昨年の大統領選挙中から懸念されていたアメリカ社会の「分断」は、白人至上主義者とそれに反対する人々の衝突にまで発展し、深刻化している。
その根底には何があるのか? また、“影の大統領”とされたバノン主席戦略官の解任は、トランプ政権にどのような影響を与えるのか?
「週プレ外国人記者クラブ」第90回は、日本在住の米『フォーブス』誌ジャーナリスト、ジェームズ・シムズ氏に話を聞いた――。
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─8月12日、バージニア州シャーロッツビルにおける白人至上主義団体の集会で、それに反対する市民グループとの衝突が起き、死者1名と多くの負傷者が出る惨事となりました。これによって米国内の「分断」はさらに深刻化したと言われています。シムズさんは現在、中西部のカンザス州で取材活動中ですが、そちらでも緊張が高まっていると感じますか?
シムズ 中西部は私の故郷でもあるのですが、2月にカンザス州でインド系の住民ふたりがイランからの不法移民に間違えられて銃で撃たれ、ひとりが死亡、仲裁に入った白人男性も撃たれるという事件がありました。これもヘイト・クライムとして容疑者は起訴されたし、日本の感覚でいえば大事件ですが、シャーロッツビルで起きたような白人至上主義を巡る大規模な衝突の危機が感じられるかといえば、そこまでの緊張感はカンザスにはないように思います。
ただし、シャーロッツビルで起きたような事件は現在の米国ではどこででも起こりえることだと思います。米国ではアフリカ系のバラク・オバマが大統領に就任したことで人種差別を巡る問題は解決したかのように多くの人が考えていました。しかし、実際には社会の深層に白人至上主義のような火種が燻(くすぶ)り続けていて、それがトランプ大統領の誕生を機に燃え広がった…と解釈するのが一般的でしょう。実際にトランプは選挙戦を通じて、こういった“不満を持つ白人層”に巧みに訴えかけ、大統領選に勝利しました。
─シャーロッツビルでの衝突後にトランプ大統領が発した「一方に悪い集団がいて、もう一方にも非常に暴力的な集団がいた。誰も言いたがらないが、私は今ここでそう明言する」というコメントも批判されています。
シムズ 日本には「ケンカ両成敗」という言葉がありますね。今回のトランプの発言も意味としてはそれに近いものといえるかもしれません。しかし、私はこの「ケンカ両成敗」という言葉が好きではありません。例えば、イジメの現場を想像してみるといい。イジメられている子供が我慢の限界を越えてケンカになったとして、それを両成敗で片づけていいのか? 私は、やはり最初にイジメをした子供のほうに非があると思います。
今回のシャーロッツビルでの衝突現場の映像を自分なりに検証しましたが、確かに人種差別に反対するグループの中にも挑発的な態度に出ていた人物がいました。しかし、白人至上主義団体の集会には銃を所持した参加者もいました。一方、反対派グループの中には、私が検証した限りでは銃を持っていた人はいなかったと思います。米国の憲法修正第2条は銃所持の権利を認めていますが、デモに銃を持って参加するのは“反則”でしょう。もし、それが認められるのならデモと暴動の区別がつかなくなってしまいます。
大統領は孤立を深めている
─戦後のドイツでは、言論・表現の自由に一部制限を加えてまで、ナチズムを礼参するような言動を禁じています。ナチ式の敬礼やハーケンクロイツの意匠を使用することも処罰の対象となります。米国内で人種差別を容認・助長するような言動は、これと同じように絶対的なタブーではないんですか?
シムズ ナチズムと、米国内にかつて存在した奴隷制度はどちらも歴史の汚点といえるでしょうが、それぞれの歴史的背景を考えれば、同じ文脈で語るのは適当ではないと思います。また、言論・表現の自由に制限を加えるとすれば、誰がそのリミットを決めるのかという問題も生じるでしょう。人種差別が解消されるべき問題であっても、それに関連する言論・表現を法的に規制することに対しては、私は反対の立場です。
そもそも現在、米国内で白人至上主義のような運動が表面化してきた背景には、最大の根本的問題として「経済の格差」があります。先ほど私は「トランプは選挙戦を通じて“不満を持つ白人層”に巧みに訴えかけた」と述べましたが、彼らの不満の正体は経済的な不満なのです。
2015年のプリンストン大の研究によると、大学教育を受けていない中年白人男性の14年の死亡率は、1999年より上昇しました。直接的な死因は自殺、アルコール依存症、肝臓病、合成麻薬鎮痛剤の中毒症状などです。その背景には白人の中間層が経済的に追いつめられている事実が浮かび上がってきます。一方で45~54歳の黒人、ヒスパニックの死亡率は同じ時期で比べると減少しています。
トランプは持ち前の鋭いカンで“不満を持つ白人層”の存在を察知し、彼らに訴えかけることで大統領選に勝利したものの、大統領になった今も根本の問題である経済格差の解消に向けた実効的な政策は何も打ち出せないままでいる。それどころか、現在のトランプ政権の閣僚たちの資産を見れば、米国の歴代政権の中でも突出した億万長者たちの集まりであることが明らかです。
トランプはこういった矛盾を棚に上げ、人種差別問題についても、奴隷制の賛否で戦った南北戦争の南部・南軍の銅像や記念塔を撤去すべきかどうかという表層的な問題にスリ替えようとしている。米国メディアの報道を見ても、トランプのこの“スリ替え戦略”にまんまと乗せられてしまっている印象を受けます。
─シャーロッツビルの事件後、大統領選中からトランプの参謀役を務めてきたスティーブン・バノンが解任されました。右翼系ネットメディア「ブライトバート」の経営者でもあった彼が、白人至上主義を擁護するかのようなトランプ大統領の戦略の裏づけだったわけで、彼の解任によって現政権が「穏健化」する可能性はありますか?
