11月6日、トランプ政権の2年間に国民が審判を下すアメリカ中間選挙が行なわれる。2016年大統領選挙へのロシア介入疑惑をはじめ、数々のスキャンダルにまみれるトランプ大統領。所属政党の共和党は下院で負けるという予測もあるが、注目すべきポイントは何か?
「週プレ外国人記者クラブ」第131回は、『フォーブス』誌などに寄稿する米国人ジャーナリスト、ジェームズ・シムズ氏に聞いた──。
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──そもそも中間選挙とはどのような意味を持つのですか?
シムズ 4年間という大統領の任期の中間で行なわれる選挙なので、「大統領に対する有権者の審判」という意味を持っています。下院の全435議席、上院では3分の1にあたる35議席が改選となりますが、同時に一部の州議会と州知事選挙も行なわれます。従来、中間選挙では上院と下院の連邦議会選挙が注目され、州議会の選挙は全国的な関心を集めることは少ないのですが、近年の中間選挙では州議会・州知事の選挙も大きな意味を持つと私は考えています。
──なぜですか?
シムズ 近年の中間選挙で、大統領の所属政党が議席数を大きく減らした例としては、オバマ前大統領時代の2010、2014年の選挙が挙げられます。オバマ前大統領の所属政党である民主党が下院で過半数に届かず、"ねじれ議会"となった結果、大統領が法案を可決できず、現存する法律の解釈や大統領令で政策を実行するケースが多発し、共和党が支配している州の政府がそれに反発して連邦政府を相手に訴訟を起こす事態に発展することが多く見られたのです。
現時点の下院議席数は、共和党が過半数を超える235議席を占めていますが、中間選挙の結果、民主党が過半数をおさえる可能性が高いでしょう。つまり、トランプ大統領も"ねじれ議会"に直面して、オバマ時代と同様に政策を実行できないケースが出てくる。そうした際に、州政府が連邦政府を訴えるかどうかは、州議会や州知事をどちらの政党がおさえているかで大きく左右されるのです。
──下院は民主党が過半数を獲り、"ねじれ議会"になる可能性あり、と。上院はどうでしょうか?
シムズ 上院は共和党が過半数を維持すると思いますが、問題視すべきは、下院の選挙区割りです。現在の下院の選挙区割りは共和党に有利な形に設計されています。連邦下院選挙の選挙区割りは、10年ごとの国勢調査の結果を受けて主に州議会と知事の決定で調整・変更されます。現在の選挙区は2010年の国勢調査結果に基づくものです。前述した2010年の中間選挙で民主党が敗北して以降、民主党が勢力を回復することはなく、現在では米国の約3分の2の州が共和党の知事を立てています。そのかなりの州では共和党に有利に区割りが決められたのです。
従来から民主党の支持層は、中間選挙では投票率が下がる傾向がありますが、やはり選挙区割りは獲得議席数という選挙の結果に大きな影響を及ぼします。日本で2017年に行なわれた衆院選でも、自民党の得票率は48%に過ぎませんでしたが、議席数で見れば衆議院の75%を占める結果となっています。これも、現在の小選挙区制が自民党に有利に働いたからだと言えるでしょう。
現在の共和党に有利な選挙区割りも、民主的な手続きを経て決められたものですが、民主党に不利な制度であることは間違いありません。そして選挙は本来、公平な条件で行なわれるべきものなので、裁判で負けている例もあります。それと同時に大きな問題は、現在の共和党政権が民主党の支持層を投票に行きにくくしたり、場合によっては投票権利を凍結するような工作を進めている点です。これは、看過できません。民主主義に対する重大な破壊行為と言ってもいいでしょう。
──どういうことですか?
