衆院選で大勝した自民党政権も、離合集散を繰り返した野党も、誰も「日本の現実」を見ようとしていない――。
各メディアで注目度急上昇中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソン氏は、新刊『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社刊)でそう主張する。
では、その「日本の現実」とは一体なんなのか? 日本のジャーナリズムが客観性を失った今、衆院選を総括すべきは政治家よりもメディアだ!とブチ上げた前編記事に続き、モーリー氏が総括する。
* * *
―自民党政権のやっていることは、日本を"延命治療"しているだけ。なぜそう思われるんでしょうか?
モーリー 例えば教育無償化にしても、消費増税分を社会保障に振り分けることにしても、もちろんやらないよりやったほうがいいと思うんですよ。それは間違いないし、あまり議論の余地もないでしょう。でも、皆さん本当に教育を無償化したら出生率が劇的に上がると思っているんですか? 増税分を社会保障に振り分けたら、今後は医療も介護も問題なく十分に行き渡ると思っているんですか?
本当にそう思っているのならまだいいんですけど、僕にはみんなが現実を見ないようにしているとしか思えない。日本にはガチンコの議論がない、と僕がずっと言い続けているのは、そういうことです。「どう考えても、もう移民しかないでしょう」とか、「高校の授業料を無償化するのはいいけど、その同じ金額で、インドやベトナムではPh.D.(学位取得者)がふたり生まれるんですよ。この競争力の差をどうするんですか」とか、そういう議論を吹っ掛ける論客や政治勢力がいないとおかしいと思うんです。
―来年にも改憲案が国会に発議される見通しですが、憲法改正についてはどうですか?
モーリー 9条に自衛隊の存在を明記するだけ...って、要するに現状追認ですよね。この改憲案に対してすら、「日本が戦前に戻る」などという人の考えは僕には全く理解できません。自衛隊が軍隊かどうかという、海外から見たらわけのわからない議論すらアンタッチャブル。「誰も手を付けられなかった憲法に手を付けました」という以上のことは何もない、極めて小さな池の中の話です。
ただ、はっきり言えることは、「平和憲法が日本を守っている」というのは完全に幻想ですよ。東西冷戦時代はアメリカに依存することで安全保障が成り立っていたんだけど、それはまるで台風の目みたいなところにたまたま日本がいたというだけの話。そこに護憲というシールを張りつけて、「これが日本を守ってきた」「これが日本を戦争から遠ざけてきた」というのはまやかしにすぎません。
こういうことを言うと、右派の人たちから「よく言った!」とやけに持ち上げられるんですが...そうではなくて、僕は考え方の手順を主張しているだけなんです。まずはあらゆるカードをテーブルの上に持ち出して、少なくとも吟味しましょう、検討しましょう、冷静に話し合いましょう、と。
このままいくと新しいポピュリズムが生まれるかもしれない
―新刊でも、様々なテーマに関して「ガチンコな話し合いのヒント」が提示されていますが、そうした議論が日本でなかなか起きないのはなぜでしょう?
モーリー 結局、みんながドリーマーになっているんだと思います。「今日と同じ明日が少しでも長く続いてほしい」というドリーマー。"1億総シルバー化"というレッテルはちょっと乱暴かもしれませんが、多くの人が変化を望まないから「日本を活性化して、思わぬところにチャンスがもたらされるような社会をつくる」という風潮が生まれない。その理由は失われた20年であったり、人口構成の変化であったり、コンプライアンス意識の高まりであったり、いろいろだと思います。
もしかすると、いろんな意味で勢いのあった戦後の企業経営者たちが引退して、2世やサラリーマンの社長が主流になったこともあるかもしれません。いずれにしても、エンジンが止まった社会という感じがします。
ただ、今、40代、50代以上の人たちはこのままドリーマーとして生きていくかもしれませんが、若い人たちはそうはいかないと思うんです。これは僕の直観でしかありませんが、このままいくと、そのうち若い人たちや、年をとっても冒険心を持っているような人たちを焚き付ける新しいポピュリズムが生まれるかもしれない。「みんなごまかしばかりだ、俺だけは本当のことを言ってやる」というような。
今、自民党の小泉進次郎さんが、党内野党的な立ち位置で「本当のことを言っちゃう」ことで人気を得ていますよね。ただ、彼はまだ優しすぎる。もっとビシバシでマッチョな"優しくない小泉進次郎"が現れたら、それが次なるポピュリズムの方向性かもしれません。その裏では老獪な政治家が、政界再編を見据えて糸を引いている...。想像に難くないですね。
―その前に、日本社会がやるべきことはなんでしょう?
モーリー まずは「外を見る」ということですよね。日本の憲法議論がいかに「コップの中の嵐」なのか知るべきだし、安全保障の議論は国際情勢を理解しないと始まらないし、経済格差の問題にしても、今やグローバル経済に組み込まれた中で起きていることです。各国でポピュリズムがなぜ力を持つのか、テロがなぜ起きるのか、アジアの地政学はどうなっているのか...。知るべきことは山ほどあります。
そして、それらのことを知った上で、本当に社会を前に進めるつもりでガチンコのディベートをすること。現状維持を望むドリーマーが得意な「足して2で割る」ような話し合いとは違います。もはや全員のコンセンサスを取ることはできない、という冷徹な事実を見据えつつ、それでも何かが前に進むようなダイナミズムのあるディベートを行なう力と覚悟を持つことでしょう。
これが、誰もが夢のようなことを言った結果、結局は現状維持に終わった今回の選挙の総括といえるかもしれません。
■『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社 1400円+税) なぜ日本社会はポピュリズムに揺さぶられてしまうのか? TVも新聞も提供できていない「ガチンコの議論」とは? 右からでも左からでもなく、ニュースを「立体視」する知性を提供するモーリー氏の新刊が好評発売中!