農水省は品種登録された種苗の自家増殖に関して原則禁止を打ち出した。影響の小さいところから進めるというが、農家からは反対の声が上がる

丹精込めて自ら育てた作物に実ったタネを採って、また植える――。農家が繰り返してきた「自家増殖」がすべての品種で禁止されていく!? 

それを推し進める農水省の狙いはどこにあるのか? 徹底取材した!

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コメ、麦、大豆のタネの生産や供給を国がバックアップすることを定めた主要農作物種子法(以下、種子法)が今年3月いっぱいで廃止され、週刊プレイボーイはそこに潜むリスクをレポートした(2018年3月19日号と26日号)。

また農水省は並行して、植物の知的財産権について定めた「種苗法」のあり方を大転換しようとしている。それによって、日本の農家が昔からごく当たり前に行なってきたタネの採取や、枝の一部を切り取って植える挿し木などができなくなるという。

種子法廃止とも無関係ではない今回の方針で、農家にはどんな影響があるのか? 外資によるタネの支配が進むとの見方もあるが本当にそうなのか?

日本のコメなどの穀物を支えてきた種子法を国は廃止。今度は種苗法の原則を転換することでターゲットは野菜にも広がった

■20年続いてきた例外措置を撤廃!

種苗法とは、そもそもどんな法律だろう。植物の品種登録などをサポートする、かわい行政書士事務所の川合智士氏は次のように説明する。

「新品種の開発には莫大(ばくだい)な資金や長い研究期間が必要になります。ところが一度、市場に流通してしまえば植物なので増殖させることは容易で、これでは開発者の努力は報われません。

そこで新しい品種を作った人に、それを登録(品種登録)してもらうことで育成する権利(育成者権)を与えることを定めたのが種苗法です。登録されると、25年(樹木は30年)は権利者以外が無断で販売、譲渡、増殖ができなくなります」

農水省によると、品種登録は毎年1000件近い申請があり、2017年度は794品種に上る。その中には数百種類のコメや、果物ではイチゴの「あまおう」などがある。

農家はそのタネや苗を購入して農作物の生産や販売を行なうが、収穫物からタネを採取したり挿し木で増やすこと(自家増殖)は原則禁止されている。これに違反すると、10年以下の懲役か1000万円以下の罰金が科せられ、共謀罪の対象にもなるという。

しかし、この法律には「例外措置」が設けられている。

「21条に規定があり、新品種を作る目的や、品種登録されたときと同じ特徴を持っているかを確かめるためなら、増殖しても問題ありません。また、農家が経営のために増殖させることも、原則は認められています」(川合氏)

育成者権を守るために法律で自家増殖を禁止しておきながら、実際には農家がやっても構わない。これってザル法ってことなのか? 農水省によると、「種苗法が設けられた1998年当時は自家増殖が農家の栽培実態としてよく行なわれていたので、禁止にできなかった」(食料産業局知的財産課)とのこと。つまり、農業保護のためにあえて認めてきたということらしい。

ところが法律制定から20年余りたった今、農水省はその「例外」を廃し、品種登録されている植物であれば、農家による自家増殖を原則禁止する方向に舵(かじ)を切った。

それはなぜなのか? 月刊誌『現代農業』(農文協)で今回の自家増殖禁止に関する記事を担当した山下快氏が解説する。

「日本が加盟するUPOV条約(植物の新品種の保護に関する国際条約)のためです。この条約に入っているEU各国では農家の自家増殖は原則禁止ですが、日本は国内の農業の実態に合わせて例外を設けてきた。それをほかの加盟国と合わせるために方針転換したのです。

昨年、農水省は省令で209種類の植物を自家増殖できないようにし、現在289種類が禁止リスト入りしています。この中にはトマト、ナス、スイカ、メロン、ダイコンといったメジャーな品目も入っています。今年も68種類を加える予定で段階的に自家増殖を原則禁止にするということです」

■品種育成の幅が広がらなくなる?

