ロシア主導で進められるシリア和平協議に出ている反政府派は「フェイクの反政府派」だと語るナジーブ氏

内戦が続くシリアの和平協議がロシア主導で行なわれている。1月末にソチで開催された協議では、反政府派の主要勢力は参加を拒否し、アサド政権を支持してきたロシアに対する不信感をあらわにした。

世界にテロの脅威を与えてきたISが昨年末に「壊滅」して以降、シリア情勢を伝えるニュースは減ったように見えるが、こういった状況を日本在住のシリア人ジャーナリストはどう見ているのか?

「週プレ外国人記者クラブ」第111回は、「リサーラ・メディア」代表ナジーブ・エルカシュ氏に話を聞いた。

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―ロシア主導で行なわれた和平協議を、ナジーブさんはどう見ていますか?

ナジーブ 優位に立つ側を超大国が後押しするという協議は非常にバランスに欠け、これでシリアに平和を築くのは不可能でしょう。イスラエルとパレスチナの和平交渉もそうですが、世界史をひも解いてみても、このような形で平和になった例はひとつもないと思います。

和平交渉というのは、お互いに歩み寄って妥協点を見つけないといけませんが、そうなっていません。ロシアは1月の会議を強引にソチで開催させましたが、これは完全に勝者がやっている茶番でした。

昨年、ジュネーブで行なわれた国連主導の和平協議でも反政府派には不満があって、国連も「アサド政権側が優位だからしょうがない」と諦めているようなところがありましたが、和平交渉の基本的な枠組みはありました。しかし、ソチの会議に"反政府派の代表"として出席した人は、本当の反政府派ではないのです。

例えば、かつてポルノに近い映像作品などに出て女性解放運動団体に批判されていた女優が反政府派の代表として出席していましたが、彼女には反政府活動をした過去などないどころか、アサド大統領を支持するデモに出て旗を振っていた人物です。このような人たちを反政府派の代表だと偽って和平協議などと言われても、もう笑うしかないです。

恐ろしいのは、ソチ会議への参加を拒否した反政府派も、それをサポートしている国々も「シリアはもう、ロシアにあげましょう」というのが暗黙の了解のようになっていることです。反政府派の政治団体に圧力がかかっているのです。そういう人たちも今後、和平協議に参加するかもしれませんが、彼らはアサド政権と戦っている人たちを代表しているわけではありません。サウジアラビアのお金、カタールのお金、トルコのお金で動いているグループです。

シリア政権は昔から偽物の"反政府派"を自分で育て、飾りのような政党や人物を都合よく使ってきました。2010年に始まった「アラブの春」を機にシリアでも翌年、民主化活動家たちが現れましたが、彼らは政府に拘束され、拷問され、殺害され、国外に亡命するしかなかった。そこで政府は「国内反政府派」と「海外の反逆者」という言葉で区別し、大統領選挙法も変え、候補者に「選挙までの10年間の国内滞在」という条件をつけました。さらに事実上、その「国内」から反政府勢力の地域も外され、まさに政権のコントロール下にいる人々しか候補者になれない状態なのです。

―そういった状況を、シリア国民は見抜いているんですか?

ナジーブ 完全に見抜いています。前回の大統領選(2014年)に出たアサド大統領の対立候補たち、ハッサーン・アンヌーリやマーヘル・ハッジャールらもそうです。彼らもマトモな政治経験もないのに急に大統領候補として登場してきたんです。何回かTVインタビューに出ていましたが、その内容は笑うしかないものでした。選挙ではアサド大統領が88.7%を得票し、次点はアンヌーリで3.4%、ハッジャールは2.3%でした。形だけの選挙で、反政府派が掌握する地域では投票が実施されませんでした。

シリアは「ギャング国家」で国民は家畜

―世界に「シリアは民主主義国家だ」とアピールするために無理やり対立候補を立てただけ?

ナジーブ はい。私が聞いた話では、対立候補たちは出馬するのをすごく怖がっていたそうです。選挙の時にヘタなことを言ったら殺されますから。出馬したくないけど公安に命じられて出馬したという感じです。あの選挙も完全に茶番でした。

―シリアはアサド大統領の独裁に対し民主化を求めた結果、内戦になってしまったわけですが「独裁体制のほうがマシなんじゃないか」と言う意見もあります。

ナジーブ そういう意見を聞くと、私はとても傷つきます。日本の報道番組で解説委員のような人までが「強い独裁者が必要なんじゃないか」と言っているのを聞いて、私は愕然としました。「シリアに言論の自由はなかったかもしれないが、ご飯は食べられただろう」とでも言いたいのでしょうか。

シリアは一応、社会主義国家ですが、内実は「ギャング国家」です。国民がよく冗談で言うのは「牧場主義」。国民は家畜なのです。だからこそ、日本でアラブ諸国の専門家までもが「強い独裁者が必要」などと言うのを聞くと、私はとても傷つくんです。

元々、シリア人は教育レベルが高く、商売上手で海外に出て成功する人も多く、1950年代には経済的に大きく成長しました。63年にソ連が後押しするバアス党によって社会主義革命が起き、社会主義国家になりましたが、バアス党の独裁政権下で経済が停滞していきました。

独裁政権であっても、朴正煕時代の韓国、マハティール時代のマレーシア、リー・クアンユー時代のシンガポールなど「開発独裁」で経済発展を遂げた国々がありますが、シリアはそうなっていません。周囲のトルコやドバイは発展しているのにシリアだけが取り残されているのです。

