9月20日に投開票される自民党総裁選は、安倍晋三首相と石破茂元幹事長の一騎打ちになる見込みだ。近年、"戦後最悪"と言われた日中関係が改善の流れにある中、中国のメディアは今回の総裁選をどう注目しているのか?
「週プレ外国人記者クラブ」第126回は、香港を拠点にする中国唯一の民間放送局「フェニックステレビ」東京支局長・李淼(リ・ミャオ)氏に話を聞いた──。
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──9月20日の自民党総裁によって事実上、日本の次期首相が決まるわけですが、安倍晋三現総裁の有利は動かないと見られています。中国では、この選挙をどのように注目していますか?
李 自民党総裁選は日本の内政問題であり、また、選挙と言っても自民党という政党内のことなので、中国国内でそれほど大きな注目を集めているわけではありません。それでも、選挙の結果について、日本ウォッチャーたちの間では「安倍現総裁の勝利だろう」という見方が大勢を占めています。これは、日本国内の見方と同じでしょう。
自民党は、昨年3月の党大会で総裁の任期に関する党則を改め、それまでの「連続2期まで。再々任を認めない」から、「連続3期(9年)まで」としました。これによって、安倍氏が9月の総裁選挙に出馬することが可能になり、勝利すれば首相としても2021年まで9年間という長期政権(2006~2007年の第1次安倍政権を除く)を築く可能性が高くなります。この可能性については、中国政府としても現在、注意を払って対応を考えている状況だと思います。
9年間という長期政権になるのなら、中国としても相応の付き合い方を考えなければならない、ということです。この「週プレ外国人記者クラブ」の過去のインタビューでも述べてきましたが、2012年に第2次安倍政権が誕生して以降、日中関係は"戦後最悪"と言っていいほどの冷えきった状態が続いていました。しかし、2017年9月に中国大使館が主催した国慶節のイベントに安倍首相が出席して以降は、少しずつではありますが"雪解けムード"が高まってきています。今年は安倍首相の訪中も実現しそうですし、また、中国の掲げる経済圏構想「一帯一路」への日本の協力も現実味を帯びてきています。
こういった状況で、中国国内では、日中関係が冷えきっていた当時にあった「安倍批判」もトーンダウンしてきています。どういった批判があったかというと、たとえば安倍首相の「戦後レジームからの脱却」という発言に対しては強い反発が湧き上がりました。また、尖閣諸島の領有権問題では、安倍首相を「法盲」(国際法を知らない)という強い言葉で批判したこともあります。
しかし、現在は雪解けムード。さらに、安倍首相が2021年までの長期政権を築くことになれば、中国としても好転し始めた日中関係をさらに強化・熟成していくために対応を考慮する必要に迫られるということです。
──総裁選挙で安倍氏の対抗馬となる石破茂元幹事長については、どう見ていますか?
