人口減少にともなう慢性的人手不足が大きな課題となっている中、政府は2025年までに50万人超の外国人労働者の受け入れ増を見込んでいる。これは「移民政策ではない」としているが、日本にはすでに100万人超の外国人が働いている。今後さらに受け入れを拡大していくにあたり、必要なことは何なのか?
「週プレ外国人記者クラブ」第127回は、"移民大国"ドイツ出身のコラムニスト、サンドラ・ヘフェリン氏に聞いた──。
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──ドイツは戦後、積極的に国外の労働者を受け入れたものの、さまざま問題が生じたため、一転して抑制に舵を切った歴史があります。どのような経緯があったのでしょう?
サンドラ ドイツは、第2次世界大戦で軍民合わせれば最大で900万人とも言われる戦死者を出しました。これは同じ敗戦国である日本と比べても、約3倍の数字です。そのため、戦後に経済が復興する過程で、深刻な労働力不足に直面しました。そこで1961年、当時の西ドイツ政府は主にトルコからの労働者を積極的に受け入れる政策を打ち出します。
現在、ドイツの人口は約8200万人で、その内、約300万人が「トルコ系」。彼らの大半はこの時代にドイツにやって来た当時の移民とその子孫たちです。ドイツ政府は当初、トルコからやって来る労働者たちを「ガスト・アルバイター(お客さん労働者)」と呼んでいました。つまり、一時的な出稼ぎと位置づけていたのです。そして当時はトルコ人自身も、何年かドイツで働いたら母国のトルコへ帰国しようと考えている人が多かったのですが、結果的に彼らの多くはそのままドイツに定住しました。
この移民受け入れ政策は1973年に中止されますが、すでにドイツに住んでいたトルコ系労働者が祖国から家族を呼び寄せることは認められたので、それ以降も多くのトルコ人がドイツ国内に移住することとなりました。
では、なぜ移民受け入れ政策を1973年に中止したのか。当然、労働力不足という問題が一定程度解消されたということもあったでしょう。しかし、それと同時に「文化の摩擦」という問題があったのです。
──たとえば、どういった問題が生じたのですか?
サンドラ トルコからの移民の大半は、イスラム教徒です。そして、ドイツはキリスト教文化圏。やはり宗教の違いから来る、文化的な摩擦・衝突が大きかったと思います。特に、移民の第2世代以降が小学校などに通うようになると、多くの場面で宗教・文化の違いが問題となりました。
たとえば、ドイツの小学校でも「水泳の授業」があります。一部の厳格なイスラム教徒の親からすれば、自分の娘が男子生徒もいる中で水着姿になるというのは宗教的倫理に反することです。そのため、水泳の授業に娘を参加させたくない親側と、水泳の授業は必須としているドイツの学校側の間で数多くの摩擦や対立が見られました。水泳の授業の問題はドイツに限らず、ヨーロッパのさまざまな国で問題になっていましたが、昨年2017年1月には欧州人権裁判所が「イスラム教の女児も水泳の授業への参加は義務」だとして、宗教を理由に女児が水泳の授業を欠席することは認めない判断を下しました。
それからドイツの小学校などの「修学旅行」も、トルコ系移民などイスラム教徒の女児がいる一部の家庭にとっては大きな問題です。女児が小学生であっても、厳格なイスラム教徒からすると、女性がいわば「外泊」をするというのは、考えられないことだからです。しかも、男子児童も一緒ですから、ますますもって許せない!となるわけです。
──なかなか根が深い問題ですね。
サンドラ こうした学校での宗教的・文化的な衝突は、1960年代の移民受け入れ政策から50年以上が経過し、移民の第4世代が誕生するようになった現在でも問題となることがあります。たとえば最近はイスラム系移民の子孫である女性がドイツの公立学校の教師となるケースも増えてきましたが、その女性教師が学校という公の場でスカーフやヒジャブ(イスラム教徒の女性が用いる、頭髪や顔を覆うためのヴェール)で髪を覆うことを認めるか、否か。
ドイツでも日本と同じように基本的には政教分離の原則があり、公立学校の教師という立場であれば、宗教色を過剰にアピールすることは好ましくないとされています。一方で信仰の自由は、ドイツの基本法(憲法)で認められている。そのため、この問題に関する規定は、ドイツ国内でも州によって判断が分かれています。
こういった問題は、ドイツ国内のイスラム系市民の間でも見解に相違が生じることが少なくありません。そもそも、政教分離の世俗主義であるトルコでは、長年、女性の公務員などが公の場でスカーフを着用することは禁止されていましたが、宗教的に保守化を進める現在のエルドアン政権では、それが認められるようになってきています。
また、ドイツにはトルコ系だけでなく、より厳格なイスラム圏からの移民も増えました。ドイツのムスリム中央評議会は、イスラム教の人々に対して、1日に5回行なう祈りの時間を1回にまとめてもいいなど、ドイツ社会への柔軟な適応を呼びかけていますが、それでもドイツで起きているさまざまな文化の衝突について、ドイツ社会の中で「そもそもイスラム系の移民をこんなに大量に受け入れていなければ起こり得なかった問題だ」という声があるのもまた事実です。
──そういった文化的な背景が刑事事件のようなケースに発展することはありますか?
