「安倍政権としては、急落した支持率の回復のためにも、ここで農協などの支援団体に派手にバラマキをやっておきたいというのが本音だろう」と指摘する古賀茂明氏

日欧EPA交渉が大枠合意に達し、日本経済への影響が注目されている。

しかし、『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏は、日欧EPAで安倍首相がTPPでの“前科”を繰り返すのでは…と危惧する。

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支持率急落に悩む安倍首相が「アベノミクスの新たなエンジンに」と期待をかけるのが、日欧EPA(経済連携協定)だ。

日欧EPAは関税など、日本とヨーロッパ(EU)の通商上の障害を除去する協定。関税の引き下げ、あるいは撤廃が実現すれば、欧州産のワイン、チーズ、豚肉などが安く輸入できるようになる。また、日本製の自動車やその部品、テレビなどをEU圏に輸出しやすくなる。人口5億人、世界GDPの2割を占める欧州との自由貿易が拡大されることは、日本にとっても悪いことではない。

だが、もろ手を挙げて歓迎というわけにはいかない。EUから安価な農産品が輸入されれば、「日本の農業はダメージを受ける」ことを口実に、その対策や補償と称して再び多額の税金が農協などにバラまかれるからだ。

安倍政権には前科がある。TPP(環太平洋パートナーシップ)が大枠合意されたときも国内農業へのサポートが必要との声が上がり、農業以外も含めて総額1兆2千億円もの「TPP対策費」が計上された。しかし、今年1月23日、米トランプ大統領が「TPP離脱」の大統領令に署名したことで、TPPは発効不可となった。本来なら、この1兆2千億円もの「TPP対策費」は不要となるので、国庫に返還すべきだろう。

だが、安倍政権はそれを無視して、1月31日に野党議員の質問に対して「対策費は農林水産業の体質強化に必要なもので、TPP未発効でも予算執行できる」と閣議決定している。しかも、対策費が本当に農林水産業の強化に使われていればまだ理解できるが、土木などの公共工事につぎ込まれたり、農水省関連の基金に化けてしまっているケースが目立つ。

公共工事で潤うのはゼネコンであり、1次産業の強化にはならない。また、基金とは簡単に言えば、各省庁の貯金箱のようなものである。当面、使い道のない金を基金と名づけてプールしておき、後に省益に沿って好き放題に使われることが少なくない。

政府与党は今秋をめどに、農林水産業の支援を柱とした総合的な日欧EPA対策をまとめる予定だ。しかし、その作業にあたって、「TPP対策費」のようなバラマキやごまかしが繰り返される可能性が高い。

特に基金化されたプロジェクト分野では対策費の「二重積み」も懸念される。例えば、「TPP対策費」では「畜産・酪農収益力強化整備等特別対策事業」として610億円が基金化されている。そのうちどれだけ実際に使われたかは不明。かなりの残額があると見込まれる。

日欧EPA対策では当然、酪農業への支援がクローズアップされることになるだろう。ならば、まずはこの基金を原資に酪農業支援をやるべきだ。TPP予算では数多くの基金が作られた。基金を温存したまま新たに予算を計上すれば、対策費の「二重積み」になる。それは私たちが払う税金のムダ遣いだ。

来年末までに衆院選が実施される。安倍政権としては、急落した支持率の回復のためにも、ここで農協などの支援団体に派手にバラマキをやっておきたいというのが本音だろう。日欧EPAはその絶好の口実となる。対策費予算化のプロセスを国民はしっかり監視すべきだ。

●古賀茂明(こが・しげあき)1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。新著は『日本中枢の狂謀』(講談社)。ウェブサイト『Synapse』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中