12月6日、国際社会に大きな衝撃が走った――。
トランプ米大統領がホワイトハウスで演説し、アメリカが公式にエルサレムをイスラエルの首都と認め、国務省に対し現在テルアビブにある大使館の移転手続きを始めるよう指示したと明らかにしたのだ。
この突然の宣言を各国首脳は厳しく批判。中東情勢の不安定化を危惧する声が次々に上がっている。今後、この問題は世界にどんな影響をもたらすのか…? 中東研究のエキスパート、同志社大学大学院の内藤正典教授が徹底解説する!
―トランプ大統領による今回の発表をどう見ていますか? また、多くの批判が噴出することがわかっていながら、なぜアメリカはこのタイミングでエルサレムをイスラエルの首都に認定したのでしょう。
内藤 トランプ自身は大統領選のときから公約のひとつとして「エルサレムをイスラエルの首都に認定する」としていましたから、そのこと自体に大きな驚きはありません。おそらく、目立った成果を上げられず、従来の外交政策を次々にひっくり返すなどして内外からの批判も多いなか、何か大きな動きを見せることで一部の支持層にアピールしたかったのでしょう。
ただし、世界史を少しでも勉強された方ならご存じでしょうが、エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教のすべてにとって「聖地」であり、その帰属をめぐって十字軍の時代から、1000年以上にわたって争いが繰り広げられ、多くの血が流れた。中東問題を語る上で最もデリケートな場所です。
アメリカという大国が、そのエルサレムを一方的に「イスラエルの首都」と認めることは、ただでさえ停滞しているパレスチナ問題の解決に致命的な影響を与えるだけでなく、ISのようなイスラム過激派によるテロにつながる可能性が極めて高いのです。そのリスクの大きさを考えれば、トランプの今回の決定に世界各国が懸念を抱いているのは当然のことだと思います。
―パレスチナをはじめ、中東のアラブ諸国はこの決定に強い怒りと反発を示しています。そして、これが「第5次中東戦争」に発展する可能性も指摘されていますが…?
内藤 それは全くの見当違いですね。もちろん、アラブ諸国は表面上はアメリカとイスラエルを強く非難しています。しかし、現実にはイスラエルとパレスチナに近接するヨルダンやカタール、バーレーン、UAE、エジプト、サウジアラビアといった中東の国々には米軍基地があり、彼らは事実上アメリカの保護下にあるといっていい。
そうしたアラブ諸国が「強い抗議」を示しても、それは一種の「アリバイづくり」でしかなく、現実にはそれ以上のことはできないのです。
それをトランプの娘婿でユダヤ教徒のジャレッド・クシュナー大統領上級顧問などはよくわかっているはずですし、何しろ第4次中東戦争(1973年)以降、アラブ諸国はパレスチナのために連帯もしていなければ、戦ってもいないのです。
過激派の怒りの矛先はアラブ諸国にも
■過激派の怒りの矛先はアラブ諸国にも
―つまり、アラブ諸国が「戦争」という手段に出ることはありえない…と。
内藤 ただし、トランプの愚かな決断が「イスラム教徒」という国単位ではない、より広い枠組みの中で強い怒りと反発を生むことは間違いありません。特にISのようなイスラム過激派にとってはテロを起こすための格好の口実となるはずです。今年、ISはシリア、イラクといった拠点を失いましたが、それで彼らは壊滅したわけではありません。むしろ世界中に拡散して、次のテロを引き起こすことも考えられます。
イスラム過激派はジハード(聖戦)を訴え、それに呼応する人も出てくるでしょう。そのジハード主義者たちは、アメリカやイスラエルに対する怒りだけでなく、そのアメリカに飼い慣らされ堕落したアラブ諸国への失望や怒りまでも、新たな“栄養源”にして活性化する可能性もあります。さらにその敵意はアラブ世界だけではなく、ムスリムのほかの国にまで向けられるかもしれない。
ヨルダンのアブドラ国王が「過激派に燃料を与えるようなものだ」と言うのも当然で、ほかならぬイスラエルのメディアにすら「よけいな攻撃のリスクが高まる」と、トランプ発言を歓迎しない論調があるのです。
―この先、今回のトランプ宣言による影響はどんな形で表面化していくのでしょう? また、日本がテロの脅威にさらされる可能性はあるのでしょうか?
内藤 イギリス、フランス、ドイツだけでなく、国連とEUも事態の悪化を恐れて一様にアメリカの決断を非難していますが、それでアメリカが簡単に方針を覆すとは思えません。
また、イスラエルのネタニヤフ首相は今後、アメリカの「お墨付き」を得たととらえ、パレスチナ自治区をめぐる問題を無視して、これまで以上に強硬な姿勢をとってくるかもしれません。
その結果、世界各地でテロが起きたら、それを理由に罪のないイスラム教徒への理不尽な差別や排斥がもっと広がるでしょう。それがさらなる対立と憎しみを生み、テロの温床になるという悪循環が世界中で加速することを最も危惧しています。
日本政府はトランプ大統領への批判こそ避けているものの、「エルサレムの帰属問題についてはイスラエルとパレスチナの2国間で解決すべきこと」(菅官房長官)という従来の姿勢を変えていないので、この一件がすぐさま国内のテロに直結するようなことはないでしょう。
ただし、日頃からトランプとの親密さをアピールしたがる安倍首相が、「大統領の判断にも一定の理解……」などと口にすれば当然、話は別です。その瞬間に、日本はすべてのイスラム教徒の怒りを買うことになる。自ら進んでテロの標的になりにいくようなことは絶対に避けなければなりません。
(取材・文/川喜田 研)
●内藤正典(ないとう・まさのり) 1956年生まれ。同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。近著に『となりのイスラム』(ミシマ社)、『イスラームとの講和』(集英社新書/共著)など多数