『週刊プレイボーイ』本誌で「モーリー・ロバートソンの挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、核戦争から世界を救った男のエピソードから、北朝鮮の核・ミサイル開発問題に言及する。
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かつて"世界を救った男"が今年5月、ロシアの首都モスクワ郊外の自宅で、77年の生涯に幕を閉じていたことが判明しました。
彼の名はスタニスラフ・ペトロフ。米ソ冷戦下の1983年、旧ソ連の戦略ロケット軍の中佐を務めていた彼の任務は、敵からの核攻撃を人工衛星で監視すること――つまり、アメリカやNATO(北大西洋条約機構)諸国から核弾頭搭載ミサイルが発射された場合、それを上官に報告するという立場にありました。
「事件」は83年9月26日深夜に起こります。旧ソ連軍のレーダーは、自国に向け計5発のミサイルが飛んでいることを察知。しかし、ペトロフは衛星監視システムの誤作動の可能性が高いとして、軍トップへの報告をしなかったのです。彼は後に、その理由をこのように語りました。
「本来なら(ソ連の核ミサイルをすべて潰すために)何百発もの同時攻撃となるはずであり、たった5発だけ撃ち込んでくることはありえない」
もしアメリカの核ミサイルが自国に向かってくるなら、旧ソ連はMAD(相互確証破壊)戦略に基づき、アメリカへ即時、核攻撃を行なうことが決まっていました――つまり、彼が上官に「5発のミサイル」について報告した場合、核戦争に突入した可能性が極めて高かった。彼は"直感"で世界を救ったのです。
このエピソードについて、ソ連側は後に「核使用の決断をひとつの情報源やシステムに依存することはありえない」と反論していますが、83年のコンピューター誤作動の理由は、雲に反射した日光をミサイルだと誤認したからでした。さらに冷戦後の95年にも、ロシアはノルウェーのオーロラ調査用気象ロケットをミサイルと誤認し、当時のエリツィン大統領が核ミサイル発射を準備したという事例があります。旧ソ連及びロシアは、この程度の捕捉能力で核ミサイルを運用していたのです。
北朝鮮に慎重かつ確実な核兵器マネージメントを望めるか?
ただし、誤作動や偽警報による"核戦争危機"は旧ソ連側だけではなく、アメリカ側でも過去に複数回報告されています。また、アメリカ国内では核兵器の管理をめぐる事故も多数発生しており、ペンタゴンの公式発表だけでも「深刻な核兵器事故」は32回あったとされています。
超大国でさえ、これなのです。核ミサイル開発を急ぐ今の北朝鮮に、当時の米ソ以上の慎重かつ確実な核兵器マネージメントを望むことができるでしょうか?
もう時計の針は戻せません。対話によって核・ミサイル開発を止めることも不可能といっていいでしょう。現在、国際社会が取りうる唯一の実効的手段として、弾道ミサイルの液体燃料「非対称ジメチルヒドラジン(UDMH)」の輸入を制裁により止めるというシナリオが注目されていますが、これもすでに北朝鮮がUDMHを自主生産できる状態であれば、なんの意味もありません。
まともな衛星監視システムさえ持たない北朝鮮は「敵の核攻撃」を正確に察知するすべを持ちません。暗闇の中で、どこから飛んでくるかわからない"鉄槌(てっつい)"に怯える裸の王様が、思い込みでミサイルの発射ボタンに手をかける可能性は否定できないでしょう。「冷静に考えて、金正恩(キム・ジョンウン)が核ミサイルを撃つわけがない」という見立ては、あまりに楽観的な"合理主義者のお花畑論"なのです。
●Morley Robertson(モーリー・ロバートソン) 1963年生まれ、米ニューヨーク出身。国際ジャーナリストとしてテレビ・ラジオの多くの報道番組や情報番組、インターネットメディアなどに出演するほか、ミュージシャン・DJとしてもイベント出演多数。レギュラーは『ニュースザップ』(BSスカパー!)、『Morley Robertson Show』(block.fm)など