朝鮮戦争を機に生まれた韓国における「リベラル」と「保守」の対立の歴史を解説する国際法学者の金惠京氏(撮影/細野晋司)

「最終的かつ不可逆的」だったはずの慰安婦問題に関する日韓合意を見直す一方で、核・ミサイル開発で世界に脅威を与える北朝鮮に対しては融和姿勢を示す韓国に「?」と感じている人は少なくないだろう。

そこで「週プレ外国人記者クラブ」第106回は、「韓国におけるリベラル/保守」の対立軸、その歴史を通して現在の文在寅(ムン・ジェイン)政権を読み解いてみたい。ソウル出身の国際法学者で、様々なメディアで活躍する金惠京(キム・ヘギョン)氏に聞いた――。

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―今回は「韓国におけるリベラル/保守」についてご解説いただければと思います。とはいえ、保守とリベラルそれぞれの主義主張は国ごとに微妙に違うのが現実。まずは韓国の歴史からそれぞれの陣営の成立過程を教えてください。

 第2次世界大戦の終結後、つまり日本による植民地支配から解放された直後の韓国では「新たな国づくり」に向けて右から左まで多様な政治思想が入り乱れ、群雄割拠といった状況がありました。

例えば、後に軍事クーデターによって政権を奪取することになる朴正煕(パク・チョンヒ)は韓国の政治史において保守派の代表格ですが、第2次世界大戦終結直後には一時期、共産党に所属していたこともあります。逆に、朴正煕のライバルとして知られるリベラル派の金大中(キム・デジュン)は右派の政治グループに所属していました。この時期は韓国という国家、そして国民ひとりひとりが政治的アイデンティティを確立しようともがいていた期間だったのでしょう。

そして、1950年に勃発した朝鮮戦争を経て、朝鮮半島は北緯38度の停戦ラインを挟んで韓国と北朝鮮に分断されたわけですが、この民族的悲劇は韓国で「リベラル」が誕生するきっかけともなりました。

韓国のリベラルとはどういうものかというと、主に以下の3つの性格を持つものと捉(とら)えることができます。

①分断を生んだ米国に対する批判 ②民主主義重視 ③社会主義とは距離を置く

米国に対して批判的な感情を持ちながらも、冷戦構造の中で社会主義とは距離を置くというスタンスは韓国の持つ特異な事情を表しています。それは建国後、法律の根幹をなす刑法や民法よりも先に反共のための治安立法である「国家保安法」が作られたという歴史的事実からもわかります。

その後、軍事クーデターによって朴正煕が権力を掌握し、1963年には大統領に就任します。朴正煕政権は「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を実現した反面、「軍事独裁」あるいは「開発独裁」という性格が強く、韓国国民の声は政治の中枢に全く届きませんでした。

朴大統領は政治経済共に自らの意思にそぐわないものは切り捨て、効率を第一に突き詰めていきました。一方、リベラル派は先ほど挙げた「民主主義重視」の姿勢を取ったことで、1960年代に韓国における保守とリベラルの対立枠組みは確立したのです。

─朴正煕元大統領は右派・保守派であったと同時に親米・親日路線の政治家でもありました。このあたりも、今の常識からするとわかりづらいかもしれませんね。今の日本で、特にネット右翼と呼ばれる人たちは嫌韓・反中の姿勢を明確にしていますが、冷戦時代の日本の右翼は反共の立場から親韓国・反北朝鮮でした。

 そうですね。韓国が根っからの反日で、歴史問題に激しく言及し続けてきたならば、歴史的経緯を重視する保守派が現在の慰安婦問題の旗振り役を担っているはずです。しかし、朴正煕元大統領は国民の反対を独裁的な手法で押し切って1965年に日韓基本条約を結ぶなど、日本との関係を重視しました。そうした手法は当時の日本の保守派とも相通じるものがあり、両者の関係は良好でした。

「民主主義の国であるならば、自分たちの声を形にしなければ」

-そうした日韓関係を作ってきた朴正煕元大統領は1979年に暗殺されますが、これは軍内部、保守派政権内の権力闘争によるもので、その後も保守派による支配が続いたのですよね。

 朴正煕元大統領の独裁後も軍事政権下に置かれたことで、韓国国民は自分たちの声が政治に反映されない状況に不満を募らせていきました。1987年にはその思いが頂点に達し、各都市を埋め尽くすデモの声に導かれて、韓国は大統領直接選挙を柱とした民主化を達成します。

しかし、直後の大統領選においてリベラル派は長年、民主化運動を主導してきた金大中と金泳三(キム・ヨンサム)の間で候補を一本化できず、票が分散したことで元軍人の盧泰愚(ノ・テウ)大統領が誕生するという遠回りも経験しました。

その選挙から10年を経て金大中はようやく大統領に就任するのですが、彼にとって不運だったのは、大統領就任の前年に起きたアジア通貨危機によって韓国の経済がドン底の状況だったことです。本来、リベラル派の彼は社会保障や労働者保護といった面に注力したかったと思いますが、財政状況改善のため市場経済を重視する政策を取らなければならず、格差問題の端緒を開いたのは皮肉なところです。

─そうした格差の問題は、現在の韓国の若者を直撃しているようですね。朴槿恵(パク・クネ)前大統領を罷免にまで追い込んだ「ろうそくデモ」についての報道でもよく耳にしました。

 韓国の若者の多くは厳しい競争社会を生きながら、満足な生活を送れずにいます。一方で、朴前大統領の周辺の人々が権力を私物化していたことが明らかとなると、その不公正さに対する怒りは一気に政権を飲み込みました。大統領の友人が政治に介入するといった道義性の無さは、彼女の父親である朴正煕元大統領の独裁的な手法を思い出させ、「民主主義の国であるならば、自分たちの声を形にしなければ」というリベラル派の長年の思いが、政権交代の流れを作ったとも言えます。

─現在の文在寅大統領はリベラル派ですよね?