シムズ バノンの解任にあまり深い意味はないと思います。米国では当たり前のように「トランプはバノンに操られている」と最初から考えられてきました。TVのパロディ番組で大統領の執務室を舞台にしたコントがあって、そこでは大統領のデスクよりもバノンのデスクのほうが大きい…といったジョークもありましたし、バノンはトランプの言っていることと異なる発言をインタビューで語ったりもしていた。トランプは単にそういった状況が気に喰わなかった。それが今回の解任の真相だと思います。
では、今後のトランプ政権がバノンがリードしてきた“不満を持つ白人層”に訴えかける戦略をやめて穏健化するかというと、そうはならないと思います。解任後もトランプ大統領は“暗号”のような形で、彼の支持層に向けてメッセージを発し続けています。具体的には、敗北した南部は「自分たちの歴史を忘れてはいけない」といった発言。これは、白人至上主義者たちに対してシンパシーを伝える、暗号化された表現なのです。これは例えば、日本の右翼が第二次世界大戦はアジアを植民地支配から解放するための戦争だったなどと美化するのと同じようなことです。
バンン解任後のトランプ政権に残った顔ぶれを見てみると、確かに「国際協調派」と見られている人物が多いのは事実でしょう。しかし、グローバリストと思われている大統領の娘・イバンカや娘婿・クシュナーは顧問としてほとんど機能していないのが実態です。肝心な時に彼らはいつも個人旅行をしている。
そして、大統領就任後の春頃から指摘されていたことですが、政権を機能させ、政策を実行するための政治任命者(※大統領が任命する政府職員)の多くが決まっていない状態が夏を過ぎても続いています。それに加えてシャーロッツビルの事件後の対応を巡っては所属政党である共和党からも批判が出てきました。他の問題への対応も含め、トランプは議会の主要幹部までも敵に回しています。穏健化どころか、マトモな人物が政権を離れていき、大統領が孤立を深めているというのが現在の政権を取り巻く状況でしょう。
2年以内にトランプは支持層からも見放される
―そんな状況で、北朝鮮の核・ミサイル問題に対応できるのでしょうか?
シムズ 北朝鮮の核やミサイルに関する問題も、その解決のためには一度は交渉のテーブルに着くことが必要だと思いますが、その交渉に向けた実務を担当する官僚が不在なのです。だから、北朝鮮の挑発に対して武力行使をチラつかせながら遠くから非難することしかできない。そして、そういったトランプ政権が抱える問題を北朝鮮も察知しているから、ここぞとばかりに挑発をエスカレートさせているのでしょう。
─ズバリ、今後のトランプ政権の行方は?
シムズ 先日、共和党所属の元カンザス州議会上院議員とランチをともにしました。彼は「かつて、カンザス州でブラウンバック知事(共和党)が実施した大型減税は完全な失敗だった」と言っていました。この大型減税政策は、共和党員の中でも特に「ティー・パーティ運動」やキリスト教福音派の原理主義者の人たちによる支持を集め実現したものです。
大型減税によって経済が活発になり、結果的に税収が伸びる…という意図で実施されましたが、実際には目論見と逆に税収が落ち込み、教育などの公的サービスに関する予算も不足して大混乱を招いただけでした。昨年の州議会選挙では、この失敗により原理主義派は敗北し、議会は増税に切り替えました。
ティー・パーティ運動やキリスト教福音派の人たちというのは、トランプ大統領の強固な支持層でもあります。そして、先述したようにトランプは自分の支持者たちが抱える経済的問題の解決につながる具体的な政策を何も打ち出せないままでいる。ランチを終える時、その元上院議員と中道派の「カンザス州を救う会」の幹部はこう言いました。
「トランプ政権も、遅くとも2年以内には経済面でなんらかの成果を出さないと、今後、ブラウンバックと同じように支持層からも見放され、衰退していくだけだろう」
私も、彼らの見方は正しいと思っています。
(取材・文/田中茂朗)
●ジェームズ・シムズ 1992年に来日し、20年以上にわたり日本の政治・経済を取材している。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の東京特派員を務めた後、現在はフリーランスのジャーナリストとして『フォーブス』誌への寄稿をはじめ、様々なメディアで活動