アイルランド出身のジャーナリスト、デイヴィッド・マクニール氏は、沖縄県の翁長雄志知事と国の争いをどう見ていたか アイルランド出身のジャーナリスト、デイヴィッド・マクニール氏は、沖縄県の翁長雄志知事と国の争いをどう見ていたか

膵臓がんと闘病しながら公務を続けていた沖縄県の翁長雄志知事が8月8日、67歳で逝去した。「イデオロギーよりアイデンティティ」と訴え、保守・革新を超えた「オール沖縄」で基地負担軽減に全身全霊を傾けた翁長氏の闘いを、外国人ジャーナリストはどう見ていたのか?

「週プレ外国人記者クラブ」第125回は、アイルランド出身のジャーナリスト、デイヴィッド・マクニール氏に話を聞いた――。

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──2014年12月の沖縄県知事選で当選して以来、一貫して米軍普天間飛行場の辺野古移転に反対し、国と激しく対立してきた翁長さんの死をどのように受け止めていますか?

マクニール 大変に悲しく、残念に感じています。翁長さんとはこれまで取材を通じて3度ほど会ったことがあるのですが、鮮明に覚えているのは2014年の沖縄知事選で翁長さんが勝利したとき、現地で目にした地元、沖縄の人たちの喜びと希望に満ちた様子です。

もともと自民党出身の政治家で「保守」の立場である翁長さんが「辺野古移転反対」に転じ、保守・革新の区別なく、沖縄経済界の一部まで巻き込んだ「オール沖縄」という運動が彼を後押しする形で2014年の知事選を勝利しました。この勝利は、沖縄のみならず、日本にとっても画期的な出来事で、支持者たちはようやく彼らの希望を託せる、信頼できる政治家が現れたことを心から喜んでいるように見えました。

──2014年の知事選では、自民党所属だった那覇市議会議員も辺野古移設反対を訴えて翁長氏擁立を支持し、保守から共産党までが一体となった「オール沖縄」運動を巻き起こしました。

私は選挙の数ヵ月前、ある自民党所属那覇市議を取材しました。彼が「自分は保守の政治家で、自衛隊の存在も日米安保も必要だと信じているが、米軍基地の負担を沖縄だけが過剰に背負わされている現状や、米海兵隊の基地を将来にわたって固定化する辺野古新基地建設は認められない。自民党の意向がどうであろうと、そういう沖縄の民意に応えられないなら、地方政治家として自分たちの存在意義はない」と明言したことに新鮮な驚きを感じました。その後、翁長支持に回った議員たちは自民党から除名処分を受けてしまうのですが......。

マクニール その主張は極めて真っ当だと思いますし、地元の人たちの切実な願いに政治が正面から応えようとするのは民主主義の基本的で健全な在り方であると思います。「本当の民主主義」が機能したという意味でも、2014年の沖縄県知事選挙には大きな意味があったと思います。

地元の経済界も、建設業界以外にも観光業界などが辺野古移設反対を支持したことも大きかった。本土には「沖縄の経済は米軍基地と政府の補助がなければ成り立たない」と信じている人が多いのですが、それは事実ではない。むしろ、沖縄から米軍基地がなくなることが地元の経済にとって新たな成長と発展の可能性に繋がるというのが地元経済界の立場です。

──しかしその後、安倍政権はこうした動きを徹底的に潰しにかかりました。

マクニール 翁長知事が東京を訪れても、政府は無視して面会を断ったり、沖縄振興予算を大幅に削減したりと、あからさまな形で「罰」を与えてオール沖縄の分断と弱体化を図りました。

2015年に取材で辺野古を訪れたときには、現地で反対運動をしている人たちに対する、警察や海上保安庁の非常に暴力的な取り締まりを目の当たりにしました。当局が巧みなのは、彼らの暴力が絶妙に計算されているということです。反対派を萎縮させるために暴力的な手段を使いながらも、こうした衝突で死者や重傷者が出て反対運動が一気に燃え上がらないように、絶妙な暴力の加減を心得ている。非常に巧妙なやり口だと感じました。

一方で、個人的に少し残念だと感じるのは、知事に就任した翁長氏が2015年10月に「辺野古埋め立て承認取り消し」という具体的なアクションを起こすまでに、やや時間をかけすぎてしまったのではないかという点です。翁長氏としては保守層や地元経済界も巻き込んだ形での運動を維持するために、法的な手続きなどを慎重に検討したのだと思いますが、それが結果として安倍政権に対抗策を準備する時間的な余裕を与えてしまったという面は否めません。

振興予算の削減等で経済的な「罰」を与え、辺野古の現場では「計算された暴力」で反対派を萎縮させ、さらに「沖縄県を提訴する」という形で司法を通じて翁長氏の県政に対抗し、その間に国は着々と新基地建設の既成事実を重ねていきました。

さらに残念なのは、政府のこうした動きを本土のメディアや日本人がある意味、「傍観者」として眺めていた点です。沖縄の基地問題が理不尽であることは、本土の人たちも気づいているはずなのに、誰もそれを自分のこととして真剣に考えない。辺野古で取材をしている大手新聞の記者に話を聞くと「まぁ、確かに沖縄の人たちはかわいそうなんだけど......」と答えたりする。この「だけど......」の先には、「まぁ、どうしようもないよね」という本音が隠れているように感じました。

──9月には沖縄県知事選が行なわれます。この選挙の意味をどのように見ていますか?

マクニール 2年前の宜野湾市長選、そして今年1月の名護市長選でも自民・公明が支持する候補が勝利しており、オール沖縄は苦境に立たされていますが、今回は翁長さんの突然の死もあり、現時点で県知事選の行方を占うのは難しいと思います。ただ、これが沖縄の将来だけでなく、日本の民主主義にとっても非常に大きな意味を持つ選挙であることは間違いないでしょう。

これは私の想像ですが、翁長氏が死の直前に行なおうとしていた「辺野古埋め立て承認撤回」を行なわずに亡くなったのは、自分の死後に行なわれる県知事選で、この点を選挙戦の明確な争点にしようとする意図、戦略があったからではないかと思っています。

一方、自民・公明などの与党側は辺野古移転を推進するつもりでも、表面上は今年初めに行なわれた名護市長選同様、今回の知事選で「辺野古問題を争点としない」という戦略を取るでしょう。私が心配しているのは、仮に今回の知事選で反対派が敗北し、「政治的な解決」への希望が失われたとき、そのエネルギーが別の形、例えば「沖縄独立運動」のような民族的な論点に変化したり、政治的な解決に絶望した運動が過激化したりするのではないかという点です。

今から4年前、翁長知事を誕生させたのは、保守・革新といったイデオロギーを超えた「統合」と「政治的な解決」の可能性に賭ける沖縄の人たちの期待であり、それは本来、民主主義が持つ問題解決機能でもあったはずです。

そうした希望から生まれた運動を、さまざまな方法で分断し、力でねじ伏せようとしてきた政府が、今回の選挙でも勝利し、この先、辺野古埋め立てを強行し続けるなら、政治への期待は失望へと変わり、それは結果的に「沖縄と本土の深刻な分断」という悲劇的な方向へと向かってしまう可能性もある。そうした深刻な分断を招かないためにも、有権者が政治的手段による解決への期待を失わない結果になることを祈っています。

●デイヴィッド・マクニール
アイルランド出身。東京大学大学院に留学した後、2000年に再来日し、英紙「エコノミスト」や「インデペンデント」に寄稿している。著書に『雨ニモマケズ 外国人記者が伝えた東日本大震災』(えにし書房刊 ルーシー・バーミンガムとの共著)がある