農家からは多くの反対の声が上がっているという。

「登録品種に限るとはいえ、今までごく普通に自家増殖ができていたものを次から次へと禁止にするというのは強引です。農家から反対の声が上がるのも当然でしょう。それに、自由なタネ採りが制限されれば、長期的に日本の農業や食に大きな影響を及ぼすことも考えられる。農家の皆さんは、それを心配しています」(山下氏)

実際、生産者からは反対の声が出ている。長野県松本市でトマト農園を営む石綿 薫氏(45歳)はこう話す。

「自家増殖ができなくなってすぐに影響があるとしたら、タネを使わずに挿し木でトマトを増やしている小規模な農家でしょう。それに長い目で見れば、全面禁止にすることで自家増殖はダメだという風潮が広がり、いずれは品種登録をしない作物は世に出せなくなるかもしれない。そうなったら、自分でタネ取りや品種改良をしていた農家はすべてのタネを種苗会社から買うことになるでしょう。

農家が個人で品種登録をする手もありますが、お金も時間もかかる。一方で、資金的に余裕のない中小の種苗会社は淘汰されるかもしれない。残るのは、国内外の大手種苗会社ということになりかねません」

トマトは挿し芽で増やすこともできる。自家増殖禁止は育成者権を守るのが目的だが、逆に育種が進まなくなるとの声も

茨城県那珂(なか)市で自然農法を行なう和知健一氏(48歳)も、長期的に見れば大きな影響が出ると心配するひとりだ。

「この先、自家増殖の禁止リストをどんどん増やし、やがてすべての作物に適用されると、茨城県内の農家にも大きな影響が出ます。例えば、タネイモから増やす『イモ』やツルから増やす『イチゴ』は自家増殖するのが普通です。それがダメだとなれば農家は大打撃です。

それにタネ採りは農家にとって作物の命をつなぐ大切な作業。自家増殖の習慣がなくなれば種苗会社から買ったタネが増え、昔からの在来種をタネから作ろうとする農家はいなくなるかもしれない。そうなれば、日本の農業文化も失われてしまいます」

また、前出の石綿氏が最も懸念するのが、今はリストに入っていないコメなどの穀物が禁止になることだ。

「今まで、自分たちでタネ取りをしていた農家は毎年タネを買わなきゃいけなくなる。するとタネの供給体制が追いつかなくなって、農協はコストや規模の面から海外メーカーにタネの増殖を委託するようになるかもしれない。知らぬ間に日本のコメのタネが海外で生産されていた、なんてことになってしまう」

こうした農家の懸念を国はどうとらえているのか。種苗法を管轄する、農水省食料産業局知的財産課に聞いた。

「自家増殖禁止は育成者権を国際基準に合わせることが目的で、今後すべての植物を対象にしていく方針です。とはいえ直ちに全面禁止ではありませんし、生産者への影響が大きいものをすぐには制限できません。それに育成者権が及ぶのは登録品種に限ったことなので、在来種や登録されていない品種なら今までどおり自家増殖はできます。

一方、品種登録をする人は企業だけでなく個人も多くいることから、自家増殖の禁止は農家を守ることにもなるのです」

登録品種以外なら影響はないし、個人で品種登録する人の権利が守られると農水省は説明する。それが日本の品種開発力のアップにつながるというわけだ。なるほど、確かにそれは一理ある。

しかし、そんな農水省の思惑に対して疑問の声も上がる。自然農法国際研究開発センターの石河信吾氏は語る。

「例えば、野菜では異なる親を交配させて新たな品種を作る『F1(一代雑種)』が多く利用されていて、農家が新品種を作ることもあります。それが自家増殖の禁止で、育成権者しか交配できないように規制されたら、これまでより品種育成の幅が広がらなくなります。これとこれをかけ合わせたらすごい改良品種が作れるかもしれないという実験ができなければ、タネの進化にもつながりません。