李 中国の一般人レベルでは、石破氏の知名度はそれほど高くありません。たとえば、石破氏が防衛大臣(2007~2008年)を務めたことは知っていても、農水大臣(2008~2009年)や地方創生担当大臣(2015~2016年)など他のポストを務めたことまで知っている中国人は、一般人レベルではほとんどいないのが実状です。
私はフェニックステレビの取材で2008年、当時の石破防衛大臣に単独インタビューした経験があります。そのときの印象は、ひとことで言えば非常に論理的な人物。テレビの取材ですから、インタビューでの石破氏の発言はあとで編集することになりますが、ほとんど無駄な発言がなく、論旨を明確に話される方なので、インタビューをそのままオンエアしてもいいほどでした。また、記憶力が抜群に優れた人物であることも、印象深く記憶に残っています。
インタビューで私が質問したのは、まず「日本は中国を安全保障上の脅威と考えているか?」ということ。これに対する石破大臣の回答も論理的かつ理性的なものでした。「ある国を安全保障上の脅威と見なすのなら、ふたつの条件を満たしている必要がある。ひとつは、軍事面での実力。この点については、現在の中国は充分な軍事的実力を備えている。しかし、もうひとつの条件は、その国が侵略の意志を持っているかどうかで、この点について中国は当てはまらない。故に、中国は日本にとって安全保障上の脅威ではない」というのが石破防衛大臣の見解でした。
また、この年は中国で四川大地震が起きていて、日本国内でメディアが先走りする形で救援のために自衛隊機を中国に飛ばす案が持ち上がっていました。この点に関しても、石破大臣は「自衛隊機の機体には、中国の抗日戦を記憶している世代には暗い記憶を呼び起こす可能性もある日の丸が記されている。中国の国民感情を配慮すべきで、メディアが先走りして軽々に自衛隊機の派遣を論ずるべきではない」と理性的に述べていました。
──2008年といえば、ちょうど10年前ですね。
李 そうです。単独インタビューから10年後、今年8月10日に石破氏が総裁選への出馬を表明した会見も取材しました。このときも総裁選に立候補するにあたって掲げる外交政策、特に中国との関係について質問しましたが、回答は「中国の安定的な発展は日本にとって、また国際社会にとっても利益となるものだ」というもので、総裁選を戦う安倍氏との政策面での違いが明確になったかというと、ポジティブな印象は受けませんでした。
そういった石破氏の姿勢は、総裁選に向けてのスローガンを政策面で訴えかけるものではなく、「正直、公正」としたことにも表れているでしょう。石破氏には『政策至上主義』(新潮新書)という著書がありますが、それを読んでも彼が特徴的な政策理念を持っているとは感じられませんでした。また、これは日本の選挙を取材していて常に感じることですが、そもそも外交の政策や理念が争点となることが非常に稀です。石破氏も論理的にそれぞれの問題に対処できる反面、たとえば外交面などで大きなヴィジョンを描いて政策を推し進めていくタイプではないのかもしれません。
ただし、この8月10日の会見で、改めて石破氏に驚かされたことがひとつあります。それは、彼の瞬きする回数の少なさ。会見後に取材した映像を確認したのですが、最長で2分30秒も瞬きせずに一点を凝視して話していました。
──2012年の総裁選では決選投票で安倍氏に敗れたものの、1回目の投票では石破氏は安倍氏を上回る票を獲得しています。しかし、第2次安倍政権誕生後、自民党が国政選挙で圧勝を続けるようになると、自民党内で「安倍総裁なら選挙に勝てる」という意識が広がっていったように思います。
李 私は、今回の総裁選を巡って日本メディアの「○○派閥は××候補を支持」といった報道を見て、派閥政治が復活する気配を感じていたのですが、先述したように日本の政界では政策理念が争点となることは稀です。だとすれば、総裁選に向けて派閥単位で動いてはいても、かつてのように派閥間に政策面でのカラーの違いがあるわけではなく、国政選挙での勝利といった利益を念頭に動いているだけなのかもしれませんね。2009年に当時の民主党に政権与党の座を奪われ、3年以上にわたって野党を経験したことも、自民党が「選挙に強いリーダー」を総裁に求めるようになった要因のひとつだと思います。
そもそも、自民党は世界的に見ても驚きに値するほどの強力な集票組織と言えるでしょう。また、そこに自民党の存在価値があるのかもしれない。私も、かつて日本の選挙における自民党の圧倒的な強さを探るべくドキュメンタリー番組を制作したことがあります。中国は、今回の総裁選を「自民党は変わるのか?」という観点でも注目していますが、劇的な変化は期待できないのではないでしょうか。
●李淼(リ・ミャオ)
中国吉林省出身。1997年に来日し、慶應大学大学院に入学。故小島朋之教授のもとで国際関係論を学ぶ。07年にフェニックステレビの東京支局を立ち上げ支局長に就任。日本の情報、特に外交・安全保障の問題を中心に精力的な報道を続ける