀による金融緩和政策は、今や「ゼロ金利」どころか「マイナス金利」時代に突入し、その一方で格差の拡大は続いています。また世界各地で沸き起こる「反グローバリズム」の波がイギリスのEU離脱や、アメリカのトランプ政権誕生につながり、ヨーロッパ諸国に広がるポピュリズムの台頭など、水野さんが前著で予言したことが目に見える形で現実になり始めています。こうした動きをどのように見ていますか?

水野 世界は「帝国化」と「金融化」と「二極化」へと向かっていて、今、世界で起きていることのほとんどは、その3つの流れの中にあるのです。

―どういうことでしょう?

水野 「二極化」、特に「格差の広がり」という点で言えば、日本には年収200万円以下の人が1130万人もいる。一年を通じて勤務した給与所得者の約4分の1の人々が200万円以下なんて「日本は本当に先進国なの?」という話です。こうした格差の拡大による社会の分断は、世界中で広まっています。

また実物経済から乖離(かいり)して、あらゆるものを投資の対象とする「金融化」も、2008年のリーマン・ショックで一度は破綻したにもかかわらず、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)など、自分が債権者でもないのに「ある会社が倒産する可能性」を金融商品化してお金を儲けようという、常識から逸脱した投資が横行しています。

そうした資本の暴走やグローバリズムに対する疑念が広がるのは、当然のことです。世界は着実に「閉じてゆく」方向へと動き始めている。そうした変化を私は今回の本で「閉じてゆく帝国」という言葉で表現しています。

「陸の国」の時代が500年ぶりにやって来る

―先日行なわれた、フランスの大統領選挙は親EUでグローバリズムの代表とされるエマニュエル・マクロンと、フランス第一主義を掲げ、水野さんの言う「閉じてゆく国家」の象徴のようなEU離脱派のマリーヌ・ル・ペンの対決という構図だったように見えました。

水野 マクロンが親EUだからといって、フランス国民がグローバル化を選択したというわけではありません。フランスやドイツにとってのEUは、「ヨーロッパ人同士でまとまろう」という「閉じてゆく」動きです。これは、グローバリズムとは対極にある動きです。

一方、かつての覇権国イギリスもそうでしたが、アメリカは外へ外へと拡大し、グローバルな「世界帝国」を目指そうとしている。フロンティアが消滅し、実物経済では利潤が得られなくなった現在でも「金融化」を通じて、世界の富をウォール街に集めようとしています。フロンティアが消滅し、「空間」が有限だからこそ、かえってグローバル資本は猛威を振るっているともいえるわけです。

そうしたグローバル資本に対抗するには、ル・ペンが提唱したようにフランス一国単位で閉じていくことには限界がある。国民もEUの政治家もそれを理解しているからこそ、かつての「フランク王国」のような「ヨーロッパ」という「帝国」としてまとまること、つまり「閉じた帝国」を目指そうとしているのです。

―トランプのアメリカやEU離脱を決めたイギリスも、急激に「内向き」へとシフトしているように見えます。

水野 「世界帝国」を目指してきた米英も、いったん引きこもり、出直しを図ろうとしていますが、それはそのまま米英のグローバリズムの衰退の証拠です。かつての大英帝国やアメリカ金融帝国は、他国への影響力を拡大することで国際社会のリーダーとしての自分たちの地位を築いてきた。

しかし、この先、EUが「閉じた帝国」を強固にし、その周囲にやはりロシアやトルコのような帝国が生まれ、それぞれの帝国が衝突を避けるために「同盟」を結べば、「広く閉じたユーラシア大陸」が誕生することになる。

そうなれば米英はもう手も足も出ません。それは米英にとって、かつてのような影響力を行使できない最悪のシナリオです。世界史を「海と陸のたたかい」と見る考え方がありますが、米英の「海の国」優位の時代が終わり、「陸の国」の時代が500年ぶりにやって来るのです。

「陸の帝国・EU」との連携を強化しておくべき

―ではこの先、日本はどう振る舞うべきなのでしょう? また、拡大や成長を基本とした時代が終わりを迎えようとしているなら、僕たちはどんな生き方を目指すべきなのでしょう?

水野 時代の大転換期において、未来への確実な処方箋は誰にも描けません。そもそも、社会主義や共産主義の失敗を見てもわかるように「理念」で世の中を変えようとすると、結局、ロクな結果にはならないということは歴史が証明しています。

ただ、ハッキリしているのは、これまでの秩序が崩れてゆく転換期だからこそ面白いし、可能性に満ちているということ。「先が読めない人生」だからこそ生きている手応えも大きいはずです。

日本について言えば、この先、衰退するアメリカのような「海の帝国」とは徐々に手を切り、代わりに「陸の帝国・EU」との連携を強化しておくべきです。いずれは「東アジア」という「陸の帝国」として日中韓で連携する時代になるはずですが、中国はまだ近代化の途上です。

一方、欧州各国も日本もどちらも「ゼロ金利」時代に突入している。ゼロ金利というのは、すでに十分な生産力を得ているという成熟した段階なんです。中国は常に欧州のほうを向いていますから、先取りして日本が精神的に欧州に近いことを示して、将来への布石を打っておく。これは実際に「遠く」の国と貿易を活発化せよ、ということではなく「陸の国」であるという姿勢を示すためのものです。

日欧の関係は、資本主義の終わりの次に来る「ポスト近代」の方向性を模索していくための、ひとつのベースとなるはずです。いつまでも「海の帝国」に追随していては日本に未来はありません。

(インタビュー・文/川喜田 研 撮影/樋口 涼)

●水野和夫(みずの・かずお)1953年生まれ、愛知県出身。法政大学法学部教授(現代日本経済論)。博士(経済学)。埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)などを歴任。主な著書に『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)、『終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか』(日本経済新聞出版)など

■『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』 (集英社新書 780円+税)2014年に刊行されたベストセラー『資本主義の終焉と歴史の危機』で、資本主義の終わりを「金利」という視点から、いち早く指摘した著者。その後のさらなる格差拡大、イギリスのEU離脱、トランプ政権の誕生など、世界が大きく転換する今を読み解くキーワードは「閉じた帝国」。急激に内向きにシフトするアメリカとイギリス、EU離脱問題に揺れるヨーロッパ、中韓の経済圏はどう変わるのか? 日本を救う方策とは?