 金大中、盧武鉉(ノ・ムヒョン)に続く、まさに韓国のリベラル派の本流にいる人物です。実は、韓国では保守とリベラルの対立軸とは別に地域間の対立も政治を動かす大きな力として存在しています。

文在寅大統領が生まれたのは韓国南東部の慶尚道です。この慶尚道は保守系大統領の強固な支持基盤としても知られています。一方、金大中元大統領を輩出した南西部の全羅道はリベラル派が圧倒的に強い地域であり、韓国における保守とリベラルの対立は地域間の対立といった面もあるのです。

以前、文在寅大統領は保守派が強い慶尚道の出身のため、大統領選の際にどれだけ全羅道で得票できるかが注目されていました。なぜなら、全羅道はリベラル派の強い地域ですが、地元出身ではない候補者に対して冷淡という傾向も強く見られたからです。

しかし、文在寅大統領は2012年と2017年の選挙では全羅道で圧勝しました。地域間の対立が強い韓国で、慶尚道出身の彼が全羅道で大勝したという事実は、彼が全羅道の有権者たちから「本物のリベラル」と認められたことを意味しています。その背景には、彼が人権弁護士として長年にわたり民主化運動を支援してきた実績があります。

「文在寅=反日」というイメージは単純すぎる

─そんな"ミスター・リベラル"である文在寅大統領が現在、「最終的かつ不可逆的」だったはずの慰安婦問題解決に向けた合意を見直そうとしていますが...。

 日本と韓国の間に存在する歴史問題、特に慰安婦問題に強硬な姿勢を示しているのは主にリベラル派の人たちです。そしてリベラル派の人たちが求めてきたのは「民主的な政治」「開かれた政治」です。

保守政権である朴槿恵政権時代に結ばれた「慰安婦問題解決に向けた日韓合意」は、韓国のリベラル派から見れば、保守派が国民に全く知らせることなくブラックボックス内で行なった交渉の結果に過ぎず、彼らの考える民主主義とは完全に外れたものでした。ですから、現在の文在寅政権が求めているのは決して「日本との合意の破棄」ではなく、韓国国内で朴槿恵政権が行なっていた全ての行為や外交活動に対して、開かれた場で「真に国民が納得できる」合意を形成するということなのです。

言い換えれば、この問題は韓国の国内問題であり、文在寅政権は慰安婦問題を日本に対する外交カードとして使う意思はありません。もし、日本で「文在寅=反日」というイメージがあるのなら、それはあまりに単純化されたものですし、その誤解は日韓両国にとって良い結果をもたらしません。

-ところで、もうすぐ平昌冬季五輪が開幕します。女子アイスホッケー競技で韓国と北朝鮮の合同チームが結成されることが話題になっていますが、韓国国内で反対の声も挙がっていると聞きます。この声は保守とリベラルのどちらから?

 合同チームに反対しているのは、主に北朝鮮に強硬な保守派の人たちです。なぜなら、彼らは文大統領が進める南北融和路線に対して強い嫌悪を感じているからです。また急遽、混合チームを組んだことで韓国の若い選手たちが負担を強いられている状況に対して若者が非難をしているという部分もあります。

─ここまで話を伺って、韓国における保守とリベラルの対立には歴史的背景があり、さらに地域間の対立も絡んでいるなど複雑な事情があることがわかりました。そうした視点で日本政治をご覧になって、何かお気づきになられたことはありますか?

 韓国の歴史、特にリベラル派の動きを追っていると、自らの声を政治に届けようとする意志が強いことがわかります。一方で日本の状況を見ると、リベラル派が「自分たちの声が政策に反映されていない」と感じていながら、それに対する反応が薄いように感じます。2017年10月に行なわれた衆議院選挙の議席数を見てみると、比例区では過半数に届かなかった(49.4%)与党が、3分の2以上(66.7%)の議席を占めていました。

日本ではしばしば韓国のろうそくデモに対して感情的なものと捉え、「韓国とは違い、日本は選挙で意思を示す」との発言をされる方もいるのですが、市民の声が適切な形で政治に届いているとは言えません。にも関わらず、その乖離に声を上げたり、改善のための行動が不十分な状況を見ると、日本では民主主義に対する危機感が薄いのではないかと思えてしまいます。

(取材・文/田中茂朗)

●金惠京(キム・ヘギョン) 国際法学者。韓国・ソウル出身。高校卒業後、日本に留学。明治大学卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科で博士号を取得。ジョージ・ワシントン大学総合科学部専任講師、ハワイ大学韓国研究センター客員教授、明治大学法学部助教、日本大学総合科学研究所准教授を経て、2016年から日本大学危機管理学部准教授。著書に『涙と花札-韓流と日流のあいだで』(新潮社)『柔らかな海峡 日本・韓国 和解への道』(集英社インターナショナル)、『無差別テロ 国際社会はどう対処すればよいか』(岩波現代全書)などがある