来月の中間選挙を前に、少しでもアメリカ国民への宣伝材料をつくりたいトランプ大統領。各国に「為替条項」を押しつけているのもその一環か

大幅な円高が進むことになるかもしれない。アメリカのムニューシン財務長官が、交渉中の「TAG」(日米物品貿易協定)で日本側に円安誘導を制限する「為替条項」の導入を求めることを明らかにしたためだ。

エコノミストで甲南大学講師の金 俊行(キム・ジュネン)氏がこう指摘する。

「為替条項そのものは、アメリカがカナダやメキシコ、韓国などと合意した内容を見ても具体性に乏しく、それによってドル円のレートをコントロールできるかどうかは極めて不透明です。

ただ、為替条項がもたらす"脅しの効果"は見逃せません。トランプ政権が『日銀の金融緩和策は円安誘導政策だ』と是正要求をするだけでも、市場が円高ドル安に振れることはありえます」

実際、市場は敏感に反応している。10月13日にムニューシン長官の発言が報じられると、円高が進んで輸出関連企業の利益が減るとの警戒感から日本株が売られ、日経平均株価が前週末比で423円も下落してしまったのだ。

このままドル安円高が進むと、日本経済はどうなるのか?「アベノミクスが沈没しかねない」と警告するのは、経済ジャーナリストの須田慎一郎氏だ。

「トヨタが2期ぶりに最高益を更新するなど、日本企業の増収増益が続いていますが、それはアベノミクスの金融緩和がもたらしたものにすぎない。日銀がジャブジャブと市場に円を供給することで円安が進み、自動車、電機、機械などの輸出関連企業の業績が上向いただけのことなんです。

為替条項を盾にアメリカが日銀の金融緩和策に干渉してくれば、その好循環がストップするでしょう。そうなれば、日本経済はあっという間に悪化します」

民間企業のダメージは事業収益面だけではなく、資産運用面にも及ぶ。前出の金氏が言う。

「ゼロ金利に誘導されている日本と違い、アメリカの長期金利は3.3%水準です。だから、日銀に日本国債を吸い上げられた日本の金融機関の多くは、米国債を買って運用しています。仮に円高ドル安が進めば、当然、多額の含み損を抱えることになります」

さらに、国のサイフにも赤信号がともりかねない。前出の須田氏が続ける。

「日銀が異次元の金融緩和をやめれば、長期金利は上がる。そうなれば、国債の利払いが増えて国家財政が痛む。企業収益の悪化で税収も下がるので、政府にとっては二重の痛手となります」

いったい、為替条項でどのくらい円高が進むのか?

「1ドル100円くらいになっても驚きません。ただ、その水準なら日本企業はまだ耐えられると思います。問題は市場が過剰反応して想定以上に円高が進み、90円台に突入したときです。体力のない企業は業績不振で倒産の危機に直面することになるでしょう」(須田氏)

これまで日本経済を支えてきたアベノミクスに、最大の危機が訪れようとしている。