―「独裁」なのに「開発」の部分が成功していないということですね。

ナジーブ そうです。内戦前は社会的には今より安定していましたが、発展もしていなかったし政治的な抑圧もありました。アサド大統領を中心とする少数派のアラウィー派が政権を掌握し、軍や警察を押さえていました。ただ、首都ダマスカスや最大都市アレッポの財界のトップは最大多数派のスンニ派だったので、アラウィー派はこの2大都市のスンニ派財界人と結託して、彼らに政治権力こそ与えないもののビジネスはある程度自由にさせるという政策を取っていました。

「アラブの春」が始まると、シリアでも地方都市のホムスなどで反政府デモが起きました。しかし政府は軍と財界が結びついているから「ダマスカスとアレッポは絶対に大丈夫だ」と思っていたのです。ところがアレッポでもデモが起きると政府は徹底的に弾圧し、人々が誇りに思っている旧市街を完全に破壊してしまったのです。

アレッポはダマスカスやイエメンの首都サナア、パレスチナのジェリコーと並んで、世界で一番古くから人類が住み続けていると言われる歴史的価値のある場所です。しかし、この旧市街の復興には「文化省は一切手を出してはいけない」と大統領が命令しています。ユネスコも関わることが許されず、観光優先・ビジネス優先の"復興ビジネス"に利用されてしまっています。

容赦ない空爆で力を誇示するロシア

―歴史ある旧市街も独裁の犠牲になってしまっていると。

ナジーブ ひとつ象徴的な話があります。現在、トルコの地中海地方にハタイ県という地域があります。この地域は歴史的に元々シリアのものであり、シリアの地名で言うと「イスケンデルン地方」となります。私は92年頃、この地域に行きましたが、一度もトルコ語を使う必要がありませんでした。アラビア語でこと足りるのです。ここにはアラウィー派のシリア人が多く住んでいます。

私は彼らに「あなたたちはアラウィー派だから、もしこの地域がシリアに戻ったら、メリットがあるんじゃない?」と尋ねました。しかし、それは望まないと言うのです。「トルコでは本当に自分たちが市民であることを感じる。シリアは軍が独裁していて、皆が平等に市民というわけじゃない」と。

彼らはシリア人という民族的アイデンティティよりも、市民権が守られているトルコに住むことを重視しているのです。「トルコはこれからEUに入るかもしれないし、私たちにもいろんなチャンスがあるし、経済が発展しているし、シリアよりずっとマシだ」とも言っていました。当時のトルコは今より問題がたくさんありましたが、シリアよりはずっとマシです。

どの国にも問題がありますが、シリアのようにギャングが政権を握っている国はほとんどありません。シリアでもイラクでも、中央政権はすべての国民のためではなく、一部の人々のために政治を行なっています。シリアではアラウィー派のため、イラクではシーア派のためです。

シリアでもイラクでも、国民の多数派は穏健なスンニ派です。しかし彼らは虐げられ、それは過激派が生まれる温床になります。シリアやイラクの中央政権は大多数の市民への抑圧を正当化するために、世界に広がっているイスラム恐怖症の火に油を注いでスンニ派のシリア人・イラク人の過激なイメージを描いています。シリア政権はイランやロシアの力を借りて軍事的には強く見えるかもしれませんが、腐敗した非常に壊れやすい国家なのです。

―最後に、ISは崩壊したとされていますが、これによって今後、世界からテロの脅威はなくなるのでしょうか?

ナジーブ テロは絶対になくならないと思います。アメリカや国際社会は「ともかく強い政府があればいい」と言っていますが、強い政権は良いガバナンスを果たさないと不満だけが蓄積され爆発します。

先日からシリア政府空軍とロシア空軍がダマスカス郊外の東グータ地区を無差別に空爆しています。意図的に病院やライフラインを爆撃するなど容赦ない。国連での長い交渉の結果、やっと人道支援をグータに届けることができたと思ったら、国連の支援物が入っていた倉庫も空爆された。ロシアは力を誇示しています。

数千人の市民が地下トンネルに逃げて、湿気で体を壊した子供も多くいる。そういうことをしながらシリア政権は「グータはテロリストの巣」と言い続け、メディアには市民の犠牲者は出したくないとは言っているものの、独裁政権の支援者たちはFacebookで「グータの子供たちはテロリストの卵」などと言い、皆殺しを煽(あお)っている。そんなことを続けていて、世界からテロはなくなるでしょうか?

アルカイダが弱体化してもテロはなくならなかった。そして、あのアルカイダですら、ISの残虐性を批判しました。IS支配地域では反対者はすぐ殺されます。タバコを吸っただけでムチ打ちの刑に処され、そのケガで死んだ人もいます。たとえISがなくなったとしても、それ以上に恐ろしいテロ組織が出てくるかもしれません。

(取材・文/稲垣 收 撮影/保高幸子)

●ナジーブ・エルカシュ 1973年、シリア・ダマスカス生まれ。ベイルート、ロンドン留学を経て、1997年に来日し名古屋大学・東京大学で映画理論を学ぶ。現在、「リサーラ・メディア」、そして「アラブ・アジア・ネットワーク」の代表として、日本やアジアの情報をアラブ各国に向けて発信している