シムズ 民主党の支持層とは、黒人などの人種的マイノリティであったり、要は民主党的な"充実したセーフェティネット"による福祉政策及び公民権の尊重等を求める人たちです。具体的な例を挙げると、カンザス州のドッジシティは住民の約6割をヒスパニック系が占めていますが、なんと人口約2万7000人の町に、投票所がひとつしかない上、最近それを町の外に移しました。これは民主党寄りのヒスパニックが投票できないようにしていると批判されても仕方ない。
また、ネイティブ・アメリカンの中に「住所不定だから」という理由で彼らの投票権を奪うようなことも平気で行なわれています。彼らはもともと一種の隔離政策で白人開拓者が求めない土地に強制的に移動させられた。そこは、そもそも住所も定められていないような荒れた土地なのです。また、ジョージア州でも5万3000人の有権者登録が一時凍結されましたが、この内の約7割は黒人でした。
こういった施政は、表向きは「不正投票を防ぐこと」を目的に掲げていますが、米国内では"A solution in search of a problem."(解決策が問題を探している)という言い方で批判されています。つまり、「不正投票を防ぐため」と言いながら、その問題を解決するために行なわれているのではない。彼らに投票させないことが目的であって、不正投票防止は後付けの理由に過ぎないのです。
──下院を民主党がおさえて"ねじれ議会"となった場合、すでに数々の疑惑を指摘されているトランプ大統領への追及が強まる可能性は?
シムズ 騒ぎが拡大するのは間違いありません。民主党は100件以上の疑惑に証言・資料請求をしていますが、共和党が全部潰しています。まったく議会の監視義務を放棄している。民主党が下院を制した場合、"トランプ疑惑デパート"の全フロアが開店し、本格的な営業を始めるでしょう。10月に入ってからトランプ大統領が両親の巨額脱税疑惑に加担し、470億円もの不当な利益を得ていたという疑いも報道されていますが、トランプの支持者が減ることはないでしょう。国家の最高権力者が脱税していたとなれば、本来は政治生命に関わる致命傷になり得ますが、トランプの支持者たちは、自分が信じたい情報しか信じないからです。
ただし、トルコのサウジアラビア領事館で起きたジャーナリスト殺害事件に関しては、トランプの支持者たち、特にトランプに近い連邦議員たちも憤っています。トランプがこの問題の対処を誤れば、支持率が低下する可能性もあるでしょう。
日本への影響に関して言えば、現在、TAG(日米物品貿易協定)の協議という課題がありますが、こういった通商面に関しては共和党と民主党の間に大きな考え方の違いはないので、中間選挙の結果に左右されることはないでしょう。ただし、農業では譲歩せざるを得ないと思います。また、北朝鮮との核廃棄に向けた交渉にも影響はないと思いますが、説明責任の要請は強化されます。
──トランプ政権を生んだ2016年の大統領選挙は、米国内の分断を深めるという"もうひとつの結果"をもたらしました。今回の中間選挙で、この分断はさらに深まるのでしょうか?
シムズ 間違いなく、さらに深まると思います。私は8月~9月と10月、カンザス、ミズーリ、ウェストヴァージニアの3つの州を回り候補者などを取材しました。全米で最も貧しい州のひとつであるウェストヴァージニア州から下院選に立候補する民主党のリチャード・オジェダ候補は元米陸軍少佐で、とてもユニークな人物です。
彼は、2016年の大統領選挙では共和党のトランプ候補に投票しました。しかし、大統領となったトランプが公約として掲げていたウェストヴァージニアの復興を十分に果たしていないことや、金持ちを手助けしていることに憤り、今回の中間選挙で民主党から立候補したのです。彼はイラクやアフガニスタンに派遣されるなど24年間、軍務に就いていましたが、退役してウェストヴァージニアに戻ってきたら、「地元の子供たちは戦地で見た子供たちよりも貧しく悲惨な状況に置かれている......」と嘆いていました。
また、カンザスの州知事選には共和党からクリス・コバック州務長官が出馬します。彼は熱烈なトランプ支持者として知られていますが、同じ共和党のサム・ブラウンバック元知事の大失敗に終わった富裕層への減税政策を再度実行しようという人物でもあります。そのためカンザス州では、元知事を含めて共和党政治家の中にも民主党の候補を支持する動きが目立っています。
これらの候補者たちを通じて見えてくるものは、2016年の大統領選挙で表面化した米国の分断が、さらに共和党内部及び支持者にまで及んでいるということです。トランプの強烈過ぎる個性は、彼の周辺すべてで分断という現象を招いている。その意味でも、オジェダ、コバック両候補の選挙戦がどのような結果を見るのか、注目したいと思っています。
●ジェームズ・シムズ
1992年に来日し、20年以上にわたり日本の政治・経済を取材している。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の東京特派員を務めた後、現在はフリーランスのジャーナリストとして『フォーブス』誌への寄稿をはじめ、さまざまなメディアで活動