日産・ルノー・三菱連合の頂点に立っていたカルロス・ゴーン氏の突然の逮捕劇は、日仏両政府を巻き込んだ覇権争いの様相を呈している。長く日本に住むフランスメディアの記者は、この"ゴーンショック"をどう見ているのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第133回は、「ル・モンド」紙の東京特派員、フィリップ・メスメール氏に話を聞いた──。
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──突如、日産の会長から「容疑者」に転じた、ゴーン氏の逮捕劇をどう見ていますか?
メスメール まったく予想外のことだったので、11月19日に逮捕の第一報を聞いたときは大変驚きました。当日の夜に横浜の日産本社で行なわれた記者会見を取材しましたが、そこでも驚いたことがいくつかあります。
まず、会見に出席したのが西川廣人(さいかわ・ひろと)社長単独だったこと。通常、これほど重大でセンシティブな事案であれば、弁護士などを同席させてアドバイスを受けながら対応するケースが多いと思います。また、今回の疑惑が西川社長とごく一部の弁護士、役員による内部調査によって明らかになり、検察当局への告発と捜査協力によって逮捕へと至ったこと。そして、長年、ゴーン氏の側近のひとりとして働いてきた西川社長が非常に厳しい言葉でゴーン氏を批判していたことにも驚きました。
もちろん、ゴーン氏が行なっていたとされる不正が事実であるなら、それに対して厳しい批判があるのは当然です。しかし、今回の疑惑に関しては、ゴーン氏個人の問題であると同時に、長年、ゴーン氏の下で働いてきた西川社長以下、日産経営陣にも責任があるはずです。しかも、ゴーン氏は日産の会長であると同時に、日産の親会社であるルノーの会長でもあり、フランス政府はルノーの大株主ですから、日産経営陣による告発と逮捕が親会社のルノーのみならず、日仏の外交にまで大きな衝撃を与えることは間違いない。
日産が検察当局に自ら協力する形で「ゴーン逮捕」に至ったこと、そして、会見で西川社長があれほど厳しい言葉でゴーン氏を批判していたのを見て、私は今回の事件が単なる「ゴーン氏個人の不正」というだけでなく、日産経営陣による一種の「クーデター」なのではないかと感じました。そして、西川氏の強気な態度を見ていると、彼らには誰かによって「守られている」という確信があるに違いない。つまり、この動きの背後には「もっと大きな力」の存在があるのではないかと思ったのです。
──その「もっと大きな力」とは?
メスメール ルノーやその大株主であるフランス政府はルノー・日産・三菱の三社連合をさらに推し進め、ルノーと日産を「統合」することを望んでいました。そして、以前はルノーに対する「日産の独立性」を守る立場にあったゴーン氏が、最近になって「日産・ルノーの統合」を進める方向へと立場を変えつつあった。
西川氏は会見で「内部通報があるまで、ゴーンの不正についてはまったく知らなかった」と語っていましたが、果たしてそれは本当でしょうか? これは想像でしかありませんが、日産の統合を望むルノーやフランス政府の動きと、それに同調するかのような最近のゴーン氏の態度に危機感を覚えた西川社長ら日産経営陣が、以前から知っていた「ゴーン氏の不正」を利用して、こうした動きを阻止しようとした可能性はあると思います。
そして、こうした動きの背後に、日産という、日本の自動車産業を象徴する大企業が「フランスの企業」になることを望まないであろう経産省など日本政府の存在があれば、劇的な逮捕に至った一連の経緯や、西川社長の強気な態度も理解できる。戦前の財閥にその起源を持つ日産は、日本の製造業を代表する歴史ある企業のひとつですし、日産の創業者、鮎川義介は岸信介の親戚で、日本の政界との繋がりも深かったと聞いています。
また、2016年に「燃費偽装問題」が明るみに出た三菱が日産の傘下に入り三社連合に加わったことも、今回の動きと無関係ではないかもしれません。日産の傘下に入ったとはいえ、あの「三菱グループ」の一員であった三菱自動車が、実質的にルノーの支配下に入り、この先さらに「経営統合」という形でフランスの企業となることには、日本政府や経済界にとっても大きな抵抗感があるはずです。それに、過去の事件を振り返ってみても、東京地検特捜部は、ときに政治的な動きをする傾向がありますからね。
──ゴーン氏は、90年代に深刻な経営危機に陥っていた日産を劇的に立て直し、ルノー・日産・三菱の三社連合を世界第2位の規模まで押し上げた「カリスマ経営者」でもあります。その彼が突然の逮捕で「容疑者」となったことに対する、フランス社会やメディアの反応は?
