埼玉県東松山市長選挙(7月1日告示・8日投開票)への立候補を表明した安冨 歩氏(55歳)。
いったい、現役東大教授がなぜ市長選に立候補するのか? 届け出は男性なのか? 女性なのか? 話を聞いた。
* * *
■出馬表明会見の場所はまさかの馬小屋!
―6月21日に行なわれた出馬表明会見の場所は前代未聞の馬小屋! 文字どおり馬に乗っての「出馬」宣言でしたね。
安冨 あの場所こそ、私が目指すべき未来。市役所やコンクリートの建物の中は、私が目指すものとは違います。
―馬への思い入れが強い?
安冨 私は馬と関わることでいろいろなことを学び、人生が変わりました。馬に乗り始めてから音楽をやり、絵を描き、女性装を始め、選挙にも出るようになった。馬にはものすごい治癒力がある。(東松山にある)比企(ひき)丘陵は昔から馬を飼いやすい地形で、武蔵武士団が形成された歴史もあります。その伝統も再生させたいし、すべての小・中学校で馬を飼いたい。
―無所属での出馬ですが、あらためて立候補の理由を教えてください。
安冨 今、地域社会は衰えていて、地域を支える人材も払底しています。このままでは多くの選挙が無投票当選になるかもしれません。そんなとき、各地にある国立大学の教員は非常に重要な人材供給源です。私はその責務を果たすべきだと思いました。当選しても大学の職は辞めずに休職・休業するつもりです。これは重要な前例になります。
―現役の教授が選挙に出るのはとても珍しいのでは?
安冨 近代の問題は、すべてを切り分けて細分化してしまうことにある。私は学問研究でも分野の壁を乗り越えて、経済学も歴史も自然科学もやり、絵も音楽もやってきました。自分の学問を完成させるために政治まで包摂したい。このぐらい幅広くやれば、レオナルド・ダ・ビンチや王陽明と勝負できる舞台に立てるんじゃないかと。
―ほ、本気ですか!?
安冨 ええ。ひとつの問題を真剣に考えようと思ったら、あっという間にいろんなものにつながっていくんです。
―それにしても、なぜ東松山市長選挙なのでしょうか。
安冨 東松山の人は「地元に何もない」と思っていますが、素晴らしい町です。私は馬に会うために比企丘陵に通っていましたが、昨年7月に東松山に引っ越しました。それで今年の5月に地元の方々から出馬の打診を受けたんです。
―現職の森田光一氏(65歳)は昨年12月、3選を目指して出馬の意向を表明しました。そこに挑むことに迷いは?
安冨 当初は「勝てるはずがない」と思いましたが、少し考えて、この機会に出るべきだと思った。ここには未来をひらく懐かしい資源が数多くある。昔を知る高齢者、古民家、馬、ホタル、丸木美術館の「原爆の図」など、文化的、歴史的、生態系的な資源が豊富です。ここをブランディングすれば、大きな価値が生まれる可能性がある。それを選挙を通じて伝えたい。
■ブラジャーなしでは街に出られない
―ちなみに先生はなぜ、女性装を始めたのでしょうか。
安冨 10年前にダイエットをしたら10kg痩せて男物(の服)が着られなくなったんです。服を太ももで合わせるとウエストがガバガバになる。そこで着られる服を探したら、女性ものがピッタリ合った。丈も切らずにはける。おトク感で始めたのが最初です。
―以前はヒゲもたくさん生やしていらっしゃいました。
安冨 いわゆる男っぽさに違和感を覚えてから、ヒゲはいやでしょうがなくてレーザー脱毛しました。50年間着てきた男物の服も体が拒否して吐きそうになる。二度と無理です。
―やはりブラジャーをつけると心が安定するのですか?
安冨 女物の服は胸が出るのが大前提、(ブラジャーが)ないとみっともない。実際、つけてみると安心感が高まって「ナシじゃ無理。そんな変な格好では街には出られないな」と。女物(の服)を着ると化粧もしないとカッコがつかない。格好が変わったのではなく、知識がついてきた感じです。今は自分用にデザインしてもらった服を着ているので、女物からも離脱しています。
―出馬表明の際には記者から「届け出は男性か女性か」という質問も出ました。
安冨 戸籍には「男」とあるけれど、選挙に出る分にはどちらでもいいですよね?
―公職選挙法には「25歳以上の日本国籍をもつ者」という規定しかありません。
安冨 私のことを「オカマなんですよ!」と言って回る人もいるそうですが、どんどん宣伝してほしいですね。事前に評判を下げてもらえば、みんな怖いもの見たさで私を見に来る。そこで「意外と普通」と思われたら、プラスにしかならない。そもそも、男女に区分けすること自体が危険です。性別で分けることの暴力性は認識すべきです。
―先生は立候補自体に十分、メッセージがあると思うのですが、政策も教えてください。
安冨 私は「子供の命と魂を守る」ことが人類の基本的な政治思想であるべきと思っています。「子供を守り、世界を癒やす」というマイケル・ジャクソンの思想と同じ。これを選挙で本気で伝えたいんです。
―具体的には?
安冨 学校は子供を守る基地であるべきです。ご飯を食べられない子供や家で暴力を受けている子供がいるなかで授業はできない。だから問題が解決されるまで授業はしません。私が当選したら、学校の授業は即停止。
―えっ! 授業停止!?
安冨 虐待されている子供に目をつぶったまま授業なんかできないというのは、普通の感覚ではないでしょうか。今の学校は子供を抑圧し創造性を奪っている。だから文教予算をゼロにします。学歴差別の上に立つ、従来の学校教育をやる限り人材が流出して地域社会は崩壊する。とはいえ、この政策を断行したら即リコールされるでしょう。
―激しいですね!
安冨 文教予算をゼロにしてこれを全額「子供防衛予算」に充て、子供を守ります。地域をどうするかも子供に聞く。大人がやってきた結果が今の地域の惨状ですから、すべてを子供中心に切り替える。例えば小学生ひとり当たり年間10万円の予算を用意し、これを親や学校に渡さず、子供が欲しいものを直接あげたら郷土愛が育ちませんか。
―子供支持率100%です!
安冨 市の中心部はシャッター街になっています。ここの交通を規制して、子供が遊べる歩行者天国にしたい。空き店舗を市が借り上げ、芸術家や若い人に安い家賃で入ってもらう。子供が安全に通れる路地も公共工事で造りたい。
―ただし、そうした発想は奇抜すぎて「ふざけてるのか」と思う人もいるのでは?
安冨 そう思われるのはリスクであり、メリットでもあります。何より大事なのは「?」です。もし私が「◯◯党の安冨です」ってスーツを着てタスキかけて普通の選挙運動をしても誰も気に留めない。「この人は本気か? 男か女か?」。そういう「?」があってこそ人々に本気のメッセージが伝わるはずです。
―本気の選挙戦、楽しみにしています!
●安冨 歩(やすとみ・あゆみ)
1963年生まれ、大阪府出身。京大大学院修士課程修了。住友銀行(現・三井住友銀行)を経て09年から東大東洋文化研究所教授。「自分の中の性になじむ」として約5年前からスカートをはくなど女性装を始め、「女性装の東大教授」として知られている