「北朝鮮のミサイルに対する日本人の危機感が、どの程度『実感』に基づいているものなのか不思議に感じる」と語る、「朝鮮日報」東京支局長の金秀恵氏

ICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発に成功したと宣言し、日本や韓国だけでなく、アメリカにとっても無視できない「脅威」となった北朝鮮。

相次ぐミサイル発射実験を受け、日本政府は4億円近い予算をかけて「外国からのミサイル攻撃」を想定した全国瞬時警報システム「Jアラート」の広告をTV、新聞、ネットなどに掲載。一部の地方自治体では「ミサイルから身を守るための避難訓練」まで始まった。

だが、北朝鮮による日本へのミサイル攻撃は、それほど差し迫ったリスクなのか? また、仮に攻撃があった場合、わずか数分で飛来するミサイルに、そうした「避難訓練」がどれほどの効果を持つのか…など、こうした対応に違和感を持っている人も少なくない。

70年近くも北朝鮮の深刻な脅威と向かい合ってきた韓国の人たちは、こうした日本の対応をどう見ているのか? そして、韓国では「北の攻撃」に備えてどんな訓練をしているのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第85回は、「朝鮮日報」東京支局長、金秀恵(キム・スヘ)氏に話を聞いた――。

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─相次ぐ北朝鮮のミサイル発射に対応する形で、日本政府は6月から「他国からのミサイル攻撃」を想定した避難方法のCMを流したり、一部の自治体では避難訓練を行なったりしています。こうした日本の反応をどのように見ていますか?

 私が少し不思議に感じるのは、北朝鮮のミサイルに対する日本人の危機感が、どの程度「実感」に基づいているものなのか? 日本の人たちの感じている危機感には少しアンバランスな面があるのではないか、という点です。

韓国は今も国際法的には北朝鮮と「休戦状態」にあり、これは言い換えれば「戦争が続いている」という意味です。もちろん、休戦状態がもう70年近くも続いていますから、韓国人の中でもそうした「実感」が薄れてきているのは事実です。ただ、それでも韓国人にとって北朝鮮の問題や脅威は、今も「リアル」な現実の一部なんですね。

一方、日本の人たちはそういった脅威にどの程度の「実感」を持っているでしょうか? ある日本人の友人は「北朝鮮のミサイルの脅威」を強調する安倍首相について「国民を守るのが政府や首相の仕事だから当然のこと」だと言っているけれど、「本当に北朝鮮が日本にミサイル攻撃をする可能性があると思う?」と聞くと、どうやら、そういう実感はあまりない…。

ちょっとヘンな例かもしれませんが、例えば私がDVの被害者だとして、危機に瀕しているのは暴力を振るう夫と暮らす私のはずなのに、隣の家の奥さんが「怖い、危ない」と悲鳴を上げて大騒ぎしている…みたいな違和感とでも言ったらいいでしょうか。

私には、そうした北朝鮮の脅威に対する危機感を安倍首相や政府が政治的にうまく利用しているようにも見えます。特に、安倍首相が政治的に難しい問題に直面して、求心力を取り戻したいタイミングで北朝鮮がミサイルを発射することが多いものですから。

─そういえば、今回も東京都議選で自民党が惨敗した直後に北朝鮮がミサイルを発射しましたしね。まるで、安倍総理が「今、ちょっとピンチなので、日本海にミサイル一発お願い!」って金正恩に頼んだみたいなタイミングですよね(笑)。

 そう(笑)。韓国のTV番組で『Xマン』というのがあります。この番組は、2チームに分かれて各チームが自分のチーム内にひとりだけ潜んでいる「スパイ」を見つけ出すゲームなのですが、大抵、最後に見つかるスパイは「まさか、この人が!」って驚くぐらい意外な人物なんです。ですから、韓国では「金正恩が安倍首相の『Xマン』なんじゃないの?」なんてジョークを言っている人もいます。

─「他国の脅威」や国民の「不安」「恐怖心」を利用して政権側が求心力を高めようとするのは、政治の世界では昔からよくある手法だと思います。韓国でも、やはり同じようなことがあるのでしょうか?

 私は1973年生まれで、小学生の頃は軍事独裁政権下にありました。学校では毎日1、2時間、マスゲームの練習がありましたし、地域のお祭りでも子供たちは団体行事に参加しながら愛国心などを教え込まれていました。毎日、夕方5時になると全国で韓国の国歌が流れて、その間は全員起立して国歌を聴かなければならなかった。子供の頃、叔母が市場で鶏を値切っている最中に国歌が流れてきて値下げ交渉が中断…みたいなことがあったのを今でも覚えています(笑)。

89年に軍事独裁が終わり民主化が実現するまではそんな時代だったので、今は逆に、その経験から韓国の国民の間にも「政府は国民の不安や恐怖を利用することがある」という反発や警戒心があるように思います。

その一方で、私も子供の頃から大韓航空機爆破事件やミャンマーでの爆弾テロ事件(ラングーン事件)など多くのテロ事件を見てきたので、先ほどもお話したように、韓国の国民にとって「戦争」は嘘じゃない、リアルな現実でもあります。ですから、北朝鮮の脅威に対する「実感」と、そうした脅威を政府が政治的に利用する危険もあるという「実感」…ふたつの実感の間で生きているということが言えるかもしれません。

核攻撃を行なった時点で北朝鮮の未来もない

─軍事独裁が終わってから4半世紀以上が経ちますが、韓国では今も北朝鮮の攻撃を想定した「避難訓練」をしたりするのですか?

