鈴木宗男氏(左)と佐藤優氏は、平昌五輪開会式に出席した安倍首相をどう評価しているのか―?

鈴木宗男・新党大地代表と、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏による対談講演会「東京大地塾」

党内から反対の声も上がるなか、平昌五輪開会式に出席した安倍首相。かつて「安倍政権は反知性主義の塊」と危惧していた佐藤優氏は、欠席による国際関係の悪化を計算できない反対派の愚かさから見れば、極端に偏りのない判断力を持つ政府首脳はマトモだと指摘するが…。(この「東京大地塾」は1月25日に収録しました)

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鈴木 北朝鮮問題、トランプ大統領の在イスラエル米国大使館のエルサレムへの移転を含めた中東情勢。私はこれらを含めて、今年のキーワードは「平和」だと感じております。

佐藤 私も、鈴木先生と同じく「平和」が今年のカギになると思っています。昨年の12月に、米国がイスラエルにある大使館をテルアビブからエルサレムに移すと宣言して以来、玉突きで中東でいろんなことが起きています。

1月11日には、モスクワでプーチン大統領が記者団との会合で、「米国との関係で、北朝鮮は飛距離1万3000kmの大陸弾道ミサイルと核兵器を持ち、世界中のどの地点でも攻撃することができる。金正恩委員長は勝者だ。彼は熟練した政治家になっている。朝鮮半島の鎮静化と安定化も望んでいる」と語った。そしてプーチンは今、中東にも重きを置いて外交を進めている。

米国はこれらを総合的に考えて、「もはや朝鮮半島になんか構っている余裕などない」と判断したわけです。プーチンは、金正恩体制を国際社会に組み込んで相互依存体制を高めることで、外部世界を攻撃する意思を持たせないようにすることができると読んでいます。よって、朝鮮半島における戦争の危機というのは遠のいてきている。

続いて日露関係ですが、安倍首相の訪露は5月の終わりになると思います。ただし、プーチンの次の任期の3年以内に行なわれる2020年の東京五輪までに領土問題にめどをつけないと、交渉は動かなくなる。こうみています。

鈴木 佐藤さん、ありがとうございます。質問のある方はいらっしゃいますか?

―先日、安倍首相が急遽(きゅうきょ)平昌五輪の開会式に出席することを表明しました。この動きにはどんな意味が込められているのでしょうか?

佐藤 それは、首相が正気に返ったというだけのことです。考えてみてください。例えばカナダのモントリオールに米国大統領が行かなかったら、カナダとの関係はどうなる?

―悪化すると思います。

佐藤 そう。だから、隣国のオリンピックに行かないというシナリオは初めからないと思います。それに、オリンピックは政治を持ち込まない平和の祭典ということになっていますね。「日韓には慰安婦問題があるから行かなくていい」という判断でも、日本国内なら通る。しかし、国際社会はどう思うか。どっちが変だと思われる?

―それは行かないほうです。

佐藤 そう。行かないほうが変なヤツだと思われて、オリンピックを政治利用していると思われてしまう。行かないことのマイナスよりも、行くことによるマイナスのほうが少ない。こういう合理的な計算です。

偏差値50の政府首脳は、ボリュームゾーンに近い

―しかし、自民党内からは反対の意見が続出しています。これはなぜですか?

佐藤 首相の訪韓に反対している党内の一部の方々は、この簡単な引き算の計算ができていないだけ。頭の悪い連中とは仕事をしてはいけないと、安倍さんも気がついたんです。

―でも、佐藤さんは以前に「安倍政権は反知性主義の塊だ」と言われてましたよね?

佐藤 それはね、私も最近気がついたんだけど、反知性主義にもいろいろなステージがある。地獄にも等活地獄から無間地獄まであるように、知性に近い反知性主義と、知性から遠く離れた反知性主義がある。だから今回、安倍さんは偏差値30以下の反知性主義とは一緒にやらないと言っているわけです。

鈴木 ちなみにですね、安倍総理ご本人は「行かない」とは一度も言っていません。総理はやはり、いいタイミングで言っています。世界の首脳の中で、出席表明したのは安倍総理が最初ですから。

4年前の2月7日、ロシアで開催されたソチの開会式にも安倍総理は出席しました。やっぱり賢明なんですね。当時の駐ロシア大使の原田親仁(ちかひと)さんは、「開会式には出席しなくていい」と電報を送ってきました。日本で2月7日といえば北方領土の日です。北方領土返還要求全国大会が開催される日にソチの開会式に出席をすれば、日本国民の強い反発を受けるだろう、と。

