『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、日本で乳児用液体ミルクの普及が遅れた原因と、安倍政権が掲げる「女性活躍」の本気度を問う。

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世界の国々で利用されている乳児用の液体ミルクが、ようやく日本でも今年春から製造・販売されることになった。

粉ミルクは、お湯で溶き、やけどしないように人肌の温度まで冷ます。作り置きできないので、夜中でも泣いてぐずる赤ん坊をあやしながらの作業になる。

哺乳瓶の消毒も必要だし、外出時には魔法瓶持参で赤ん坊を抱えて大荷物を担ぐという重労働を強いられる。常温保存でき、そのまま使える液体ミルクは、働く母親にとって育児負担を軽減する重要なツールになる。

液体ミルクは災害時にも重宝する。地震などで水道やガスなどのライフラインが使えなくなっても、水や燃料なしに乳児に授乳することができるためだ。

それにしてもこれだけ利点の多い液体ミルクが、なぜ日本では普及してこなかったのか? 

それは、液体ミルクの安全基準や表示許可基準がなかったためだ。2009年に日本乳業協会が早期の基準作りを要望したのに、厚労省や消費者庁は10年近くも基準作りをサボってきた。

ところが、16年の熊本地震で、フィンランドからの援助物資として無償配布された同国製液体ミルクがたくさんの母子を救った。どうして日本には液体ミルクがないのかとの批判が高まり、慌てた政府が昨年8月に基準を作った結果、やっと国内での製造・販売が解禁になったというわけだ。

ただ、液体ミルクの基準作りが10年間もサボタージュされたのは、官僚だけに責任があるとは言えない。「女性活躍」を口にしながら、本心では母親は家にいて、子供が3歳くらいまでは育児に専念すべきと考える与党政治家の責任も大きいのではないか?

こうした伝統的な家族観を重んじる政治家の意向が行政に反映し、液体ミルクの基準作りが先延ばしにされてきたと、私は考えている。安倍首相が就任後、最初に打ち出したのが「3年間抱っこし放題」というスローガンだったのは、それを象徴している。

同じような事例は、ほかにもある。例えば与党の税制改正大綱で、未婚のひとり親への寡婦(夫)控除が見送りとなった。死別、離婚などでひとり親となった人には所得税や住民税が軽くなる控除が認められている。この明らかな差別を放置したままでいいはずがない。

未婚のひとり親が寡婦控除の適用外となったのは、自民の強い反対のためだ。適用すれば、「未婚での出産を助長する」「伝統的な家族観が崩れる」と、保守色の強い議員たちが一斉に反対に回ったのだ。

安倍政権はアベノミクスの成長戦略で、「女性活躍」を柱として掲げるが、これらの事例を見ると、単なるスローガンにすぎないと言わざるをえない。

液体ミルクの価格は粉ミルク換算で2倍から3倍になるといわれる。少子化で大きな需要が見込めないからだ。しかし、すでに日本の粉ミルクは、中国などで大人気だ。日本製液体ミルクも大ヒット商品になる可能性がある。

本気で女性支援をするというのなら、今は不評の官民ファンドが投資して、日本製液体ミルクを安価に量産し、世界中に輸出するというアイデアがどうして出てこなかったのか。

これ以外にも女性支援のメニューはいくらでもあるはずだ。それらを着実に実行することで、19年を名実共に「女性活躍元年」と呼べる年にしてほしい。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『Synapse』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中

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