『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、アベノミクスの成長戦略の一環である「減反廃止」の形骸化について指摘する。
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「40年以上続いてきたコメの生産調整を見直します。いわゆる減反を廃止します」
安倍首相がドヤ顔でこう大見えを切ったのは2013年暮れのこと。農業をアベノミクス成長戦略の柱ととらえ、海外の安いコメに対抗できる競争力のあるコメ農家を育成するというのが減反廃止の理由だった。
減反政策は5年間の経過措置を経て、18年4月から廃止となった。ところが、それから1年もたたないのに減反復活の動きが出ている。
19年度予算で、農水省がふたつの補助金をこっそりと予算計上していたのだ。対象となるのは、(1)主食用コメの生産を減らし、果樹や野菜を作る農家、(2)主食用コメの作付面積を減らした農家で、都道府県を通じて交付される。いずれも主食用コメの減産を促す有力な動機となる。つまり減反強化である。
それでなくてもこの5年間、減反廃止によって得られる政策効果とは真逆の現象が起こっていた。減反廃止で農家は自由にコメを作れる。本来なら生産量が増えてコメ価格は下がるはずだ。しかし、実際には19年度の予測生産量は0.5%~0.7%減。コメ価格に至っては15年から18年まで4年連続の上昇だ。
もちろん、首相がアベノミクスで掲げた国際競争力のある強い農家づくりもおぼつかない。政府が飼料米を生産する農家に10アール当たり最大10万5000円もの補助金を出したため、多くの農家が家畜に食べさせる低品質米の増産に走った。
おかげで品薄となった業務用コメの価格が30%もアップし、町の弁当屋やおせんべい屋からは「経営ができない」と悲鳴が上がる。
そこに加えてふたつの補助金である。これでは減反廃止はかけ声だけ、安倍政権の本音は減反強化だと疑われても仕方ない。
背景にあるのは自民党農林族議員の抵抗だ。18年度のコメ生産面積は1%増と、わずかだが拡大に転じている。それが蟻(あり)の一穴となり、いずれ大幅増産、米価下落、農家の経営難となっていくのを警戒しているのだ。
もうひとつは4月の統一地方選、7月の参院選対策である。大票田の農協や農家から票を回してもらうためには、米価は下げられない。しかし、減反廃止政策は18年からスタートしている。そこで補助金をバラまき、農業票を確保しようという魂胆なのだろう。
補助金を出すのに法改正は不要だ。100兆円を超える予算のごく一部なので、それだけを取り上げて国会で論議されることもほとんどない。国会やメディアのチェックが及びにくい分、減反廃止政策と逆ベクトルの補助金をバラまく矛盾を指摘されることもないのだ。
その結果、国民から見れば、補助金のために税金を取られ、そのせいで高いコメを買わされる。踏んだり蹴ったりの政策だ。
はっきり言おう。安倍政権が進める減反廃止は「口だけ」だ。日本の農業を発展させるために本気で減反改革を断行しようという気持ちなどさらさらない。
この一件だけではない。アベノミクス成長戦略メニューは改革の名に値しないものばかりだ。首相はしきりに改革者を装うが、既得権益層と本気で戦うことはない。派手な改革スローガンをぶち上げて「やっている感」を演出できれば、あとは知らんぷり。改革レガシー(政治遺産)なき長期政権――それが安倍政権の正体である。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中