忘れてはならないのは、トランプ政権の外交姿勢だと語るモーリー氏

日本の同盟国アメリカの主要メディアで、驚くべき提案が出始めた。それは、これまで“絶対的タブー”とされてきた日本の核武装。その背景には何があるのか? 

『週刊プレイボーイ』本誌で「モーリー・ロバートソンの挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソン氏が徹底解説する。

■同盟国の疑心暗鬼がこれから広がっていく

「もしここで戦略的なバランスを劇的に変更したければ、韓国から1991年に撤退した(米軍の)戦略核兵器を再び持ち込むこともできる。また、もうひとつのオプションとして日本に独自の核抑止をつくらせることも可能だ

これは7月6日にアメリカの著名コラムニスト、チャールズ・クラウトハマーがワシントン・ポスト紙に寄稿した「北朝鮮、ルビコン川を渡る」という題名のコラムからの抜粋です。

おそらくこれを読んだら、「核兵器は絶対悪だ」と子供の頃から習ってきた多くの日本人は拒絶反応を起こすでしょう。しかも、ここで論じられているのはいわゆる「核共有」ではない。日本の独力による核武装という“禁断のシナリオ”が、すでにアメリカでは現実的なオプションのひとつとして論じられ始めているのですから―

なぜ、こんな話題が俎上(そじょう)に載るようになったのかといえば、アメリカが北朝鮮に対して打てる手がほぼなくなってきたからです。

北朝鮮が7月4日に発射実験に成功したICBM(大陸間弾道ミサイル)の推定射程は6700km程度。アラスカやハワイなど米領土の一部に届く数字です。そして今後については、「核ミサイルが米西海岸を攻撃できる能力を2年以内に獲得する」との予測もある。つまり、アメリカは間もなく自国民が北朝鮮の“人質”となってしまう状況に追い込まれるのです。

これで、米軍を頂点にした日米韓の軍事同盟は大きな岐路に立たされます。そのキーワードは、欧米メディアに最近たびたび登場する「Decoupling(デカップリング・離間)」という概念です。

アメリカは当然、同盟国を守るよりも自国民の被害回避を最優先に考える方向へシフトするはずです。例えば、北朝鮮が韓国や日本に軍事攻撃を行なった場合、これまでならば米軍が瞬時に迎撃、あるいは反撃したでしょう。しかし、今後は米本土への核攻撃を恐れる米大統領が、一瞬の判断に逡巡(しゅんじゅん)するかもしれない。たとえその一瞬の遅れにより、同盟国が火の海となるリスクが生まれたとしても。

こうなると、同盟国の間には疑心暗鬼が生まれます。日本や韓国からすれば、本当にアメリカは守ってくれるのか。逆にアメリカからすれば、日本や韓国を守ることで自国が攻撃されるのではないか…。これが、軍事同盟に亀裂が生まれるデカップリングという現象です

これは机上(きじょう)の空論ではありません。敵側の新たな核兵器の登場が同盟のデカップリングを誘発し、各国が独自の核保有を模索するという動きは過去にも例があります。

東西冷戦初期、欧州のNATO(北大西洋条約機構)加盟各国はアメリカの“核の傘”の下にいました。ところが、旧ソ連(現ロシア)の核ミサイル技術が発達し、核弾頭を搭載したICBMが米本土を射程にとらえるようになると、ある疑念が生じます。もしソ連から軍事侵攻を受けた場合、アメリカは集団的自衛権をすぐに行使してくれるだろうか──? こうして1950年代から60年代にかけ、イギリスとフランスはソ連への抑止力を高めるべく相次いで核保有国となったのです。

「集団的自衛権の行使は合憲か違憲か」といった内向きの議論ばかりの日本には刺激的すぎる話でしょうが、客観的に見れば、今の日本も当時の英仏と似た状況に置かれている。だからこそ、こんな話が米メディアのど真ん中で提示されたわけです

北朝鮮や中国は日本の核武装については「ありえない」という認識

■「恒久平和」が消滅した国際社会

冒頭で紹介したコラムは、さらにこう続きます。

「日本の核武装(に関する議論や政治動向)こそ、何よりも中国政府の注意をひくだろう。中国はかつてないジレンマに直面する。中国にとって北朝鮮(の金政権)を存続させることは、核武装した日本(を誕生させてしまうこと)ほどに大事なのか、というジレンマに」

北朝鮮問題に関し、米トランプ政権は「中国の圧力が必要だ」と主張していますが、当の中国は北朝鮮に圧力をかけるどころか、軍事転用可能な物資を輸出するなど、むしろ核開発を裏からバックアップし続けています。このように北朝鮮・中国主導で進む“ゲーム”を一変させるには、もう日本の核武装くらいしか手が残されていない。それがこのコラムの主張です。

北朝鮮や中国は、アメリカの動向に関してはあらゆるシナリオを考えていますが、おそらく日本の核武装については「ありえない」という認識です(皮肉にもほとんどの日本国民と同じように)。日本近海にミサイルを何発撃ち込んでも、尖閣諸島にちょっかいを出しても、あるいは領海や領空をすれすれで侵犯しても「遺憾の意」を表明するだけ―そう高をくくっている。それだけに、核武装に関する現実的な議論が日本国内で持ち上がれば、それだけで大きな脅威となり、戦略の再考を迫られるでしょう。

僕は何も「日本は今すぐ核武装すべきだ」と言いたいわけではありません。しかし、アメリカでこんな議論が提起されているというのに、当の日本では幼稚園だとか獣医学部だとか、そういった話ばかり報じられているのはさすがに奇妙だと感じます。

忘れてはならないのは、トランプ政権の外交姿勢です。これまでの米政府は、少なくとも表向きは理念や大義を掲げてきた。ところがトランプ大統領にとっては、すべては「Transaction(トランザクション・取引)」です。これはある意味、ロシアや中国の外交に通じる考え方ですが、アメリカまでもが“取引外交”に突入し、多極化した現代の国際社会に、日本国憲法がうたう「恒久平和」は存在しえません。平和とはその都度、取引や駆け引きの結果としてつかみ取るものになってしまったのです

戦争が起きないことを平和と呼ぶのは昔も今も同じですが、それを望むなら、アメリカの核の傘の下で折り鶴を折り、「憲法9条を守れ」と唱えればいい時代ではない。戦争は向こうからやって来る―だからこそ、その可能性を減らすことで平和を勝ち取るという思考回路が必要です。

こうした現実を見据え、日本人があらゆるシナリオを本気で議論し始めたとき、膠着(こうちゃく)した東アジアのゲームは動きだすのかもしれません。

●Morley Robertson(モーリー・ロバートソン)1963年生まれ、米ニューヨーク出身。国際ジャーナリスト、ミュージシャン、ラジオDJなど多方面で活躍。フジテレビ系報道番組『ユアタイム』(月~金曜深夜)にニュースコンシェルジュとしてレギュラー出演中。ほかにレギュラーは『ニュースザップ』(BSスカパー!)、『Morley Robertson Show』(block.fm)など