1969年、米軍機が北朝鮮に撃墜され31名が犠牲になったが、当時のニクソン政権は報復措置を取らなかったと語る、ジェームズ・シムズ氏 1969年、米軍機が北朝鮮に撃墜され31名が犠牲になったが、当時のニクソン政権は報復措置を取らなかったと語る、ジェームズ・シムズ氏

米国のトランプ大統領は日本、韓国、中国で首脳会談を行ない、ベトナムでAPEC(アジア太平洋経済協力会議)、フィリピンでASEAN(東南アジア諸国連合)の首脳会議にも出席し、アジア歴訪を終えた。

北朝鮮問題に関しては大きな進展がなかったようにも見えるが、アメリカ人ジャーナリストはどう見ているのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第98回は、米『フォーブス』誌ジャーナリスト、ジェームズ・シムズ氏に話を聞いた――。

***

―日・中・韓での各首脳会談では北朝鮮への対応も話し合われましたが、シムズさんはどう見ていますか?

シムズ 先日、1969年に起きた北朝鮮による米海軍の早期警戒機(EC-121)撃墜事件について、米国のニクソン図書館と国立公文書館に保存されている資料を調べました。当時、米国はリチャード・ニクソン大統領の時代で、この事件では31名の乗員全員が死亡しましたが、現在の状況を考える上で非常に示唆(しさ)に富んだ内容でした。

この文書には、当時の米政権内で交わされた議論が克明に記録されています。自国の軍用機が撃墜されたわけですから当然、報復を「するか・しないか」の議論が交わされました。事件後には現在の北朝鮮に対する軍事的圧力と同じように、日本の佐世保港から米海軍の駆逐艦「ヘンリー・W・タッカー」とミサイル巡洋艦「デイル」が北朝鮮周辺の海域へ向かい、空軍と合わせて最大26機の軍用機も投入されています。

しかし、最終的に米国は北朝鮮に対し、軍事的報復は行なわなかった。その決定に至る過程でカギを握ったのは、主に当時のニクソン大統領、ヘンリー・キッシンジャー国家安全保障問題担当補佐官と国防総省との間で交わされた議論です。

当時、北朝鮮への報復として「限定的軍事攻撃」という案が浮かび上がってきていた。これに対し、特にキッシンジャーが否定的な考えを示しましたが、その後やはり、攻撃をしないか、あるいは大胆な攻撃をし報復できないようにするかという二択の教訓を得たようです。

限定的軍事攻撃というのは、ありえない。それで済むわけがない。限定的な攻撃であっても、それを行なえば全面戦争に発展する可能性は十分に高い。つまり、ニクソンとキッシンジャーは、やるならば全面戦争しかないと考えたようです。そして、当時のニクソン政権は報復を断念した。

―1969年といえば、米国はベトナム戦争のドロ沼にドップリと腰まで浸かっていました。財政的にもいわゆる“双子の赤字”に苦しんでいたし、当時は冷戦時代ですから、北朝鮮と軍事衝突になればソ連が介入してくることも懸念されたはずです。米国にしてみれば、現在のほうが“戦争しやすい”状況なのでは?

シムズ いや、ここ最近の米国もアフガニスタン、イラクでの戦争が続いて、国民は血を流すことにウンザリしています。今年9月にギャラップ社が行なった米国内の世論調査では58%の人が北朝鮮に対して「軍事行動もやむなし」と回答していますが、それには「平和的解決が不可能となった場合には」という条件がついています。

財政的にも、トランプ政権になって以降も「政府債務上限問題」が再浮上するなど苦しい状況が続いています。69年当時よりも現在のほうが“戦争しやすい”とは言えないでしょう。

韓国は北朝鮮問題に真剣に向き合っているか?

―軍事行動が選択肢にないとなれば、外交的圧力を強めるほかはありません。そのためには日本と韓国との連携が不可欠なはずですが…。

シムズ 残念なことに、今回のトランプ大統領のアジア歴訪では、日本と韓国の足並みの乱れが浮かび上がる結果になりましたね。特に晩餐会における韓国の演出は、まるでトランプ大統領がやりそうな、あまり趣味のよくないものだったと思います。竹島(韓国名:独島)産のエビが出されたり、元従軍慰安婦の女性を招いたり…「今、そんなことをしている場合か?」というのが率直な感想でした。

韓国は北朝鮮の問題に対して真剣に向き合っていないのではないか、とも感じました。日本と韓国の間にある竹島/独島の領土問題は北朝鮮の問題とは関係のないこと。従軍慰安婦の問題に関しては2015年12月に安倍首相と当時の朴槿恵大統領の間で「最終的かつ不可逆」な解決が合意されています。一体、あの両国首脳による合意はなんだったのでしょうか。

