昨年末、日本政府はIWC(国際捕鯨委員会)からの脱退を表明、商業捕鯨の再開に向かっている。NHKの世論調査によると、半数超がIWC脱退を「評価する」と答えたが、国際社会からは根強い反発がある。
食文化という繊細な要素を含むこの問題を、日本で活動する外国人ジャーナリストはどう見ているのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第137回は、英紙「インデペンデント」などに寄稿するアイルランド出身のジャーナリスト、デイヴィッド・マクニール氏に聞いた――。
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――日本の捕鯨が厳しくバッシングされている背景には、何があるのでしょうか?
マクニール 記憶に新しいところでは、アメリカのドキュメンタリー映画『ザ・コーブ』(2009年)が描いた、日本の沿岸地域でのイルカ追い込み漁が「残酷だ」という批判がありました。捕鯨反対派は、クジラは美しく知的な、特別な動物であるから保護すべきだと訴えます。しかし、クジラは豚や子羊などの家畜と何が違うのでしょう? 豚だって高い知能を持っています。以前、日本外国特派員協会(FCCJ)で、反捕鯨派の団体グリーンピースのメンバーと話していたとき、彼はクジラの保護を熱弁しながら、ラム肉を食べていましたよ。
私は、日本近海で行なう沿岸捕鯨には反対しません。歴史的に、日本のいくつかの沿岸地域ではクジラを獲り、その肉を食してきたわけですから、それは土着の文化として尊重されるべきです。問題は、日本が「調査捕鯨」として南極海などの公海で行なってきた遠洋捕鯨です。沿岸地域とは違い、遠洋で何百年も捕鯨を営んできた歴史はありません。しかし、調査捕鯨の名の下、遠洋で獲ったクジラの肉が国内に供給されてきた。そのため、日本の調査捕鯨は透明性に欠けるという点も批判の対象になっていました。
IWC脱退により、日本は一部の捕鯨反対派から「ならず者国家」などと言われています。4年ほど前のことですが、私はオーストラリアのラジオ番組に出演し、捕鯨についての日本の立場を解説しました。番組出演者の中には「南極海に戦艦を送って、日本の捕鯨船を爆弾でぶっ飛ばすべきだ」などという暴論を言う人もいました。しかも、その意見に対して明確に反論する人もいなかった。これは極端な例ですが、これほど日本の調査捕鯨は激しく批判されています。
しかし、脱退によりIWC加盟国でなくなった日本は、今後は公海での調査捕鯨は行なわず、日本近海や排他的経済水域での商業捕鯨を再開することになります。
――日本が脱退を決めたIWCとは、そもそもどんな組織なんですか?
マクニール 乱獲により絶滅が危惧されていた、特に大型のクジラの保護、そして資源の持続的利用を目的に、1948年に設立された国際機関です。しかし、設立後も乱獲は続き、82年になってようやく商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)が決議されました。日本も88年に商業捕鯨から撤退しています。
昨年9月にブラジルで開かれたIWC総会で、日本は商業捕鯨の再開を含むIWC改革案を提案しましたが、否決。そして12月にIWC脱退を決めました。しかし実は、日本にとってこれは好都合で、IWCは日本の「顔を立てた」とも言えます。日本のメディアの多くは、この問題を「外国が日本を批判している」という構図で捉えていますが、その政治的背景には触れていません。
――どういうことですか?
マクニール これまで、私の母国アイルランドなどのIWC加盟国が日本に対し「公海での調査捕鯨をやめれば、日本沿岸での商業捕鯨を認める」といった妥協案を提示したことが何度かありましたが、日本はいずれも拒否してきました。しかし、今回のIWC脱退により、日本は事実上、妥協案を受け入れたということになります。
その背景には、予算の問題があります。莫大な費用がかかり、採算が合わない南極海での調査捕鯨には、国民の税金が使われています。国際動物福祉基金(IFAW)の試算(2013年)によると、日本は1987年以降、調査捕鯨の助成金に3億7800万ドルも費やしてきた。さらに、IWC内の浮動票を得る外交手段として、加盟国に港湾などの施設を建設するODAに数億ドルをバラ撒いてきた。そのことを日本の納税者のほとんどは知らないでしょう。
調査捕鯨の母船である日新丸も老朽化が進み補修が必要ですし、シーシェパードのような反捕鯨環境団体による妨害に対する、船舶の安全対策も必要でした。経費はかさむ一方でした。日本はIWC脱退により、南極海への遠征からようやく解放されたのです。
また、そもそも現在の日本人の食文化にクジラの肉は必要か?という論点も欠けています。戦後の食料難の時代では、クジラの肉は重要なタンパク質源でしたが、日本の食習慣も変わり、今では国民ひとり当たりのクジラ肉の消費量は年間わずか40gと言われています。クジラの肉がなくても多くの日本人は困らないのです。
先述したように、クジラの肉を食べる文化を持つ沿岸地域はあります。それはあくまで限られた地域でのことで、日本全体の食文化とはいえません。しかし現在、学校、病院、刑務所などに対して、まるで"クジラの押し売り"のように、クジラの肉が提供されているという話を聞きます。クジラを「国民的食料」にしようという動きがあるように思えます。
政治的観点から見ると、日新丸は安倍首相の選挙区である下関から出航することもあり、自民党の保守派議員にとって捕鯨は国家的シンボルです。安倍首相による外国人労働者受け入れ拡大や北方領土問題の対応にうんざりしていた保守派政治家にとっては、危険を伴う遠洋航海から撤退し、近海での捕鯨を持続することで鯨漁師を保護できることは、大きな利点なのです。
――NHKの世論調査によると、IWC脱退を「評価する」が過半数。一方で、IWC脱退を1933年の国連脱退に重ねる見方があります。
マクニール 日本のIWC脱退によりこの国際的枠組みは効力を失ったと、各加盟国は危機感を抱いています。IWCだけでなく、EU、パリ協定(気候変動問題に関する国際的枠組)、ユネスコ......世界中であらゆる国際機関や多国間の枠組みが機能不全に陥っています。これはある意味、自国第一を掲げる"トランプ効果"とも言えます。
多国間合意から撤退するのは、間違いなく現在の世界の右派政権に見られる流行です。日本でも、IWC脱退を含め、こういった傾向は安倍政権下で加速しています。多くの国際機関には欠点がありますが、「加盟しないよりも、加盟したほうがずっと意味がある」というのが私の考え方です。
IWC脱退が、本当に日本の利益になるのか? 加盟国として内から変えるべきではないのか?と考えるべきです。脱退することで、日本は国際問題に関心がないという印象を世界に与えかねない。それは外交的にも非常にマイナスです。
同時に、食べる人が少ないクジラの捕獲をなぜ続けるのか? もっとホエールウォッチングなどの観光資源として活用したほうが大きな利益を生むのではないか? 今後、国内で議論が展開されることを期待します。
●デイヴィッド・マクニール
アイルランド出身。東京大学大学院に留学した後、2000年に再来日し、英紙「エコノミスト」や「インデペンデント」に寄稿している。著書に『雨ニモマケズ 外国人記者が伝えた東日本大震災』(えにし書房刊 ルーシー・バーミンガムとの共著)がある