森友・加計学園問題や自衛隊の日報隠蔽問題に加えて、財務省・福田淳一事務次官の“セクハラ辞任”で国会は空転を続けている。
10年以上にわたり、日本の政治を取材してきた外国人女性記者の目には、このセクハラ騒動はどう見えているのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第115回は、中国唯一の民間放送局「フェニックステレビ」東京支局長・李淼(リ・ミャオ)氏に話を聞いた──。
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─「タガが緩んでいる」としか言いようのない不祥事・醜聞が相次ぎ、日本の国会は空転を続けています。財務省事務次官の辞任という事態に発展したセクハラ問題について、中国ではどのような反応が起こっていますか?
李 今回のセクハラ問題はフェニックステレビでも報道しましたし、個人的にもブログで概要を発信しました。ブログには、中国から多くのメッセージが寄せられましたが、それは以下のような内容です。
〈セクハラは、どこの国でも許されないことだ〉〈女性として怒りを感じる〉〈セクハラ被害を明るみにした女性記者の勇気を称えたい〉
日本の事件に対する反応というより、国境を越えた人権問題として捉(とら)えている人が多いようです。セクハラは国家や人種の問題ではなく、ジェンダー間の問題ですからね。
─福田財務次官にセクハラを受けたテレビ朝日の記者が『週刊新潮』に情報を提供し明るみに出たわけですが、局側の対応にも批判がありました。
李 テレビ朝日の女性記者は『週刊新潮』に情報を提供する前に上司に相談したものの「報道は難しい」と表沙汰にすることを却下されています。ジャーナリストにとって自分の所属する組織が守ってくれないというのは深刻な問題ですが、この背景には日本特有の「記者クラブ制度」があるのではないでしょうか。テレビ朝日は、財務次官のスキャンダルを暴いて記者クラブ内での立場が悪くなること、具体的に言えば取材活動に悪影響が出ることを怖れたのかもしれません。
─取材活動に悪影響といっても、本当に報道すべきはセクハラの事実だったはずですが…。
李 まったくです。日本ではメディアと権力の関係が近過ぎるように思います。記者クラブ制度はその象徴といえるでしょう。また、財務省が報道各社にセクハラ被害にあった女性記者が社内にいないか調査を求めた対応も、権力とメディアが近過ぎることを物語っています。財務省としては記者クラブ制度をバックに、メディア側が自分たちに協力してくれると踏んだのでしょうが、この対応は火に油を注ぐ結果となってしまいました。
「すべての女性が輝く社会」と乖離(かいり)
─麻生財務大臣の対応はどうでしょうか?
李 『週刊新潮』は「嫌なら男の記者に替えればいい」という麻生大臣の発言を報じています。麻生大臣の上から目線の発言には皆さん、慣れていると思いますが、今回は私も驚きました。自分の置かれている立場を全く理解していないというか、この発言自体、セクハラに該当する可能性が大いにあるからです。
記者会見やブラ下がり取材での記者に対する彼の態度を見ていると、極めて高圧的だと感じることがしばしばあります。政治家が記者に対してあのような態度に出られるのも、やはり記者クラブ制度があるからだと思います。
4月20日には、女性議員も含めた野党の有志議員たちが黒い服を着て「#Me Too」と書かれたプラカードを掲げてセクハラに対する抗議の意思表示をしました。これに対して、自民党の長尾敬衆議院議員がツイッターに「こちらの方々は、少なくとも私にとって、セクハラとは縁遠い方々です」と投稿し炎上。2日後にツイートを削除し自身のブログで謝罪しましたが、これも発言自体がセクハラである可能性が高く、謝罪して済む問題とは思えません。
―麻生大臣にしても長尾議員にしても、なぜ不用意な発言をして火に油を注いでしまうのでしょう? その根底には何があると思いますか?
李 やはり日本には未だ「男尊女卑」の価値観が根強く、麻生大臣や長尾議員の発言からもそういった日本の文化的体質が透けて見える気がします。世界経済フォーラムが2017年11月に発表した「ジェンダーギャップ指数」のランキングで日本は世界144ヵ国中、中国の100位を下回る114位。前年の111位からさらに下がって過去最低を更新しました。
この指数は経済、教育、政治、健康の4つの分野のデータから作成されますが、日本は特に女性の政治参画が低く、144ヵ国中123位になっています。この現状は、安倍政権が掲げる「すべての女性が輝く社会」というスローガンと乖離(かいり)していると言わざるを得ません。
─李さん自身は、取材活動や普段の生活で日本の男尊女卑体質を感じたことはありますか?
李 プライベートの生活ではほとんどありませんが、取材活動では感じることがあります。例えば、経産省を取材した時、取材申請を男性のスタッフが行ない、現場に私が行くと、経産省の職員から「なぜ男性が申し込んだのにあなたが来るのか?」というようなことを言われたことがあります。私が来て不愉快だったのか、それとも女性に対する差別なのか、発言の真意はわかりませんが…。
また、今回のセクハラ問題の中心である財務省は非常に保守的な組織という印象を取材のたびに感じています。財務省の取材の後、庁舎の玄関前で私がレポートをするのですが、そこに職員がついてきます。これは他の省庁では見られない、財務省特有の対応です。私の中国語のレポートを聞いたところで、何を伝えているかわからないと思うのですが…。
「日本の政権が交代するのは望ましくない」
─以前、森友学園問題について李さんのお話を伺った際、中国の人たちの関心は安倍政権が倒れるか否かという一点に集中していると仰っていました。この焦点は、今回のセクハラ問題に関しても変わっていませんか?
李 いえ、変化が見られます。その背景として、日中関係が改善の方向にあることが挙げられます。以前にも申し上げたように昨年9月28日、中国大使館主催で都内で開かれた国慶節の祝賀イベントに安倍首相が出席して以降、日中関係は「最悪」と言われた状態から少しずつ改善の兆しを見せています。
事実、5月には日中韓サミットが予定されていて、さらにその後も安倍首相の訪中、それに応える形で習近平国家主席の訪日というロードマップも見えてきています。直近の毎日新聞の調査では安倍政権の支持率は30%の危険水域まで下落していますが、中国としては「ここで日本の政権が交代するのは望ましくない」というのが本音だと思います。
─森友・加計問題、自衛隊の日報隠蔽問題、そして今回のセクハラ騒動…国際政治は今、韓国と北朝鮮の南北首脳会談や米朝首脳会談に向けて大きく動き出しているのに、日本の政治のニュースは国内のスキャンダルばかりです。
李 確かに、日本の政治は停滞していますね。国会の取材をしていても「北朝鮮」という単語はあまり聞こえてきません。これは非常に不思議な状況に思えてなりません。世界は動き続けているし、特に北朝鮮の核に関しては日本の安全保障に直結する問題です。国会で諸問題を執拗に追及して安倍政権にダメージを与えることに意欲を燃やしている野党も、日本の政治全体に対して責任を持つことが必要なのではないでしょうか。
(取材・文/田中茂朗)
●李淼(リ・ミャオ) 中国吉林省出身。1997年に来日し、慶應大学大学院に入学。故小島朋之教授のもとで国際関係論を学ぶ。07年にフェニックステレビの東京支局を立ち上げ支局長に就任。日本の情報、特に外交・安全保障の問題を中心に精力的な報道を続ける