日産自動車や神戸製鋼所など、日本を代表する製造業大手の不祥事が相次いでいる。
長らく世界から信頼を得てきた「メイド・イン・ジャパン」ブランドは失墜してしまうのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第97回は、フランス「ル・モンド」紙の東京特派員、フィリップ・メスメール氏に話を聞いた――。
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─日産が出荷前の最終検査を「無資格」の従業員に行なわせていた問題に続き、大手鉄鋼メーカーの神戸製鋼が銅やアルミなどで検査データを改ざんし、強度基準を満たさない製品を出荷していたことが明らかになるなど、このところ日本を代表する大手企業の不祥事が続いています。
メスメール 私もこの状況に大変驚いています。高い品質と信頼は日本の製造業の代名詞でしたし、よりによって日産や神戸製鋼といった日本の製造業を代表するような大企業のCEOが「品質」の問題でこうした謝罪を強いられる状況は正直、想像もしていませんでした。
興味深いのは、こうした一連のスキャンダルが製品の品質そのものに起因する問題や事故を通じて表面化したのではなく、日産や神戸製鋼の「自主的な発表」によって明らかになったことです。その点、アメリカで起きたエアバッグに関連する死亡事故がきっかけとなって問題が広がり、最終的に企業側が責任を認めて謝罪せざるを得なくなったタカタや、やはりアメリカで「プリウス」の急加速問題が指摘され、大量リコールなどの対応に追われたトヨタなどのケースとは異なっている。
その背景には、外部から問題が表面化する前に、敢えて自主的に発表したほうが結果的に「傷」を小さくできるという考えがあったのかもしれません。
こうした一連のスキャンダルが、これまで築いてきた日本の製造業に対するイメージや信頼を大きく損なうことになるのか…というと、当然、一定のダメージはあるでしょうが、それほど深刻ではないかもしれません。ドイツでも数年前にフォルクスワーゲンによる大規模な「排ガス規制改ざん」問題が発覚し、結果的にフォルクスワーゲンは大きな損失に直面しましたが、それで「ドイツの製造業そのもの」への信頼が失墜したかといえば、そうとは思えません。
もちろん、従来の「日本の製造業」に対するイメージを考えれば、ショッキングな事件ですし、「もしかしたら他の企業も…」という見方がある程度広がることは避けられないと思いますが。
─難しいのは、当事者である日産も神戸製鋼も一連の不正が、誰によって、何のために、そして「いつ頃」から行なわれていたのか、未だに把握できていない点です。それでは不正を生んだ原因も含めて、問題の全体像が全く見えてこない。
メスメール その通りですね。こうした不正が始まったのが10年前なのか、20年前なのか、あるいはもっと以前からなのか…ということすらわからないのでは、問題の背景や責任の所在も明らかになりようがない。ただ、それは裏を返せば、一連の不祥事はこれらの企業の組織的なマネージメントの問題、特に「企業内部のコミュニケーションの欠如」という共通の原因に起因するものだということを示していると言えるかもしれません。
私が日産や神戸製鋼の問題に関して、ある意味「とても日本的だな」と感じるのは、これらのスキャンダルが、例えば企業内部の特定の人物が自分のポケットに大金を入れようという個人的な利益のために起きたのではなく、むしろ企業全体の利益や組織内の各部署の立場を守ろうとして起きたように見えることです。
ボスを怒らせたくないとか、目標を達成したことにしないと部署全体に迷惑がかかるとか、過去の不正や問題が今さら明らかになるとあの人の立場が悪くなるとか、そういう意識が結果的に不正を生んだり、その不正の存在を組織内で見えづらくしたりしてしまう。
それに加えて、工場など製造の現場と経営陣、あるいは経営陣内部のコミュニケーションが十分に機能していないから、問題が企業内で共有されず、それに対する具体的な措置も講じられないまま、問題が放置されてしまうという構造があるのではないか。
逆に、日本の製造業の「品質の高さ」を証明した?
─もうひとつの疑問は、製品の品質に起因する「具体的な問題」が起きていないのに、なぜ「今」これらの不正が明らかになったのかという点です。当局に対する「内部告発」がきっかけだったという見方もあるようですが。
メスメール これも、先ほど触れた「企業内部のコミュニケーション」に関する問題だと思います。最近はコーポレートガバナンスやコンプライアンス重視の流れから、日本でも多くの大企業が独自に「内部告発」の制度を設けていて、社内に「内部告発」を専門に処理する部署を設けている企業も少なくないと思います。ただし、企業内部の問題をいち早く把握し、対処するために作られた「内部告発」の制度が、本来の形できちんと機能していないケースもあるのかもしれません。
内部告発の制度が正しく機能するためには「告発者」の立場が組織内できちんと保護され、問題を指摘したことによって彼らが社内で不利益を被らないことを保証することが欠かせません。表面的に「内部告発」の仕組みを整えても、それが本来の形で機能しなければ、結局、問題は社内で共有されないし、こうした制度を作る意味もありませんからね。
─日産も神戸製鋼も共に品質管理という重要な部分で「企業ぐるみ」の、それも大規模で長期にわたる不正が明らかになったわけですが、ある意味、非常に皮肉なのは、先ほどメスメールさんも指摘したように今のところは製品そのものの「品質」に関連する事故や安全性に関わる問題はほとんど指摘されていないという点です。
メスメール 長年にわたって検査や品質管理に不正や問題があったことは明るみになったけれど、品質に起因する問題は起きていないというのは、逆にある意味、日本の製造業の「品質の高さ」を証明していると言えないこともありません(笑)。ただ、実際に問題になっているのは基本的に企業の順法意識、「コンプライアンス」に関する姿勢なのだと思います。
神戸製鋼のケースでは、問題のあった製品を使っていた顧客は原発関連やロケット、航空機、新幹線など多岐に渡りますし、これらの企業は一連の問題発覚を受けて安全性の確認に大きな労力を割くことを強いられています。そうした影響は日本国内に留まらず、既にアメリカのボーイングやヨーロッパの航空当局も神戸製鋼の製品を使わない方針を明らかにしている。
このように、仮に製品の品質そのものに深刻な問題がなかったとしても、不正発覚による損失の大きさはそれをはるかに上回る規模になる可能性が高いでしょう。せっかく、高い品質の製品を作る能力があるのですから、これは非常にもったいないことだと思います。
─こうした一連の「製造業スキャンダル」に対する、政府や行政の対応をどのように見ていますか?
メスメール 政府の反応は驚くほど緩いというのが、個人的な印象です。問題を起こした企業への対応もそうですが、本来ならこうした機会に製造業の品質管理について大規模な調査を行ない、日本製品の信頼性を取り戻すきっかけにすべきだと思います。今のところ政府や当局の反応は「騒ぎが広がるのを最小限に留めて、後は時間が解決してくれるのを待とう…」という姿勢のようにも見えます。
ただし、そうした政府の「戦略的」な対応は日本に限ったことではありません。例えばフランスで数年前に起きた「食肉偽装スキャンダル」では、政府が食品業界全体への強い働きかけを行ないましたが、フランスが「国策」として推進する「原子力産業」で起きた問題に対しては、政府の反応が鈍かったり、緩かったりもしますから。
(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)
●フィリップ・メスメール 1972年生まれ、フランス・パリ出身。2002年に来日し、夕刊紙「ル・モンド」や雑誌「レクスプレス」の東京特派員として活動している