メスメール フランスの主要なメディアもこの事件を大きく扱っていますが、その反応はさまざまです。ただし、ゴーン氏が50億円もの報酬を有価証券報告書に過小記載したことや、経費を私的な目的に使用した疑いなどの容疑については、あまり驚いていないかもしれません。なぜなら、ゴーン氏が巨額の報酬を得ていたことは、フランス社会でもよく知られており、批判の対象になっていたからです。実際、ルノーの大株主であるフランス政府も、ルノーに対してゴーン氏の報酬を下げるように求めていました。
一方で、フランス人の多くは、日産を見事に再建したゴーン氏の実績についてはある種の「プライド」を感じていましたから、その人物が突然「逮捕・拘留」という扱いを受けていることに対しては、特に、彼を告発した西川社長ら日産経営陣に対する批判的な声も聞こえてきます。
ただし、ゴーン氏逮捕に対するフランスの報道や社会の反応がすべて批判的というわけではありません。フランス国内でも「日本の検察はよくぞ大物の逮捕に踏み切った!」と評価する声があるのも事実で、そうした声はあまり日本には伝わっていないと感じます。
確かに、ゴーン氏は経営危機にあった日産を劇的な形で復活させましたが、その過程で2万人もの従業員を解雇し、村山工場などの主力工場を閉鎖しています。こうした「コストカッター」としての決断が日産を立て直したという評価がありますが、私は彼が日産で行なったような大量解雇や合理化を、同じようにルノーでもできるとは思いません。これほど大規模なリストラをフランスで行なおうとすれば、労組の大反発を招きますし、おそらく政府もそれを許さないでしょう。
ゴーン氏の「コストカット」は日本だから可能だったのであって、日産の劇的な復活の背後には、多くの人たちの犠牲があったということを忘れてはいけないでしょう。私は以前、村山工場があった場所を取材したことがあります。工場の周辺には多くの関連企業があり、閉鎖によって生活の基盤となる仕事を失い、苦しんでいる人が多くいました。そうした犠牲の下に日産を復活させた経営者に、「高いモラル」が求められることは当然のことではないかと思います。
──ゴーン氏の「逮捕後」の扱いには、フランス国内で強い批判があるようですね。
メスメール この点については、日本とフランスの司法制度の違いが大きいと思います。フランスの場合、逮捕後の取り調べには弁護士が同席するのが基本ですが、日本の司法制度はそうではないし、客観的な証拠以上に、取り調べ過程での「自供」が重要視されることも多い。確かに、ゴーン容疑者への扱いに対しては批判もありますが、自国とは異なる日本の司法制度を知って、フランス人の多くが「驚いている」といったところですね。
ゴーン氏の逮捕を受けて、日産や三菱がすぐに「解任」を決めたのに対して、ルノーがゴーン氏の処分を決断していないことに関して日本では批判的な声があるようですが、フランスでは「当局に逮捕されたとしても、有罪とは限らない」という認識が前提にあります。だから、ルノー側が「ゴーン氏を解任するに十分な理由がある」と納得するまで、判断を保留するのはある意味、当然だと思います。
仮に、捜査の結果、ゴーン氏が「不起訴処分」や「嫌疑なし」ということになれば、解任の判断が逆に厳しい批判にさらされたり、法的な問題に発展したりする可能性もある。そうした「反撃」を恐れずに、「ゴーン有罪」という前提で突き進む日本側の動きを見ていると、先ほど話したように、彼らには自分たちが「守られている」という確信があるのだろうと感じるのです。
──今後の展開はどうなるのでしょう?
メスメール 予想するのは難しいですね。日産側は資本関係の見直しなどでルノーの影響力を弱めようとするでしょうが、日産の株式の43%を持つルノーと、そのルノーの筆頭株主であるフランス政府がアッサリとそれを認めるとは思いません。一方で、日産は今やルノーを収益面と技術面で支える存在ですし、両社の間ではすでに生産や販売、部品の調達など、多くの重要な部分で共有化が進んでいますから、両社が完全に分かれることは現実的に不可能でしょう。
そうなると、最終的には日仏両政府も巻き込んで、両社の間でなんとか「着地点」を探すことになるのでしょうが、そのとき、ゴーン氏を告発した西川社長以下、現日産経営陣の「造反組」が無傷でいられるとは限らない。
私は今回、「ル・モンド」紙の記事で「日産で起きたゴーンへの造反劇は、まるで織田信長が腹心の部下に裏切られた、日本史上の大事件『本能寺の変』のようだ」と書きました。今後の動きをこれに当てはめると、信長を本能寺で倒した明智光秀がすぐに「山崎の戦い」で討たれて、その後に新たな秩序が作られていったように、ルノーとフランス政府、日産・三菱と日本政府が「落としどころ」を模索する過程で、「造反組」の首を差し出すことが和平の条件になる......ということだってあるかもしれません。
●フィリップ・メスメール
1972年生まれ、フランス・パリ出身。2002年に来日し、夕刊紙「ル・モンド」や雑誌「レクスプレス」の東京特派員として活動している