「二重国籍に対する誤解が残る一方で、外国人労働者の受け入れを拡大することに、ある種の矛盾を感じます」と語るサンドラ・ヘフェリンさん 「二重国籍に対する誤解が残る一方で、外国人労働者の受け入れを拡大することに、ある種の矛盾を感じます」と語るサンドラ・ヘフェリンさん

今年はテニスの大坂なおみ選手の活躍が大きな話題となり、彼女の「二重国籍」にも注目が集まった。しかし、「日本では二重国籍に関して、誤解だらけ」と言うのは、日本・ドイツのハーフでコラムニストのサンドラ・へフェリンさんだ。

どういうことか? 「週プレ外国人記者クラブ」第134回は、外国人労働者受け入れ拡大とも無縁ではない、日本の国籍法の問題についてサンドラさんに聞いた──。

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──大坂なおみ選手は現在21歳で、日米両国の国籍を持っています。彼女の活躍で、大多数の日本人には縁の薄かった「二重国籍」が改めて注目を集めています。

サンドラ 日本の国籍法では、日本国籍の他に外国籍を持つ人は22歳までに「国籍選択」をしなければいけません。1997年10月生まれの大坂選手には、このタイムリミットが近づいています。「日本国籍を選択してほしい」という期待も含めて、大坂選手の二重国籍に対する日本社会の反応は比較的ポジティブな印象があります。その一方で、日本では二重国籍について誤解が蔓延しているように思います。

──どういう誤解ですか? 

サンドラ 二重国籍を、犯罪やよからぬことと結びつけて考える誤ったイメージがあるように思うのです。その誤解を助長してしまったのは、2016年に国会で指弾された蓮舫議員(当時民進党、現在は立憲民主党)の二重国籍問題です。

彼女は、台湾の国籍は抹消したと説明していたのですが、まだ残っていたことが判明し、謝罪に追い込まれました。あの騒動で二重国籍に対して非常にネガティブなイメージが根づいてしまったのではないでしょうか。しかし、日本の国会議員になるためには日本国籍を有していることが必要ですが、二重国籍を持つ人が国会議員にはなれないという規定はありません。

そもそも二重国籍に罰則はなく、例えば大坂選手のように未成年のうちに二重国籍となった場合、22歳になった後も二重国籍が事実上、容認されています。

──え? 22歳でどちらか一方を選択しないといけないのでは?

サンドラ 確かに、国籍法14条2項では、日本の国籍を選択したい人は22歳までに「日本国籍の選択宣言」をしなければいけないと定められています。この「日本国籍の選択宣言」をした人は、国籍選択の義務を果たしたことになります。しかし、このことによって外国の国籍が自動的になくなるわけではないのです。日本国籍を選択したとしても、もう一方の国籍を抹消するには、その国、つまりは外国の法律に従って手続きを進める必要があります。

また、日本国籍選択後、外国籍を喪失していない場合は、「外国籍の離脱の努力」(国籍法16条1項)をしなければいけませんが、「努力」と書かれているように、履行義務はありません。そもそも前述したように、外国籍の離脱に関しては当該国の管轄であるため、日本側はタッチできないものです。そして、日本国籍の選択宣言をしなかった人が国籍選択の催告を受けたという例もありません。

ところが世間では、「日本国籍を選択したら、自動的に外国籍は抹消される」というふうに誤解している人が少なくありません。そもそも国籍を離脱できない国もあり、例えばブラジルは、一度ブラジル国籍を取得した人がブラジル国籍を離脱することを基本的には認めていません。

例えば、出生によって日本とブラジルの両方の国籍を得た人は、22歳までに日本国籍を選択したとしてもブラジル国籍は残り続け、必然的に二重国籍の状態が維持されることになるのです。日本の法律が「ひとつの国籍」を求めても現実的にそれが不可能なケースもあるということです。

蓮舫議員の二重国籍に対するバッシングは、こういった事実を無視する形で巻き起こりました。説明が二転三転したという国会議員としての落ち度はありましたが、蓮舫議員はご自身の国籍について説明するだけではなく、日本にたくさんいる二重国籍の人々に対する配慮を見せることも政治家として必要だったのではないかと思います。

