『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、トルコの通貨危機を引き起こしたトランプ大統領の思惑について推察する。

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トルコリラの急落が世界金融に大打撃を与えています。トルコ向け債権に対する懸念が高まるなか、トランプ米大統領が「トルコから輸入する鉄鋼とアルミニウムにそれぞれ50%、20%の追加関税を課す」とツイートしたことに市場が反応した形ですが、なぜトランプはもともと脆弱(ぜいじゃく)なトルコ経済にトドメを刺すようなことをしたのでしょうか? 

そもそも両国の関係悪化は、2016年のクーデター未遂事件に関連して、トルコ当局が同国在住の米国人牧師の身柄を拘束したことに端を発します。米キリスト教福音派の間では「不当に拘束されている牧師を救え」との声が高まっており、トランプにとって今秋の中間選挙対策の意味でも最優先課題のひとつでした。

ただ、鉄鋼とアルミニウムの関税を2倍にするという制裁は、たったひとりの牧師の拘束に対する"単なるパフォーマンス"と見るには重すぎて釣り合いません。本気のトルコ潰(つぶ)しともとれるこの制裁の裏で、どんな思惑が働いているのか――それを考えてみることが本稿の主眼です。

トルコのエルドアン大統領は今回の通貨急落について「世界経済の陰謀だ」と反発し、自国民に保有する金やドルをリラに替えるよう呼びかけるなど、経済ナショナリズムで対抗しようとしています。

NATO(北大西洋条約機構)脱退をチラつかせればどうせ欧米諸国もひるむだろうと高をくくっていたところ、トランプの「抜けたければ抜けろ」とでもいうべき強硬な姿勢に焦っているのでしょう。

どうにかこの金融危機を乗り越えなければいけないが、いまさら金利を上げてインフレ抑止策をとれば「アメリカに屈した」と見られてしまうし、IMF(国際通貨基金)の力を借りれば緊縮財政を強いられてしまう――反米とバラまきで人気取りをしてきたエルドアンには、打てる手はあまり残っていません。

すでにエルドアン自身も示唆していますが、今後トルコは中国やロシアに身を寄せ、経済的な後ろ盾とする可能性が高い。それと並行して、引き続きNATO脱退をチラつかせつつ、国内に350万人いるシリア難民を流出させるぞと脅して、欧州から支援を得ようとするでしょう。

難民流入という"危機"が再燃すれば、欧州諸国の親ロシア的な反移民ポピュリスト政党は間違いなく勢いづき、その結果、EUはジリジリと解体へと向かうことになるはずです。

問題は、なぜトランプがそのトリガーを引いたかです。ここからは僕の想像込みになりますが、これは以前に紹介したトランプ政権の元大統領首席戦略官、スティーブ・バノンの世界観に見事に合致します。

EU解体、グローバリズムの崩壊、そして新しい世界秩序の構築。トランプは今も"Bannonism(バノニズム)"をなぞっていると指摘されますが、今回の動きもその流れに沿うものでした。

7月に公開されたインタビュー記事で、バノンは「中国、イラン、そしてトルコ」を悪の枢軸であると非難していました。読んだ当初は、どうしてトルコをわざわざ名指しで......と不思議に感じたのですが、その直後に起きたトルコリラ急落は何かを暗示しているのかもしれません。

トランプはトルコをスケープゴートにして、世界秩序を書き換えようとしている―考えすぎならいいのですが、果たしてどうなるでしょうか?

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(朝日放送)、『報道ランナー』(関西テレビ)などレギュラー多数。2年半におよぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!