そのため、あまり自家増殖を縛るのは実は育種の面から良くないとも考えられるのです。農水省の狙いは育成者権を保護することですが、育種が進まなければ、結局はそれもできなくなります」

元農水大臣の山田正彦氏。農水省は「農民のタネ採りの権利を認める『食料・農業植物遺伝資源条約』を無視している。法治国家として許されない」と憤る

元農水大臣で弁護士の山田正彦氏もこう反論する。

「農水省は個人の育成者が多いと言いますが、品種登録している58%は企業で個人は27%です。残りは国や都道府県などです。品種登録には各費用を合わせると 100万円ぐらいかかります。個人農家には負担が重く、必然的に企業登録の比率が高くなる。自家増殖を禁止すれば、その傾向はさらに強まるでしょう」

JA水戸(水戸農業協同組合)の八木岡 努(やぎおか・つとむ)組合長も、次のように懸念している。

「種子法廃止で企業のタネを買わせる状況をつくり出し、自家増殖禁止でその流れを加速させようとしている。世界のタネの7割、農薬の8割は多国籍企業が作っています。このままではその流れが加速するだけです。

登録されていない品種なら自家増殖できるといっても、『自家増殖禁止』という言葉がひとり歩きすれば、農家はやりづらい雰囲気になる。また、タネが民間企業の手に渡れば、効率優先で品種を絞る方向に動きます。とても日本全体の品種開発力が上がるとは思えません」

■世界の流れに逆行。農協もダンマリの理由

実際、UPOV条約を結び、自家増殖を禁止している国々では、いくつもの問題が起きている。「日本の種子(たね)を守る会」でアドバイザーを務める印鑰智哉(いんやく・ともや)氏が解説する。

「世界の種子市場の約7割弱を握っているのはモンサントなど6社の多国籍企業ですが、南米ではそれらの企業の意向を受けた政府が自家増殖禁止を打ち出したとこ ろ、農民が激しく抵抗しています。また西アフリカのブルキナファソでは、モンサントが開発した遺伝子組み換え種子を使って綿花を栽培したところ品質が下がり、綿花業者がモンサントを訴えています」

そうした弊害を見越してか、今や先進国の農業の潮流は有機農業で、それに合わせてタネの流通にも寛容になっているという。

「EUでは多国籍企業が扱うタネ以外は売買できませんでしたが、有機農業に限って農家のタネが使えるようになりました。有機農業を増やすには多国籍企業が扱わないタネが必要だとの判断です。ですが日本は企業のタネや独占品種を守るような仕組みを作り、世界の流れに逆行しています」(印鑰氏)

それでも不思議なことに農協サイドから反対の声は出てこない。

「安倍首相が打ち出した農協改革で、今は全国農業協同組合中央会(JA全中)の廃止を含む組織整理の真っただ中。政府をヘタに刺激すれば組織自体を潰されてしまうと忖度が働き、物を言えないのです」(農協関係者)

前出の山田氏はこう話す。

「農水省はUPOV条約に沿って進めていると言いますが、日本が批准している『食料・農業植物遺伝資源条約』という国際条約では農民のタネ採りの権利が認められている。それを無視して、片方の条約に合わせて自家増殖禁止にすることは法治国家として許されない行為です」

その上で、農水省がこうした政策を打ち出す背景には、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定があるという。

「多国籍企業は『種子を制する者は世界を制する』として世界の農業市場を狙っていて、日本は格好のターゲット。政府はTPPで、外国企業の要望を取り入れると約束してしまった。それが長期的に日本の農業を衰退させる政策を生む要因になっているのです」(山田氏)

日本はTPPに署名し、発効は来年の予定だ。いまさら自由貿易の流れを押しとどめることは難しいだろう。しかし、農産物の品種開発力が上がらずタネも外資に握られて、食の安全は守れるのか? そう考えると今、タネの世界で何が起きているのかに無関心ではいられないはずだ。