国会は一強多弱で政権交代の気配すらなく、間近に迫った自民党総裁選も盛り上がらず......。この絶望的な「選択肢のなさ」の原因を追求する本シリーズ。

第1回の「安倍首相に一騎打ちを挑む、石破 茂議員と元・経産官僚の古賀茂明氏が激論」に続き、第2回は「小選挙区制度」に焦点を当てる。「小選挙区制度」が「安倍一択」を固定化する"魔物"だった!

■一強体制の弊害は自民党内にも

「深くおわび申し上げる」

8月28日午前、官邸での定例会見で、菅義偉(すが・よしひで)官房長官は深々と頭を下げた。その理由は、中央省庁による障害者雇用の水増し問題の発覚。水増し数は27の機関で計3460人にもなるという。

ところが、菅長官は神妙に陳謝する一方で、サラリとこう言った。

「(弁護士など第三者が加わる)検証チームでしっかり検証し、チェック機能の強化など、再発防止策をとりまとめたい」

この発言に政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏が噛みつく。

「これこそが安倍一強の弊害を象徴するシーンです。障害者雇用の水増しは、行政機関による悪質な犯罪行為。本来なら政府任せにせず、行政のチェック役である国会がすぐにでも決議して閉会中審査を行ない、真相究明に乗り出すべきです。

ところが、肝心の自民党にその気がない。なぜかというと、もし閉会中審査をやれば、行政のトップである安倍首相の責任を追及することになるからです。"一強"の前に国会がすくみ、民主主義の根幹である三権分立が崩れてしまっているんです」

ここ最近、衆参両院では小泉進次郎衆院議員らによる国会改革の動きも表面化しているが、そうした声が与党内に大きく広がっていきそうな気配はまだない。政治ジャーナリストの川村晃司氏もこう指摘する。

「最近では『取材はオフレコが条件』という自民党議員が増えました。オフレコの席では首相批判がしばしば飛び出るんです。9月の総裁選についても、『首相は逃げずに、対立候補の石破(いしば)茂さんと公開討論会を開くべき』という自民党議員は少なくありません。

ただ、そうした批判が表に出ることはない。身内である自民党議員ですら"一強"を恐れ、発言を自制するようになってしまったからです。そして、"多弱"と化した野党の批判に首相が耳を傾ける様子もない。これでは民主主義は機能しません」

もちろん、この一強体制は安倍政権が選挙に勝ち続けることで築かれたもの。だが、その弊害は今や無視できないレベルに達している。この現状をもたらした大きな原因のひとつが、衆議院選挙の小選挙区制だと指摘する声は多い。

■小選挙区制の魔力を使いこなした小泉政権

日本に小選挙区制度が導入されたのは、非自民の細川護熙(もりひろ)連立政権時代の1994年。それまで最大5人の当選定員枠があった中選挙区制を廃し、小選挙区比例代表並立制とする政治制度改革が行なわれたのだ。

自社55年体制の下、衆院選はずっと中選挙区制で行なわれてきたが、90年前後から保革双方で小政 党が乱立し政界は機能不全に。そこで94年、小選挙区制が導入された

そこで期待されたのは、「政権交代可能な二大政党制」という政治システムだった。前出の鈴木氏が解説する。

「ひとつの選挙区から複数の当選者が出る中選挙区制は、少数派の投票が死票になりづらく、中小政党もそれなりの議席を獲得できるというメリットがあります。その一方で、多党の連立政権になりやすく、各党がさまざまな政策を主張することで政治が停滞し、時代の変化に合わせたスピーディーな政策が実行できないというデメリットもありました」

それに加えて、当時は金権選挙、派閥政治の弊害が問題視されていた。中選挙区では、資金力のある複数の保守候補が派閥を背景にカネをばらまいて競り合うケースが多々あり、それが政治不信の一因になっていたからだ。

「そこで当時の細川政権は、選挙区ごとにひとりしか当選できない小選挙区制の導入による二大政党制を実現し、政権交代を繰り返すことで政治を前に進めようとしたんです。公認権を持つ党執行部にパワーがシフトすることで、自民党内で権勢を振るっていた派閥が弱体化するという期待もありました」(鈴木氏)

実際、小選挙区制の導入後は自民、民主による二大政党化が次第に進んだ。選挙区でひとりしか当選できない以上、多くの候補者は与党か野党第一党からの出馬を目指すため、自然と多くの小政党は淘汰(とうた)されたのだ。

ただ、小選挙区制にはもうひとつ大きな特徴がある。たとえ得票率が51対49の僅差であっても、それぞれの選挙区で勝てば第一党が議席を総取りできるという点だ。

その利点を最大限に生かしたのが、2000年代に5年半の長期政権を築いた小泉純一郎首相だった。

「実は、90年代初頭に政治制度改革の議論が持ち上がった当時、小泉さんは『独裁者を生む』として小選挙区制には大反対でした。ところが、何度か選挙を体験するうちに、第一党の政権与党こそ有利な戦いができるといううまみに気づいたんです。

戦い方次第では選挙区で得票率以上の議席を獲得でき、そうなれば比例代表の敗者復活でさらに多くの議席を上積みできる。結果的に総得票数で他党の合計を下回っても、第一党が圧勝できる。その象徴が、05年の郵政解散選挙です。『自民党をぶっ壊す』と宣言して有権者の注目を集め、前回総選挙時(237議席)を大幅に上回る296議席を獲得した選挙結果は衝撃でした」(前出・川村氏)

このとき、小泉氏は郵政民営化に反対した政治家に公認を出さないばかりか、その選挙区に"刺客"を立て、落選させるという手荒な手法をとった。議員の生殺与奪権の一極集中──これが小選挙区制における党トップの強さであり、"党内統制"の力の源泉なのだ(後に安倍首相もこのパワーを発揮し、党内も"一強"となっていく)。

ただ、逆に言えばこの選挙制度は、落ち目となった政党にはどこまでも冷たい。小泉内閣の後、自民党は支持を徐々に失い、09年の総選挙では民主党が113議席から308議席に大躍進。歴史的な政権交代が実現したのだった。

■現行の小選挙区制が一強多弱を固定化?

