「携帯電話事業も、もともとは自由化された市場。その価格決定に国が関与することは、本来であればおかしなことなんです」と語る吉川尚宏氏

電波、アルコール類、バター、金融サービスの手数料、公共料金、医療費......われわれの生活に身近な商材やサービスの価格で「高い」と感じるものには、実は国からなんらかの規制制度の影響を受け、ゆがめられてしまっているものが多々ある。この価格を「官製価格」と呼ぶ。

経営戦略分野のコンサルタントであり『「価格」を疑え なぜビールは値上がりを続けるのか』筆者の吉川尚宏氏は、「『官製価格』に縛られ、ダイナミズムを失った日本市場に成長はない!」と断言する。

そこで今回は、氏が専門とする通信分野を中心に「官製価格」の正体に迫った。

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――そもそも、携帯事業などの通信分野に「官製価格」が導入されたのはいつからでしょう。

吉川 2015年の経済財政諮問会議において、安倍総理が「携帯電話の通信料金が高い」と発言したことに端を発しています。通信事業を所管とする総務大臣が発言するならまだしも、総理大臣が自ら「高い」と発言するようなことは、世界的に見ても異例のことです。

それに、携帯電話の事業というのは、もともと自由化された市場からスタートしていますから、料金は事業者が決めていいことになっている。そういった分野の価格決定に、国が関与するのはおかしなことなんです。

――自由化の印象は薄れてしまっていますが、確かにかつての携帯業界は自由に競争していた印象がありますね。

吉川 今となってはソフトバンク、ドコモ、auの実質大手3社による寡占(かせん)化が進んでしまっていますが、1990年代の携帯電話市場には、デジタルホンやツーカー、日本移動通信といった、さまざまな会社がありました。

しかし、現在のように3社しかない状態では、ある種の談合ともいえる、暗黙の了解が価格面やサービス面で生じてしまっているのが現状です。

――そして料金値下げのために「0円端末」が販売禁止となり、寡占化した市場を再び動かすために格安スマホが登場したと。

吉川 そうです。先の安倍総理の「料金が高い」発言の後に総務省が出した答えが、16年度から有効となった「0円端末発売禁止」でした。

しかし、ここで論理のすり替えが起こっています。0円端末を禁止するということは、0円だったものをまた何万円かまで値上げするということですから、通信料金を値下げできたとしても、結局は全体的に見て値上げになってしまうわけです。

――なぜ、そのようなすり替えが起こったのでしょう。

吉川 第2次安倍政権以降の経済政策には、「物価安定の目標」として物価上昇率を2%までに引き上げようとする思惑が見え隠れするなど、全体的に値上げを支持しているところがあります。消費者のために価格規制をしてくれるならいいのですが、国が関与することで逆に消費者が苦しくなる方向に動くようになっているというのは、気持ち悪い気がしてなりません。

そして、近年増加している格安スマホ業者というのは、携帯電話の会社から、回線あるいは周波数を卸して再販売している業者のことで、これは、3社の寡占状態に対抗するためにつくられた新しい市場といえます。

海外では、3社による寡占市場には4社目、5社目が入ってきて、そこで値下げをしてでもシェアを取ろうとする会社が出てくるものですが、日本で携帯事業をやろうとすると、基地局から設置しなくてはならず、店舗網を全国に何千と整備しなくてはならないため簡単には参入できなくなっているんです。

そこで、簡単に参入できる業態をつくろうということで、仮想的な通信事業者(MVNO)を設けようと、ここ数年間の政府は政策で行なってきたということなんです。

結果として売り上げは伸びてきてはいますが、しかし、携帯会社の資本の影響を受けない独立系の会社(OCNやマイネオなど)が、携帯会社の資本傘下にあるUQやワイモバイルといった会社と同等に競争できるのかという問題が出てきています。

卸価格の面で大手系のMVNOは優遇を受けているのではないかという疑念も持たれがちです。普通に考えたら、誰だって資本関係があるところに優位に提供したいと思いますからね。 

――吉川さんは総務省の有識者会合にも構成員として出席されてきましたが、周囲の印象はどのようなものでしたか。

吉川 有識者にも新陳代謝が必要です。とりわけ電波・携帯電話の分野においては、そろそろ新しい大学の先生を迎え入れたほうがいいんじゃないかと思えるほど、旧態依然とした印象を受けます。それから、価格を決定するのにとても重要なミクロ経済学の大家と呼ばれる先生方も名前が挙がっていません。

要するに役所側は、役所の事情をわかっている先生がいたほうが非常にありがたいということで、そういった方々をずっと招いているように見えます。役所の意向と反対の人間を連れてきたら収拾がつかなくなりますからね。噛みつこうものなら、今後お声がかからなくなると言っても過言ではない。

――では、この官製価格による縛りにはどう立ち向かえばいいのでしょうか。

吉川 ひとつは、本書もそうですが、メディアの役割がすごく大きいと思います。しかし、電波の問題に限っては、新聞社やテレビ局系は電波を使っているため批判できないところがあります。ビールや金融などの分野であれば、調査報道をするなどして、きっちりと実証して提言していけばインパクトがあると思うのですが、電波についてはテレビや新聞も利害関係者になってしまっているところがあるんです。

専門的に取り組んできた私からすると、「この人たちは情報をもみ消しているな」「重要な話を報道していないな」というケースはかなりありますよ。

――では今後、「官製価格」が入ってくる可能性のある分野があるとすれば?

吉川 タクシーの料金をめぐる規制は、今後最もホットな話題になるのではないかと思います。今は短い区間であれば安くなる料金体系に国土交通省が変更しましたが、今後ウーバーなどがより本格的に参入するようになって、乗車時の相対、あるいはウーバー社が自ら値段を決められるようになったらどうなるのか、日本の社会は許容しうるのかというのは大いに気になっているところです。

●吉川尚宏(よしかわ・なおひろ)
1963年生まれ、滋賀県出身。コンサルタント。A.T.カーニー・パートナー。京都大学工学部卒業後、京都大学大学院工学研究科修士課程修了、ジョージタウン大学大学院IEMBAプログラム修了(MBA)。野村総合研究所などを経て現職。専門分野は情報通信分野の産業分析、事業戦略、オペレーション戦略など。総務省情報通信審議会のほか、周波数オークションに関する懇談会等の構成員として政策提言を行なう。著書に『ガラパゴス化する日本』(講談社現代新書)などがある

■『「価格」を疑え なぜビールは値上がりを続けるのか』
(中公新書ラクレ 820円+税)
ビールやバター、携帯電話料金、都内の地下鉄運賃など、われわれの日常生活になじみのあるこれらの商材、サービスの価格は、それらにまつわる需給関係とは関係なく定められてきた。そこには、国が定める「官製価格」の存在がある。これでは価格に縛りが発生し、市場のダイナミズムが失われることにつながりかねない。通信情報分野のプロフェッショナルにして、総務省有識者会議の構成員である著者が、「官製価格」の浸透に警鐘を鳴らす!