時期的に見て、この頃から二重国籍に対する誤解が深まったと思います。これは「ハーフあるある」なのですが、ハーフの人が不特定多数の人が集まる食事会などに参加すると、「国籍はどっちを選んだの?」とよく聞かれます。そもそもこの質問自体が、日本人同士でいきなり「あなたの本籍地はどこ?」と聞くようなもので、かなり不躾(ぶしつけ)な質問なのですが、そこでハーフが「両方持っています」と答えると、「それって、いいの?(犯罪ではないの?)」というような反応が返ってきます。

日本の世間では二重国籍=スパイなどの危険性などがあるのではないか、と考える人が多いように思いますが、2011年の国連の調査では加盟国196ヵ国の中で制限なく二重国籍を認めている国が53%、条件があるものの容認している国が19%で、世界の7割が二重国籍を認めているわけなのです。日本の世間の感覚でいえば、それらの国々は「スパイだらけ」のはずなのですが、もちろんそんなことはありません。

ひどいケースではコンビニでアルバイトをしようとしたハーフの高校生が、面接時に国籍について聞かれ、二重国籍であることを伝えたところ、店長から「法律に違反している者を雇うわけにはいかない」と言われて、不採用になったという話もあります。誤解というのは恐ろしいし、社会的損失につながりますよね。

──やはり、日本は島国で、単一民族の国家という意識も根強いからか、日本人なら国籍は日本国籍だけであるべきという社会的同調圧力があるのでしょうか。

サンドラ それもあるかもしれませんね。ここまでお話ししてきたように、出生とともに二重国籍になった場合など、未成年のうちからふたつの国籍を持つ人の国籍選択については、現実的には柔軟な対応が採られていると思います。

しかし、成人した後に外国の国籍を取得した日本人に対しては、取得が「自らの意思」だと見なされるため、「日本国籍が抹消される」という厳しい対応が採られています。

これを不服として現在、スイス、フランス、リヒテンシュタイン在住の原告8人が「外国籍を取得することによって日本国籍を喪失するのは、国籍の自己決定権などを定めた憲法に反する」として国を提訴しています。

原告のうちのひとり、野川等さんはスイスで貿易会社を経営していましたが、経営者がスイス国籍を有していないと入札できない仕事があったため、スイス国籍を取得しました。しかし、アイデンティティは日本にあり、外国籍を取得したからといって、「日本人をやめた覚えはない」のです。

私もこの「国籍法11条1項違憲訴訟」の公判を傍聴していますが、国側の主張には強い違和感を覚えます。そもそも、この裁判で争われる事例は「自分の意志で外国籍を取得した者は日本国籍を失う」と定めた国籍法11条1項によって生じたわけですが、この規定は明治32年(1899年)に定められたものです。その時代と現代とで、日本にとってもどれだけ国籍をめぐる環境が変化しているか、説明するまでもないでしょう。

ノーベル物理学賞を受賞した中村修二さんや南部陽一郎さんは、成人後に米国籍を取得したため、現在は日本国籍を有していません。しかし、日本が成人後に外国籍を取得した人に対して二重国籍を認めていれば、例えばニュースなどで日本のノーベル賞受賞者数を紹介するときに、「外国籍を取得した人も含め何名」などといった回りくどい説明をせずとも、堂々と「日本人は何名」と言えるわけです。

グローバル化の時代を認識するなら、世界の7割の国は二重国籍を認めていることも踏まえて、日本の国籍法が世界的に見れば少数派となっていることを頭に入れて議論することが必要でしょう。

──グローバル化の時代といえば、外国人労働者の受け入れを拡大する目的の入国管理法改正案が国会で成立しました。

サンドラ 二重国籍に対する誤解が残る一方で、外国人労働者の受け入れを拡大することにある種の矛盾を感じます。日本に住む外国人が増えれば、日本で子供を持つ人も増えるでしょう。日本の世論が二重国籍にシビアな中、また前述のように日本の国が成人後に国籍を取得した人に対して二重国籍を認めていない中、外国人が多く日本にやってきても、問題になっている労働条件はもとより、後々、子や親の国籍関連でもトラブルが起きることを懸念しています。

グローバル化というのなら、曖昧な条件のもと外国人労働者を受け入れるよりも、現実にそぐわない部分を残す国籍法を見直すほうが先なのではないかと思います。

●サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト。ドイツ・ミュンヘン出身。日独ハーフであることから「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』、共著に『男の価値は年収より「お尻」!? ドイツ人のびっくり恋愛事情』など多数

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