この時点までは、「二大政党」と「政権交代実現」という小選挙区導入の狙いは成功していたといえる。民主党政権が問題なく政権を運営し、引き続き自民党と切磋琢磨(せっさたくま)していける状況が続けばよかったのかもしれない。

ただ、実際にはその後、民主党政権は迷走し、あえなく自壊。12年の衆院選で、捲土重来(けんどちょうらい)を期す安倍総裁率いる自民党が大勝して政権を再奪取すると、続く14年、17年の選挙でも圧勝を収めた。一方、野党は自民に対抗する第二極を形成することすらできず、気がつけば民主党(後に民進党)は瓦解。一強多弱が常態化してしまった。

その結果、ここ数回の総選挙では、自民党は40%台の得票率で6割以上の議席数を獲得している。本来は二大政党を育てるはずの小選挙区制度が、強い党をより強く、弱い党をより弱くしてしまっているわけだ。

選挙制度に詳しい香川大学の堤英敬教授が言う。

「小選挙区制は二大政党がしっかりと存在し、政策を競い合うことが大前提。ところが、今の日本政治はふたつの健全な政治勢力が真正面からぶつかる構図になっていない。『小選挙区制にウエイトと置いた制度になっても、必ずしも二大政党になるとは限らない』という分析は以前からあったものの、ここまでの一強多弱は予測を超えています」

もちろん、その直接的な責任はふがいない野党にある。しかし、小選挙区制には構造上、有権者の投票行動を「一強多弱の固定」へと促す面もあると、拓殖大学の岡田陽介助教は説明する。

「小選挙区制における有権者の投票行動には、『勝てそうな候補に投票する』『特定政党の大勝を防ぐために、わざと対抗する党の候補に投票する』などの傾向が見られますが、一番問題なのは『棄権』です。どうせ結果は変わらないからと考え、投票所に行くのをやめてしまう。それで一強がどんどん固定化していくわけです」

多くの浮動票が棄権へと向かえば、組織の強い自民・公明はより有利になる。前出の鈴木氏が言う。

「政権交代を実現するための小選挙区制が、ここ6年間は逆に、安倍政権を固定する制度になってしまっている。なんとも皮肉なことです」

■「順位付き投票」や「連記制」のメリット

「4割の得票率で6割以上の議席を獲得できる」という極端さと、死票の多さを改善する処方箋はないのか?

もちろん、理論上はすべて比例代表制にすれば死票はゼロになる。しかし、国会議員が各地方の代表である以上、それは現実的ではない。

また、以前から「いっそ中選挙区制に戻すべきだ」との声もある。しかし、それで金権選挙や派閥政治が息を吹き返すのでは元の木阿弥(もくあみ)だし、有権者にわかりやすい選択肢が示されるという小選挙区制のメリットも失われてしまう。

前出の岡田助教もこう言う。

「いきなり中選挙区制に戻すというのでは改革をした意味がない。小選挙区制を維持したまま、少しでも一強多弱現象を解消する解決策を探ることがベターなはずです」

一例として、オーストラリアの下院選などで実施されている「順位付き投票制」を提案するのは前出の堤教授だ。

「小選挙区に候補者が5人いたら、当選させたい順に1位から5位まで、全員に順位をつけるというものです。

まずは1位票の数をそのまま得票数とし、過半数の1位票を獲得した候補がいれば、そこで当選となります。ただ、誰も過半数に達しない場合、最下位の候補が脱落し、その最下位候補に1位票を投じた有権者の2位票が、それぞれの候補に上乗せされます。

そこで過半数に達した候補がいれば当選、いなければその時点で最下位の候補がまた脱落......と、当選者が確定するまで同じ作業を繰り返すんです」

つまり、1位票ではトップになれなくとも、競り合っていれば2位票数、3位票数の差で逆転できる可能性を秘めた制度ということだ。

「こうした制度では、野党が割れて票が分散しても、与党が漁夫の利を得ることはできません。野党間で候補者を一本化しなくても、事実上の野党共闘が実現すると見ることもできます。結果として、今の日本のようなアンバランスはなくなると考えられます」(堤教授)

また、どうしても中選挙区制の要素を入れたいなら、「連記制」という手もある。

「例えば、3人区くらいの中選挙区をつくり、有権者がふたりの候補者に1票ずつ投票するというような方法です(この場合は3人区2票制)。メリットは、政党のまとまりが維持されやすいこと。有権者が1票しか投票できないと、同じ政党の候補者であってもその票をめぐって競争になりますが、2票を投じられるのであれば、そうした競争は弱まります」(堤教授)

さらに、世代間格差の問題を重視するなら、「余命別」に票数を割り振るというトリッキーなアイデアも。

「例えば、30代は3票、50代は2票、70代は1票というように、有権者の余命に応じて投票権にウエイトをかける仕組みです。これについては賛否両論あるでしょうし、恒常的に取り入れるべきものではありません。

ただ、今の日本のように高齢者の人口比率が高く、高齢者の医療費や年金などの支出を将来の世代のために抑えようという議論ができない状況では、若い世代の声をより大きく政治に反映するという意味でありうる議論かもしれません」(堤教授)

さまざまな制度の例を見ると、「安倍一択」という現状は盤石ではなく、今の選挙制度に大きく依存しているとわかる。それが決して健全ではないとすれば、改善の処方箋を議論する価値はありそうだ。