サンドラ あります。いちばん顕著な例は「名誉殺人」でしょう。どういうものかというと、イスラム系移民の家庭に生まれた女性が、クリスチャンである一般的なドイツ人男性と婚前交渉をしたと思われる場合などに、その女性の家族、たとえば父親や兄が「家族の名誉を傷つけた」という理由で女性を殺害してしまうのです。もちろん名誉殺人のような事件は極端なケースではあるのですが、ドイツを含むヨーロッパでは定期的にこの手の事件が起きているのもまた事実なのです。
「結婚」に関しては、イスラム圏では、全員ではありませんが、親が子供の結婚相手を決めることは珍しいことではないようです。日本の憲法で「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し......」と定められているように、ドイツの基本法でも親が子供の結婚について決定権を持つことは許されていません。そのため、トルコ系移民の親が、祖国の親戚と自分の娘の結婚を決めてしまい、それに同意しない娘がドイツの裁判で親と争うというケースもあります。
──ドイツ国内で社会的に成功しているトルコ系移民はいますか?
サンドラ ドイツ社会のほぼすべての分野で多くの才能が活躍の場を得ています。私も大好きなオススメの映画で『おじいちゃんの里帰り』という作品があります。ドイツのトルコ系移民1世のおじいちゃんが主人公ですが、監督のヤセミン・サムデレリ自身もトルコ系移民の2世です。ほかにも女優、テレビ番組のキャスター、そしてドイツの連邦議会議員にもトルコ系移民の子孫たちが数多く進出して、活躍しています。
そうして社会的成功を収めたトルコ系ドイツ人で、最近、特に注目を集めたのは、サッカーのメスト・エジル選手です。ドイツ代表の背番号10を背負い、攻撃の全権を担う司令塔でしたが、今年のワールドカップ直後にドイツ代表からの引退を宣言しました。
まだ20代ですから引退は早過ぎると誰もが思うのですが、彼の引退宣言はドイツにおける移民問題を象徴するものでもありました。まず、ワールドカップの開幕直前、ドイツでは「独裁者」との見方をされているトルコのエルドアン大統領とエジル選手が一緒に映った写真が公表されました。このことだけでも一部から彼を非難する声が上がったのですが、ワールドカップでドイツは史上初となるグループリーグ敗退。すると、この責任をエジル選手に負わせる声が一部で上がったのです。
結局、エジル選手は「僕は、勝てばドイツ人、負ければ移民」という言葉を残して、ドイツ代表チームとの訣別を宣言しました。彼の言葉は、移民を受け入れ、同じ社会の一員として生活することの難しさを象徴しているように思えます。
日本でも移民受け入れが議論され始めていますが、移民が単なる労働力ではなく自国民と同じ人間であることを忘れてはならないと思います。その移民が日本国内で病気になったら、あるいは子供を持ったら、祖国から家族を呼び寄せたら、受け入れ国としてどのようなサポートをするべきか。そういった社会的コストが発生しても、移民を受け入れる決断をするのなら、相応の覚悟が必要になるでしょう。
●サンドラ・ヘフェリン
1975年生まれ。ドイツ・ミュンヘン出身。日本歴20年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから「ハーフとバイリンガル問題」「ハーフといじめ問題」など「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』、共著に『ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ』『爆笑! クールジャパン』『満員電車は観光地!?』『「小顔」ってニホンではホメ言葉なんだ!?』『男の価値は年収より「お尻」!? ドイツ人のびっくり恋愛事情』など