「民進党の自滅はいわば『安倍政権へのプレゼント』みたいなモノ」と語る、仏「ル・モンド」紙のフィリップ・メスメール氏

10月22日の投開票まで2週間を切った衆院選。安倍政権が突然の解散総選挙に踏み切って以降、小池都知事の「希望の党」への合流による民進党の分裂、それに伴う「立憲民主党」の立ち上げなど、政局は激変した。

日本で長らく取材を続けているフランス「ル・モンド」紙の記者は、この短期間で起こった様々な出来事には驚きを隠さないが、「全ては根っこの部分で繋がっている」と見ているという。「週プレ外国人記者クラブ」第94回は、「ル・モンド」東京特派員、フィリップ・メスメール氏に話を聞いた――。

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─メスメールさんは、ここ数週間で起こった出来事にどんな印象を持ちましたか?

メスメール あまりに多くのことが短期間に起こったので僕も驚きました。ただし、そこで大事なのはこうした多くのことが全て、根っこの部分では繋がっているという視点で見ることだと思います。そうすると、ひとつひとつの出来事も、ある意味「驚きではない」ことが見えてくる。

例えば、ここ数週間で起きたことは日本の政治家の多くが、いかに自分のことだけを考えて意思決定をし行動しているのか。そしてその結果、日本の政治が多くの有権者の想いから、いかにかけ離れたモノになっているのかという…この国の民主主義の根本的な問題を反映した出来事だと考えれば、ある程度、説明がつきます。

─最初の「驚き」は、安倍政権が臨時国会初日に、それも所信表明演説すら行なわず解散総選挙に踏み切ったことでした。

メスメール 僕はこの安倍首相の判断を「賢い」とは言いたくありませんが、これも彼自身の「個人的」な、あるいは「政治的」な動機という意味で考えれば、解散総選挙に打って出るタイミングとしては「クレバーな判断」だったのでしょう。

安倍首相とすれば、加計や森友の疑惑をこれ以上、国会で追及されたくなかったわけですし、民進党は蓮舫氏の突然の代表辞任とその後の代表選で党内の分断を改めて露呈しただけでなく、山尾志桜里氏の不倫スキャンダルまで抱えていたので、事実上、自民党にとってライバルは不在でした。

また、首相の悲願である「憲法改正」を考えると、ここで再び選挙に勝って衆議院の任期を伸ばせれば、それは改憲に向けて、首相としての任期を伸ばすことにも繋がります。

ただし、そうした個人的な動機ではなく「リアルポリティクス」の視点で考えれば、政府が北朝鮮問題の危機感をあれほど煽(あお)っておきながら、その最中に解散総選挙を行ない、朝鮮半島でいつ「有事」となるかもしれないのに、その時、衆議院が機能できない状況を作るなど、常識的に考えれば「あり得ないこと」です。

それはすなわち、北朝鮮問題の危機感の中身が「空っぽ」だったことを意味します。本当に深刻な危機感を抱えているのであれば、このタイミングでの解散総選挙など行なえるはずはありません。

─その意味では「ライバル不在」の状況を自ら招いた民進党の責任も大きいですよね。

メスメール そう、民進党の自滅はいわば「安倍政権へのプレゼント」みたいなものでしたよね。2012年以降、民進党の内部は前原代表のような「右」と旧社民党系の「左」、その間の「センター」に大きく分裂した状態のまま、党としての明確な方向性を示せていなかった。そのため、自民党に代わりうる対抗軸として有権者に認められる存在になれなかった。

しかも、今回の解散総選挙で安倍首相が突然、教育の無償化を「大義」として主張し始めたように、自民党は伝統的に「産業界・財界ベッタリの保守」ではなく、時に左派政権のような政策を打ち出す、ある種の柔軟さを持っています。「幼児教育の無償化」や「貧しい家庭を対象とした高等教育の無償化」と言えば、基本的に反対する人はいないだろうし、自民党にそれを言われてしまうと、野党だって「反対」とは言いづらい。