―日本もトランプ大統領と拉致被害者家族との面会をセッティングしています。

シムズ 北朝鮮による日本人拉致の問題も、核・ミサイル問題とは直接の関係はありませんが、訪日直前の9月19日にトランプ大統領は、国連での一般討論演説で横田めぐみさんの名前まで挙げてこの問題に言及しています。韓国が晩餐会の席に元従軍慰安婦の女性を招いたこととは意味合いが違うし、トランプ大統領の訪日中のスケジュールとして組み込んだことは、それほど不自然なものではなかったと思います。

安倍首相としては、この拉致被害問題に小泉政権時代から積極的に取り組んできたことで国民の支持を得てきた背景もあるので、自身のアピールポイントとしても実現したかったはずです。

―今回のアジア歴訪中に、米国内では「ロシア・スキャンダル」で新たな展開が報じられ、また「パラダイス文書」という問題も新たに浮上してきました。相変わらずトランプ政権の基盤は脆弱なままです。自身の政権を脅かす国内の問題から世間の目を逸らすためにトランプ大統領が北朝鮮に対して軍事行動に出るという可能性はありませんか?

シムズ 確かに、トランプ大統領の訪日中に米国のウィルバー・ロス商務長官がロシア側から巨額の利益を得ていたという報道がありました。しかし、米国での商務長官のポストは重要なものではありません。そして米国内のトランプ支持者たちは、どんな報道があっても「それはフェイク・ニュースだ」と断じ、信じようとしない傾向が顕著です。トランプ政権にとって致命的なダメージにつながる可能性は低いでしょう。

一方で、こういったトランプ支持者たちの支持をより強固なものにするために、日本・韓国・中国で「貿易不均衡の是正」や「武器輸出」といったテーマを積極的に持ち出し、巧みにアピールを行ないました。私がこのコラムで何度も強調している通り、トランプ支持者たちが切実な問題と考えているのは経済面、自分たちの収入がどうなるかということです。

また「自分の政権基盤を揺るがしかねない諸問題から追及の目を逸らす」ということでいえば、これまでのトランプ大統領の常套手段は思想や信条、主義主張に関わる、社会を二分するような問題を持ち出すことです。米国では「Cultural Wars」といわれていますが、8月にバージニア州シャーロッツビルで白人至上主義者たちが起こした事件を巡る対応などが典型です。

つまり、目を逸らすための手段として軍事攻撃のような大がかりな行動に出る可能性は、トランプ大統領のこれまでの処世術を分析すれば低いと言えます。ただし、大統領の言動が緊張を高めて偶発的な衝突が戦争に発展することはあり得ます。

日本を「サムライの国」と称した背後には…

―結局、今回のトランプ大統領のアジア歴訪で、北朝鮮問題に関して具体的な進展はあったのでしょうか。

シムズ なかったとは言えないでしょう。具体的には「交渉」という言葉のニュアンスが微妙に変化してきたと思います。日米首脳会談では、北朝鮮に対して「圧力を最大限まで高める」という談話を発表しています。これは一見、従来からの対応を上書きしただけのようにも受け取れますが、圧力を最大限まで高めた先に「北朝鮮が政策を転換するので、交渉を求めてきた時にはそれに応じる」という文脈が盛り込まれています。

ただし、北朝鮮に一番影響力を持っている中国はこれに歩調を合わせていない。トランプ大統領が訪日前のインタビューで「サムライの国である日本が事態の収拾に動くだろう」と、日本による軍事的攻撃を期待するような発言をしましたが、こういった内容のメッセージを、例えば中国に対して非公式の場で発信すれば有効に働いた可能性がある。

日本を「サムライの国」と称した背後には、日本の核武装化という可能性が秘められています。中国がそれを歓迎するはずはないので、北朝鮮問題に対してより積極的な働きかけを導き出せた可能性があったかもしれません。

米国は1980年代からのイランの核開発に対しても当初は現在の北朝鮮への対応と同様に圧力を強めましたが、中東情勢の変化もあり、最終的にはイランを米国の味方にしようという思惑のもと、条件付きでイランの核保有を容認しました。

このケースと同様に、現在の北朝鮮問題もICBMの完成までいく可能性は低くないと思います。いずれにしても、米国が北朝鮮に対して軍事行動に出る可能性は低いでしょう。

(取材・文/田中茂朗)

●ジェームズ・シムズ 1992年に来日し、20年以上にわたり日本の政治・経済を取材している。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の東京特派員を務めた後、現在はフリーランスのジャーナリストとして『フォーブス』誌への寄稿をはじめ、様々なメディアで活動