ただ、大会後にヘリで羽田から行けば、夕方の開会式に間に合いますから、それで総理は決断されたんですよ。もちろん、私も助言をしました。

―しかし、偏差値35の反知性主義の側に立つ人間は、反対して批判すると。

佐藤 35じゃない、30以上です(笑)。皆さんは偏差値30で笑っているけども、偏差値70とかいっても、それは30と同じで中心から外れているだけの話ですからね。だから、偏差値30と70はボリュームゾーンから外れているということがいえる。要するに一緒なんです。

外務省は、偏差値70を超えているヤツだけの集団。それは偏差値30以下と同じくズレている集団といえます。すると、偏差値50の政府首脳は、ボリュームゾーンに近いところにいる。だから今の官邸の判断は、極端に偏ってはいない。

ボリュームゾーンは多数派のいるところですから、民主主義に合っているわけですね。今までは成績の良すぎるヤツが集まりすぎていたから、いろいろとおかしなことが起きていた。だから、外務省も成績の良すぎる人だけではなく、杉山晋輔さんみたいな2級の人材を登用しているんです。

■“肥だめ”トランプに寄り添う駐米大使

佐藤 杉山さんは、外務事務次官を退官されて、駐米大使にご栄転なさいました。杉山さんは、能力が及ばなくても自らの立身出世と自己の栄達のためだけの意志で補ってきた人です。後任の秋葉剛男新外務事務次官には、その意志も能力もありません。だから、限りなくボリュームゾーンに近づいているといえる。秋葉さんの場合は、「全方位外交」であり「全天候型」です。

天気予報にたとえると、「明日の天気は雨か雨以外のいずれかになるでしょう」と言っているようなもので、それなら100%当たる。日本の外交の未来がどうなるかよくわからない。バランス感覚があるってことは、何もしないってことですから。

―すると、今年のキーワードである「平和」は、確実に実現する人的保障もあるということですね。

佐藤 はい。そういう意味で言うと、日本から積極的に戦争を仕掛けることはない。仕掛けられたときは弱いけど、少なくとも外務省に関しては勇ましいことはしないと。だからすごく退屈な一年になる(笑)。でも、そういうときに限って、声の大きな人に引きずられやすい。

―それはもしかして、トランプ大統領のことですか?

佐藤 そう。あの人はshitholeとか、普通に訳せないような下品な言葉を平気で使って世界中から大注目されるでしょ? shitholeというのは、相当汚い肥だめ、屋外便所ということですからね。やっぱりトランプという男はすごいんですよ。日本はああいうのとはあまり関わらないほうがいい。

―しかし佐藤さん。杉山前次官が駐米大使に栄転されています。杉山さんは外務事務次官が最終ポストであると外務省改革委員会で約束されたはずなのに、なぜ大使になられたのでしょうか?

佐藤 今、杉山さんは歴史をつくっているんですよ。外務省改革委員会の明文で決めたことをすべてひっくり返すと。杉山主義とは、「約束はしたけど、それを守るとは約束していない」と。これは北朝鮮外交にも似ている。

―そうすると、トランプが北朝鮮問題に困って、杉山大使に知恵を借りに来る可能性はありえますか。

佐藤 杉山大使から「トランプ大統領、世間はあなたのことをいろいろ悪く言っていますが、尻を拭かせてください。金袋(きんぶくろ)も洗わせてください」とアプローチするかもね。ワシントンの中でトランプ政権に一番食い込んでいる大使館だし、可能性はあるでしょう。権力をひたすら追い求める杉山さんはまさに適材適所なんですよ。

―しかし、これだと日本が大変なことになるんじゃないですか? 世界最大権力であるトランプに寄り添う杉山駐米大使と、その声に従う秋葉外務事務次官がいるわけですから。

佐藤 だから、在米大使館とトランプ大統領の関係が近づいても日本の国益になるかは別の話なんです。日露関係もへたをすればまったく動かなくなるかもしれない。官邸からは外務省に圧力と圧力、鞭と鞭で、強くアプローチしなくてはいけないんです。ここは首相官邸の重要な課題になると思います。

(取材・文/小峯隆生 撮影/五十嵐和博)

●鈴木宗男(すずき・むねお)1948年生まれ、北海道出身。新党大地代表。衆議院議員時代から長年北方領土問題の解決のため、日々奔走している。昨年、公民権が7年ぶりに回復し、衆院選に出馬。衆議院議員の鈴木貴子氏は長女

●佐藤優(さとう・まさる)1960年生まれ、東京都出身。外交官時代は、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。外務省退職後は大宅壮一ノンフィクション賞を受賞するなど、作家・評論家として精力的に活動中

■「東京大地塾」とは?毎月1回、衆議院第二議員会館の会議室で行なわれる新党大地主催による国政・国際情勢などに関する分析・講演会。参加費無料で鈴木・佐藤両氏と直接議論を交わすことができるとあって、毎回100人前後の聴衆が集まる大盛況ぶりを見せる。詳しくは新党大地の公式ホームページへ