 はい。「民防衛訓練」というのがあって、日本の防災訓練みたいなものですが、今でも年に数回、政府の指示の下で軍事攻撃を想定した民間の避難訓練を行ないます。また、男性は兵役義務を終えた後も8年間は「予備役」として軍に招集される可能性があるので、毎年「軍事訓練」に参加する必要があります。

ただし、休戦状態も70年近く続くと、戦争の「実感」があるといっても、かなり薄まってきていますから、そんな訓練に参加したくないという人たちもいます。私たちの朝鮮日報が社内で「避難訓練」を行なう時も、訓練が始まる前に喫茶店などに「避難訓練から避難」する人もいますし、予備役の人たちの軍事訓練も「気分はピクニック」なんて言う人もいます。

実際には韓国の市民も、仮にミサイル攻撃があったらどこにどう避難したらいいのか、きちんとわかっている人はほとんどいないかもしれません。そもそも大阪にさえ発射から6分程度で到達するといわれるミサイルですから、ソウルならほんの数分で届いてしまうわけで、「避難なんてできるのか?」という疑問もあるわけですが…。

─米トランプ政権誕生後、北朝鮮の行動はさらにエスカレートしているようにも見えます。韓国では文在寅政権が生まれ、今後の北朝鮮への対応については様々な議論があるようですが、韓国の人たちは北朝鮮問題の現状をどう考えているのでしょうか?

 私は北朝鮮に関する話で「明確な話」は全部、嘘です…と言っています。なぜなら、北朝鮮の問題は非常に複雑で「予想不可能」だからです。そうした複雑で多面的な北朝鮮の問題の一部だけを捉えて、あたかも明確な話のように見せようとすれば、それは結局、プロパガンダにしかならないのだと思います。

北朝鮮の脅威をどう捉えるか?という問いの答えも同じで、少なくとも核によるミサイル攻撃が北朝鮮にとって「最後の手段」であることは間違いない。なぜなら、彼らがそれを行なった時点で北朝鮮の未来もない。これは「自爆攻撃」と一緒です。では、核ミサイル以外の通常兵器による脅威はどうか?というと、これは韓国の軍事専門家の間でも意見が分かれていて、一方は「北朝鮮の通常兵器は時代遅れで使い物にならない。あれでは軍隊とも呼べない」と主張し、もう一方は「そうした認識は甘すぎる」と主張する。

ただし、ここで注意しなければならないのは、韓国でも、あるいは日本でも仮に北朝鮮から攻撃を受けて、10人の命が奪われれば大事件ですが、金正恩にとっては自国の兵士や国民が200人死のうと大きな問題ではないのだろう…ということです。どんなに旧式の戦車であろうと、有事の際にそれによる被害者が出る可能性は否定できませんし、韓国や日本にとって、それは受け入れがたい、起きてはならないことのはずです。

政治的に見れば、金正恩はこれまで何も失っていません。全てが彼の望むような流れで進んでいる。実際、彼は相当に頭のいい人物だと思います。韓国の文政権は北朝鮮と「対話」するとしていますが、現実には長年「対話」を続けてきた結果が今の状況でもあります。

では、軍事的にこの問題が解決できるのかというと、こちらもそうとは言い切れない。金正恩の権力だけを排除する「サージカルアタック」(外科的攻撃=限定的な軍事作戦)が可能であれば、韓国にとっても、アメリカや日本にとっても、また北朝鮮の国民にとっても良いことだと思いますが、問題はそれが「現実的に可能か」という点です。仮にそうした軍事作戦が失敗に終わり、金正恩を排除できなかった場合、その代償は非常に大きなものとなる可能性が高い。

とはいえ、金正恩が望んでいる「体制の維持」をこのまま認め続けるというのも現実的な政策とは言えません。そうなれば、彼らはこの先も様々な形で他の国に要求を突きつけ続け、韓国がそれに応えれば、それは「自分の国を恫喝(どうかつ)し続ける国を自分たちの税金で支え続ける」という、まるで不条理劇のような未来を意味するからです。いずれにせよ、北朝鮮問題は「予想不可能」で、これが彼らの最大の強みになっています。

─「予想不可能」という意味では、彼らのミサイルが本当に「目標地点に落ちるのか」も怪しい…。海に落とすつもりのミサイルが、間違って日本の陸地に落ちる可能性もあるわけで、本来ならミサイル攻撃の目標にはなりそうもない日本海側の小さな自治体が避難訓練を行なっているのは、そのためかもしれませんね。

 韓国の釜山を狙ったミサイルが狙いを外れて、大阪に落ちるかもしれない…。「予測不可能」というのは本当に怖いことで、だからこそ北朝鮮への対応はこれほど難しいのだと思います。

(取材・文/川喜田 研)

●金秀恵(キム・スヘ)1973年韓国ソウル生まれ。「朝鮮日報」東京支局長。2012年寬勲(クァンフン)クラブジャーナリズム賞、2001年、2008年サムソンジャーナリズム賞受賞。朝鮮日報で初の女性“機動取材チーム長(警察キャップ)”となり、2015年3月に東京支局就任