「憲法改正の暁には国民の生存権よりも、より強力な自衛隊保持のほうが優先だという解釈論が成り立つことになる」と指摘する古賀茂明氏

軍事から経済へと急速にシフトする北朝鮮。

『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏は、日本はそんな北朝鮮と対照的だと警鐘を鳴らす。

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「先軍政治」という言葉がある。北朝鮮の故金正日(キム・ジョンイル)総書記が打ち出した政治用語で、すべてにおいて軍・軍事を優先させる政治イデオロギーを指す。

ただ、息子の金正恩(キム・ジョンウン)委員長は亡き父が定式化した軍事中心の統治スタイルを2016年5月に核武力増強と経済発展を同時に行なう並進路線へ修正。さらに今年の新年の辞では、経済最優先路線への転換を宣言した。

経済難が続く北朝鮮では日ごとに住民の不満が高まっている。今後も独裁体制を維持するためには軍事一辺倒だけではダメで、経済を発展させて国民を満足させなければならないと、金委員長は気づいているのだ。

軍事から経済へと急速にシフトする北朝鮮とは対照的に、経済よりも軍事重視へとシフトしつつある国がある。日本だ。

政府は新たな財政健全化計画を検討中だが、財政黒字化の目標がさらに5年延び、25年度へと先送りになる公算が大だという。本来ならば、ここで歳出の見直しをするべきなのだが、論議されているのは社会保障費の削減ばかりで、公共事業費などの政策的経費のカットについてはほとんどスルーしている。

特に防衛費については節約どころか、安倍首相がトランプ大統領の要求どおりにバカ高い武器を購入することもあって、予算が膨らんでいる。今年の防衛費は過去最大の5兆1911億円で、6年連続で増加中だ。

こうした防衛費の伸びをさらに後押しするのが、首相が目指す憲法9条の改憲だ。自民党が検討している9条改正案の柱は、新たに9条の2を加え、「自衛隊を保持する」という文言を加えるというものだ。現状の自衛隊は、政府の憲法解釈によって「自衛のためなら、保持していても(いなくても)合憲」とされている。しかし、新たに加える9条の2によって自衛隊の保持は“憲法上の義務”になる。

その前段には「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として」という文言が添えられている。

北朝鮮が採用してきた「先軍政治」と同じ

もし、中国が大幅な軍拡をしたとしよう。すると、現状のままでは「必要な自衛の措置」がとれなくなるかもしれない。その場合、放置すると憲法違反になる恐れがあるので、国は軍備増強、それも専守防衛用にとどまらず、敵基地攻撃など他国を攻撃するためのより強力な装備の整備に乗り出さざるをえない。

少子化で隊員不足になれば、憲法上の要請から徴兵制の復活を宣言することだってありうるだろう。憲法に自衛隊を明記するということは、国民がいや応なしに軍拡に巻き込まれる危うさを秘めているのである。

その一方で、「健康で文化的な最低限の生活を営む権利」を定めた25条の現在の条文は、社会福祉の向上などに「努めなければならない」(2項)となっているが、自民党の改憲案では9条の2で「自衛隊を保持する」と言い切っているのに対して、この25条2項の文言には手をつけていない。そのため、結果的にだが、25条が比較上、いかにも弱い表現になってしまう。

そうなると、憲法改正の暁には国民の生存権よりも、より強力な自衛隊保持のほうが優先だという解釈論が成り立つことになる。それは本質において、北朝鮮が採用してきた「先軍政治」と同じではないか。日本がそんな国になるのはまっぴらだ。

●古賀茂明(こが・しげあき)1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。近著は『国家の共謀』(角川新書)。ウェブサイト『Synapse』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中