『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、新しい日米貿易協定が日本経済に与えるダメージについて指摘する。

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本誌43号(10月6日発売)のコラムで「TAG」(日米物品貿易協定)という用語は、事実上の日米2国間FTA交渉入りをトランプ大統領にねじ込まれた安倍首相の失態を隠すため、日本政府がひねり出した「ごまかしワード」だと指摘した。

この日米通商交渉がどれだけ日本の国益を損なうものになるのか、あらためて解説したい。

首相はこの交渉で、日本が農林水産品の関税をTPPやEPAで約束した水準以下に下げることはないとトランプ大統領と合意した、と自画自賛している。

だが、そもそもTPPの合意は農林水産品の関税だけではなく、さまざまな物品の関税とセットで合意された。例えば、日本が米国産牛肉の関税を引き下げる代わりに、アメリカも日本車などの輸入関税を下げるという譲歩を受け入れている。

ところが、「TAG」では、そうしたアメリカの譲歩はゼロのまま、交渉前から日本が一方的にTPP並みの関税引き下げを受け入れる形になっている。

それどころか、自動車については「交渉結果が米自動車産業の製造および雇用の増加を目指すものであること」との一文すら盛り込まれてしまった。これではトランプ政権から、日本車の対米輸出をセーブし、国内の生産工場をアメリカに移転しろと迫られてもむげには断れない。パッケージで考えると、最初から日本が過剰な譲歩をすることが決まっているのだ。

トランプ大統領がぶち上げる日本車への最大25%の追加関税についても、首相は「交渉中は追加関税の発動はないとアメリカ側に約束させた」という。だが、これもごまかしだ。

合意文には米自動車産業の生産増加台数がいくらなのか、明確な数値目標は入っていない。もし、アメリカ側が「最低でも100万台は増やしてほしい」と、とんでもない要求を吹っかけてきたらどうなるか? 

日本側が要求は不当と拒否すれば、トランプ政権は「交渉は不調に終わった」と宣言できる。そうなれば、25%関税の発動も自由だ。「交渉中の追加関税なし」という日米間の約束はないも同然なのだ。

しかもアメリカ側はこの交渉で、為替介入をはじめとした競争的な通貨切り下げを防ぐ「為替条項」を要求すると公言している。「為替条項」はすでにカナダ、メキシコ、韓国などがトランプ政権の圧力によって合意に追い込まれた。

日本は中国、メキシコに次ぐ世界3位の対米貿易黒字国である上に、米国自動車業界には、日本の自動車業界が、円安で競争上有利になっているという強い不満がある。

厄介なのはトランプ政権が日銀の金融緩和策を円安誘導政策だとして是正を求めてくる可能性が高いことだ。そうなれば、市場は敏感に反応し、それだけで、一気に円高が進んで株は暴落するだろう。

中身のないアベノミクスの中で、唯一の切り札ともいうべき金融緩和による円安政策を封じられれば、日本経済の先行きは真っ暗となる。

アメリカは日本が中国と新たな貿易協定を結ぶ際に、アメリカの承認が必要との一項も合意に盛り込む意向も見せているという。まるで日本は属国扱いだ。

安倍首相は、「日米同盟の絆は強化された」と言うが、むしろ、「アメリカは本当に同盟国といえるのか」ということを真剣に考え直すべき時が来ているのではないだろうか。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。近著は『国家の共謀』(角川新書)。ウェブサイト『Synapse』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中