もちろん、落ち着いて考えれば、そもそも「誰も基本的には反対しそうもない政策」の是非を問うために解散総選挙をする必要などないのですが…。いずれにせよ、民進党が内部に深刻な分断を抱えたまま行き詰っていたのは確かで、それゆえに党内で「何か新しい展開」が期待されていたのも事実だったのだと思います。

憲法9条改正に向けた動きがさらに進む…

─その「何か新しい展開」が、わずか数週間前には公式に存在すらしなかった希望の党への合流だというのは、さすがに驚きました…。

メスメール 希望の党が誕生したのは突然でしたが、現実にはかなり前からその準備は着々と進められていたのだと思います。あっという間に政局の中心に躍り出たことは確かに驚きですが、それは本当に「小池百合子がクレバーだから」だったのか、それとも単に「彼女がラッキー」だったのか…。僕は個人的に「ラッキーだった」部分も大きいように感じています。

「都民ファーストの会」を立ち上げ都議会選挙でも圧勝した小池氏は確かに勢いと人気がありましたが、そうした人気も現実には東京近辺に限られたもので、国政に打って出るためには「組織」も「お金」も「人材」もない…というのが現実だったはずです。

ところが今回、突然の解散総選挙で「国政進出」が予定より前倒しになり、そこへ内部の混乱を抱えて「何か新しい展開」を求めていた前原氏の民進党が、小池新党の「新しさ」と「人気」に深い考えもなく飛びついたことで、彼女は一瞬にして組織やお金や人材を手に入れることに成功したわけです。

そう考えると、希望の党と前原・民進党の合流はある意味、「ウイン・ウインの関係」だと言うこともできるわけですが、それはもちろん「彼らの個人的、政治的な動機」に照らしてということであって、ここでもやはり、民進党を支持してきた多くの有権者たちの想いからは大きくかけ離れてしまっている。こうした一連の動きは「民進党の実態がいかにメチャクチャであったか」を物語っていると思います。

─フランスでは今年、エマニュエル・マクロン大統領率いる新党「共和国前進」が大旋風を起こし、既存の政党に取って代わる存在となりましたが、小池氏の希望の党はこの先、そのような存在になれるのでしょうか?

メスメール 僕は小池氏の希望の党とマクロン氏の共和国前進は「新党」ということを除けば、全く異質なモノだと思います。第一にマクロンの共和国前進は草の根の市民運動から広がった動きですが、小池氏の希望の党はそうしたボトムアップの流れではありません。また、マクロン氏がほんの数年前まではフランス政治の世界で「全くの無名」だった人物で、彼自身の存在が「若さ」「新鮮さ」の象徴でもあるのに対し、小池氏は長年にわたって日本の複雑な政治の世界を渡り歩いてきた人物であるからです。

政策的に見れば、希望の党は改憲などで安倍政権の考え方にも近い「保守派」ですし、その希望の党に合流を許された民進党候補もそうした政策的な条件を受け入れた。その結果、「改憲」という点に限れば、今回の選挙で自公・与党の議席が減っても、それを公約に掲げる希望の党や維新の会を加えれば、改憲発議に必要な衆議院の3分の2の議席は十分に確保できる…という読みが、安倍首相にはあるのだと思います。

もちろん、今後、枝野氏が立ち上げた立憲民主党がどの程度の影響を与えるのかにもよりますが、現実的に考えれば総選挙後の衆議院で「改憲派」が多数を占める可能性は高く、憲法9条改正に向けた動きがさらに進むことは、おそらく避けられないでしょう。しかし、世論調査などを見る限り、国民の多くが現時点で改憲を強く望んでいるとは思えません。そして、ここでもまた、多くの有権者の想いと「現実の政治」との乖離(かいり)が広がっていくのでしょう。

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)

●フィリップ・メスメール1972年生まれ、フランス・パリ出身。2002年に来日し、夕刊紙「ル・モンド」や雑誌「レクスプレス」の東京特派員として活動している